2018年5月、来日した韓国の文在寅大統領(左)を官邸で出迎えた安倍晋三首相(写真:時事通信)

日本国内に「嫌韓」「反韓」の空気が強まってきている。

従軍慰安婦合意の一方的破棄や、元徴用工に対する日本企業の賠償を認める韓国・大法院判決など韓国側の一連の対応は、これまで日韓両国政府が長年にわたってつくり上げてきた外交的資産を一方的に壊している。

ところが、日本側の空気がここにきて急に変わってきた。

自民党内で噴き出す韓国への不満

昨年までの日本社会の反応は「一体、韓国はどうなっているんだ」という驚きとともに、「これから韓国はどうするつもりなのか」と冷静に様子を見る姿勢が強かった。一部のメディアを例外にすれば、韓国批判はそれほど強くなく、かつてのように「嫌韓本」などが書店の店頭をにぎわすこともなかった。

しかし先日、岩屋毅防衛相が韓国の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防相と会談した際に笑顔で握手を交わすと、自民党の部会などで「怒りを禁じえない」「相手に変に利用されてはダメだ」などという批判のほか、「辞任すべきだ」などという極論が出た。それまで抑えていた韓国に対する不満が、一気に噴き出したかのようだ。

6月下旬に大阪で開催される20カ国・地域首脳会議(G20サミット)出席のため文在寅大統領が来日するが、その際、通常であれば予定されるはずの日韓首脳会談について、「やるべきではない」という声も広がっている。戦争状態にあるわけでもないのに、隣国のトップ同士が会談をすべきでないという空気が広がるのは尋常なことではない。

政府内の空気も韓国に対して正面から向き合うことを避けようとしている。外務省などの幹部は筆者に対し、「韓国については、国際法や条約などに基づいて必要な手続きを淡々とやるだけだ。それ以外は無視する」と異口同音に話す。

日本政府は元徴用工問題について日韓請求権協定に基づいて仲裁委員会設置を提起した。韓国の拒否で仲裁委員会が設置できなければ次の手段として国際司法裁判所への提起を進める。外交的協議は脇において、手続き的に可能な手段を講じる、相手が折れるまで圧力をかけ続けるというのだ。

確かに韓国政府は元徴用工問題や慰安婦問題について何の対策も打ち出そうとしていない。それを受けて日本政府は「韓国側の対応を促すには、対話ではなく圧力しかない」という方針のようである。

官邸主導のトップダウン方式外交に変化

「対話より圧力」はかつて安倍首相が北朝鮮政策でよく使った言葉である。冷戦時代のソ連、あるいは外交的パイプが存在しない北朝鮮のような国を相手とする場合ならともかく、人的、経済的関係が深く、体制も同じ日韓のような国を相手に「対話」を棚上げにするのは異常だ。

日本は戦後長らく、日米や日中、日韓関係など主要国との外交について、外務省を中心に情報を集めて政策を企画立案し、首相や大臣に提起して決める「ボトムアップ方式」で展開してきた。しかし、最近は「政治主導」が外交にも強く反映され、とくに安倍首相は日ロや日中、日米関係など重要な外交を官邸主導の「トップダウン方式」で進めている。

5月7日、北朝鮮との外交について安倍首相が「条件を付けずに向き合わなければならないという考えだ」と突然表明したのはその典型例の1つだ。事前に何も聞かされていなかった外務省は大慌てだったという。

韓国に対する方針も例外ではなく、安倍首相の強い意向が反映されている。慰安婦合意は10億円を出すことを安倍首相が最終局面で決断し、合意にこぎつけた。ところが韓国政府は、朴槿恵大統領から文大統領に政権交代すると、あっさりと反故にしてしまった。

元徴用工判決については韓国政府が対応策を検討すると表明しながら、「民事の問題であり政府が関与すべきことではない」(文大統領)などとして何も打ち出そうとしない。その後も自衛隊機へのレーダー照射事件など日本に対する挑発的な行動が相次ぐ。安倍首相が裏切られたという思いを強くすることは想像にかたくない。それゆえの「韓国無視」であろう。

韓国の外交政策は秘書官集団が決める

「トップダウン方式」という点では韓国も同じだ。韓国は「帝王的大統領制」と言われるほど大統領に権力が集中している。外交政策も大統領の判断が力を持ち、日本以上に大統領中心で物事が決められている。

ところが韓国外交部幹部に聞くと、外交部の次官や局長らはもちろん、康京和(カン・ギョンファ)外相でさえ、文在寅大統領に会うことは難しいという。外交政策に関する文大統領の相談相手は、専門家集団である外交部ではなく、民主化運動の元闘士らが多くを占める大統領府の秘書官集団だという。彼らは日本を含め各国大使館関係者にもほとんど会わないといわれている。筆者も一度、面会を求めたことがあるが、「外国人と会うことは自分たちの職務ではない」と断られたことがある。

彼らが日韓関係の深刻さをどれだけ理解しているかはわからない。少なくともこれまでの文在寅大統領の言動を見る限り、大法院判決の重みや慰安婦合意の破棄がもたらした深刻な状況を十分に理解しているとは思えない。そして、日本にとっても文大統領や取り巻きの秘書官らが対外政策についてどういう戦略を描いているのか知ることが難しくなっているのだ。

日韓ともに「トップダウン方式」で政策を決めているにもかかわらず、お互いのトップが何を考えているか知ることが困難な状況になっている。その結果、かつてないほど悪化した関係を改善する手立てもないまま、相手が発信する言葉の一端を根拠に、相互批判をエスカレートさせているのだ。

この状況を多少なりとも動かすにはトップ同士が直接会う「首脳会談」しかないことは明らかである。

先日、民放のテレビ番組に3人の元外交官が出演し、日韓関係などについて話し合っていた。元事務次官、元大使という外務省幹部だった人たちだ。彼らはG20の機会に日韓首脳会談を行うことについては異口同音に「当然、安倍首相と文在寅大統領は会うべきである」と主張した。1度の会談ですべての問題が決着することはないだろうが、「こういう機会に会わないでどうするのだ」と強い口調で話していた。「ボトムアップ方式」の時代に現役だった人たちの自負を見ることができた。

今こそ「安倍・文」直接会談を

外交は、国家間の問題を戦争という手段ではなく話し合いによって解決するために人類が生み出した知恵であり、それはつねにお互いの譲歩や妥協を必要とする。一方で世論や、それをあおったり便乗するメディアや政治家は、自国の要求を100%実現せよと毅然とした態度を求める。その結果、外交はつねに世論の批判の対象になる。しかし、国の利益や平和を実現するために最終的な決断をし、その責任を取るのが指導者の役割である。

防衛大臣に対する自民党内の批判にみられるように、国内で「対韓強硬論」がもてはやされる中で、安倍首相が文大統領との会談に臨むことは政治的リスクが高いだろう。しかし、同じことは文大統領にも言える。安倍首相は7月に参院選を、文大統領は来年初に総選挙を控え、支持率という数字をつねに意識することを強いられている。

日韓関係にいま必要なことは、対北朝鮮政策を重視する傾向の強い側近に囲まれ、日本についての十分な情報が入っていないだろう文在寅大統領に、日韓間が抱える問題の意味やその深刻さを安倍首相が直接、正確に伝え、韓国側の積極的な対応を促すことだろう。1度の会談では解決しないだろうが、地道な努力なしでは日韓関係はさらに悪化し破局手前まで進んでしまう。そうなってから動き始めたのでは、修復は想像がつかないほど困難なものになるだろう。