公開中のインディーズ映画『月極オトコトモダチ』。映画『フラガール』や連続テレビ小説「わろてんか」で好演した徳永えりが主役を務める ©2019「月極オトコトモダチ」製作委員会

昨年に公開された映画『カメラを止めるな!』が興収31.2億円の大ヒットを記録する社会現象を巻き起こしたことで、インディーズ映画に注目が集まっている。同作を最初に上映した新宿 K's cinemaと池袋シネマ・ロサは「『カメ止め』の聖地」と呼ばれるようになり、その後も数多くのインディーズ作品を上映。インディーズ映画に興味を持つ層も増えているようで、シーンも盛り上がりを見せている。

インディーズ作品といえば、世間的には無名の監督・無名のキャスト陣による作品が多いイメージがあるかもしれないが時折、著名な俳優などがキャストに名を連ねていて驚くことがある。筆者が近年、映画祭などで観た作品で言えば、平田満主演の『家族マニュアル』や、渡辺いっけい主演の『いつくしみふかき』といった作品が該当する。

芸能事務所フラームがインディーズ映画に積極関与

ぜいたくな予算がなく、高額なギャラを期待することができないインディーズ映画に彼らはなぜ出演するのか。話を聞くと、「監督やプロデューサーなどと既知の仲だった」「出身地をPRする映画だから」など、さまざまな理由があるようだ。

現在公開中のインディーズ映画『月極オトコトモダチ』(新宿武蔵野館ほか全国順次公開中)と『疑惑とダンス』(キネカ大森にて公開中)は、朝ドラ「わろてんか」や映画『フラガール』などでも知られる女優の徳永えりが主役を務める。

彼女が所属する芸能事務所 FLaMme(フラーム)には、徳永のように、メジャー作品やインディーズ作品の枠を飛び越えて活躍する女優が多く所属している。芸能事務所にとって、インディーズ作品に出演するメリットとは何なのか。フラームのチーフマネジャー辻村草太氏にその背景、狙いを聞いた。

演技派女優をマネジメントするフラームには、広末涼子、有村架純、戸田恵梨香、吉瀬美智子らをはじめ、映画、ドラマ、CMなど幅広いジャンルで活躍する18人の女優たちが所属している。

その中で辻村氏が担当するのは先述した徳永えりのほか、松本穂香、山口紗弥加、山口まゆ、田畑志真など5人。もともと辻村氏は有村架純が「あまちゃん」などに出演していた頃に、彼女のマネジメントを担当していた経験があり、彼女との仕事を通じて映画やドラマなど映像の世界に触れ、経験を重ねていった。

若手映画監督とのタッグが飛躍の契機に

その後、辻村氏は松本穂香の担当となる。後に彼女はauのCMや、ドラマ「ひよっこ」「この世界の片隅に」などで注目を集める人気女優となるが、辻村氏がマネジメントをはじめた当時は、まだまだ知名度のない新人だった。有村との仕事でメディアとのつながりができていたとはいえ、そんな彼女を売り込むのはなかなか難しかったという。


フラームの中でも注目株の松本穂香(中央)。6月21日公開のアニメ映画『きみと、波に乗れたら』では、主人公の妹・洋子の声を演じている (筆者撮影)

そこで、辻村氏は若手の映画監督とタッグを組めないかと考えた。当時、知り合いの映画会社プロデューサーから、近未来SFアクション『SLUM-POLIS』などで注目を集めていた気鋭の20代監督・二宮健を紹介されることになる。

そこで辻村氏は二宮監督がYouTubeで発表していた『MATSUMOTO METHOD』『MATSUMOTO REVOLUTION』という2本の短編映画に着目する。二宮監督の友人である無名の俳優・松本ファイターを主役に迎えたこれらの作品を観た辻村氏が「このシリーズの最新作を作りましょうよ。“松本つながり”で、松本穂香と戦わせたらどうでしょう」と、二宮監督に呼びかけ、製作されたのがシリーズ三部作の最終章となる『MATSUMOTO TRIBE』だった。

無名の俳優が映画のオーディション会場に乱入し、映画監督に映画出演を直訴し、玉砕するさまを虚実入り交じる疾走感とともに描き出した作品だ。松永大司、菊地健雄、小林達夫といった映画監督から、女優の松本穂香まで実在の映画人が実名で登場し、それぞれに強烈な印象を残す。まさにインディーズ映画でしか体験できない疾走感あふれる作品世界は、多くの反響を呼び、上映館となった新宿武蔵野館にも多くの観客が詰めかけた。

さらに現在、キネカ大森で凱旋公開中の『疑惑とダンス』は、『MATSUMOTO TRIBE』の二宮監督が徳永えりを主役に迎えたインディーズ映画で、フラームが配給を担当している。


フラーム自らが配給した二宮健監督、徳永えり主役の『疑惑とダンス』 (写真:配給会社提供)

二宮監督が主宰する、新進気鋭の映画監督たちの作品を一挙上映する映画祭「SHINPA(シンパ)」の上映作品として製作された同作は、結婚を控えているカップルを祝福するために集まってきた大学時代のダンスサークルの仲間たちを描いたワンシチュエーションドラマだ。仲間たちの祝福ムードは、そこにいた1人の男の場違いな告白により、結論の出ない痴話ゲンカへと発展していく――。

「二宮監督から、『SHINPA(シンパ)』で上映される作品がなくて。何かやれないですか、と相談を受けて出来上がった映画です。イベントで上映したら、けっこう評判がよく、上映館も全国8館くらいまで広がりました。われわれが配給的な仕組みも含めてインディーズ映画にしっかりと取り組んだのはこれが初めて。映画の仕組みを勉強することができました」(辻村氏)

同作は3月に渋谷ユーロスペースで上映され、連日トークショーを実施。門脇麦、戸田恵梨香、大野いと、伊藤沙莉、有村架純といった豪華ゲストが連日来場したことも話題を集めた。現在のキネカ大森凱旋上映は、その好調を受けて行われたものだ。

「純度が高い作品」に出演させたい

現在公開中の『月極オトコトモダチ』も徳永えりの主演作だが、製作体制は完全なるインディーズ映画だ。メガホンをとったのは、OLと映画監督の二足のわらじを履く穐山茉由監督。オファー当時、辻村氏は穐山監督との接点がなく、気鋭の映画監督とアーティストが組んだ映画制作企画を具現化する映画祭「MOOSIC LAB」の出品作として製作されることくらいしか判断材料はなかったという。

「正直、オファー当時は公開の規模感もわからなかった。でも、近年話題の『MOOSIC LAB』の企画であるということと、若手の監督とご一緒したいという思いもあって、監督からのオファーをお受けすることにしました。しかし結果的にその作品の評判がよく、東京国際映画祭のスプラッシュ部門にノミネート、『MOOSIC LAB』でもグランプリを獲得することができ、今回、公開を迎えることができて本当によかったです」
 
辻村氏は、常々「“純度が高い作品”をやりたい」との思いを抱いていた。「所属している女優が売れてくると、いろいろなところからオファーをいただけるようになり。本当にありがたいなと思うんです。ただその反面、彼女たちのことがよくわからないままに、ネームバリューだけでオファーをいただくこともあった。

もちろんオファーをいただくのはありがたいことなのですが、そういう方のお話を聞いていると、正直、客寄せにしか思われていないのかなと思うことがある。仮にその話に乗ったとしても、その役者の本質や芯の部分が理解されないままだと、後々現場でも大事にされないんじゃないかと想像してしまう。でも自主映画の監督たちは、だいたいが純粋な気持ちから映画を撮ろうとしている人が多い。やはりそういう人たちと映画を作るのは面白いなと思うんです」。


徳永えりは、インディーズ映画の主演をきっかけにテレビドラマ「恋のツキ」の主役に起用されたという ©2019「月極オトコトモダチ」製作委員会

これらのインディーズ作品に出演することで、思わぬ反響もあるという。

「ミニシアター系の映画は、業界の方に多く観られているのだと思いました。とくにもの作りに熱く向き合っている方たちが観てくれている。そしてそういった映画を面白がっているクリエーターの方たちが、われわれに声をかけてくれて、もう一段上のフィールドに引き上げてくれることもあるんです。

例えば徳永は『疑惑とダンス』に出演したことで、主演ドラマの『恋のツキ』につながったり……。松本は『MATSUMOTO TRIBE』がきっかけで、二宮監督の新作映画『チワワちゃん』にも出演した。そうした面白いつながりができることがあるんだなと実感しました。もちろん本人たちの頑張りがあって、初めてそうなったことではありますが」

インディーズ映画は金の鉱脈

新人女優にとっても、インディーズ映画が修練の場として機能するということも大きい。「一定期間、お預けしても、その期間の対価はメジャー映画と比較すると伴わないこともありますが、それ以上の経験ができる。ある意味投資だと思っています」(辻村氏)。

東宝、松竹、東映といった大手映画会社が制作する作品で主役を務めるためには、出演者に知名度が求められる。そこに新人女優が入り込むのはなかなか難しい。だが低予算作品ならその可能性は広がっていく。

「大きい規模のメジャー作品は、スタッフさんがしっかりしていたり、スタッフさんの人数が多かったりするので、役者のケアをしっかりとしてくれるんです。だけど低予算の作品だとそうはいかない。僕が一緒に(カメラを載せる)レールを運んだりすることもあるくらいですから。

でもスタッフとの距離が近くて、一緒に映画を作っている感覚があります。うちの新人女優たちにも、10代のときにその感覚をもってくれたらと思っていまして。

俳優部といっても、撮影部、照明部、演出部といった数ある部署の中の1つでしかないので。一緒に作っていったほうが彼女たちも作り手の意図をくみ取れるようになれると思うんです。そういったことはインディーズならではのメリット。僕は、インディーズ映画は金の鉱脈だと思っています」(辻村氏)

インディーズ映画は、興行収入や公開規模といった点ではメジャー映画に及ばないが、芸能事務所にとってはそれだけではない魅力が詰まっているといえる。今後の業界の推移にも注目したい。

(文中一部敬称略)