横田基地などアメリカ軍基地がある上空「横田空域」は、北は新潟県から南は静岡県に及び、高度は場所によっては7000mに達する巨大な空の壁だ(写真:BR01/PIXTA)

日本の領空なのに航空管制をアメリカ軍が握り、計器飛行の民間機は許可なしで飛べない横田空域。北は新潟県から南は静岡県に及び、高度は場所によっては7000mに達する巨大な空の壁だ。『横田空域 日米合同委員会でつくられた空の壁』(角川新書)を書いたジャーナリストの吉田敏浩氏に詳しく聞いた。

アメリカ軍にとって横田は空輸の巨大ハブ

──日本ジャーナリスト会議賞の『「日米合同委員会」の研究』で1章を割いたテーマの全面展開です。

横田空域を避けるために、羽田空港から西に向かう定期便は急上昇を強いられ、小松便などはすぐに急降下。また、羽田への着陸時は南へ迂回する必要があり、ルートが限られるため渋滞が常態化、ニアミスが懸念されます。

民間機の効率的かつ安全な運航を妨げる巨大空域が首都圏にあることは異常です。同じ敗戦国でアメリカ軍基地があるドイツ、イタリアにはありません。この空域は日米関係を象徴しています。

──一種の治外法権ですね。

日本政府も返還要求をしてこなかったわけではありません。実際、8回にわたり部分的な返還はあるが、全面返還には至らない。アメリカ軍にとって横田がアジア、西太平洋での空輸の巨大なハブだからです。

──アメリカ軍の管制には法的根拠がない。

日本には憲法体系とは別に安保法体系がある。対日講和条約と同時に日米安保条約、日米地位協定が発効し、地位協定に基づいて協議機関としての日米合同委員会が発足しました。

この委員会はアメリカ軍が日本で占領期と同様の行動を可能とするためのもので、議事録、合意文書は非公開。“航空管制委任”もこの密室内での合意によります。情報公開請求をしましたが不開示。国会議員が要求しても要旨くらいしか出てきません。外務省は「事実上の問題として委任」と言っているので正式ではない。

──合同委のメンバーは、日本が官僚なのに、アメリカは軍人ですね。


吉田敏浩(よしだ としひろ)/1957年生まれ。自治権を求めるミャンマー北部の少数民族を描いた『森の回廊』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。近年は戦争可能な国に変わりつつある日本の現状を取材。『ルポ 戦争協力拒否』『沖縄 日本で最も戦場に近い場所』など著書多数(撮影:今井康一)

1972年に駐日アメリカ大使館の一等書記官が、アメリカ側の代表を駐日公使にして「きわめて異常な」状態を解消するよう進言、大使、国務省とも支持しましたが、アメリカ太平洋軍(当時)が、これまで問題はなかったし日本側も変えてくれとは言っていないと抵抗、現状維持になりました。密室で日本政府に直接働きかけて、有利なところは維持し、新しいニーズが出てきたら追加する。アメリカ軍にとって使い勝手がいい仕組みなのです。

──実際、日本は譲歩の連続。

1974年12月に山口県岩国市の無人島でのアメリカ軍の訓練で山火事が発生、島が訓練可能な施設、区域外だったため国会で問題になった。

当時の外務省アメリカ局長は「提供された施設、区域以外のものをアメリカ軍が使用することはできない」「安保条約の規定に反する」とまで答弁。答弁の2カ月前に駐日公使を呼んで抗議、公使もこのような訓練は行わないと約束した。

政府答弁が1987年に180度変わった

ところが、「施設、区域」外である群馬県上空では、2018年3月の移駐まで、横須賀を母港とする空母の艦載機が頻繁に低空飛行訓練を行い、騒音、振動という実害とともに墜落の恐怖を周辺住民に与えていました。現在はオスプレイや輸送機が訓練をしています。

ほかにもアメリカ軍は日本上空に8つも低空飛行訓練ルートを勝手に設定して、ダムや発電所を標的に見立てた訓練飛行をしています。東京上空にもヘリの訓練エリアを設定、人口密集地域の上に超低空でヘリを飛ばしています。

──明白な安保条約違反ですね。

政府答弁が1987年に180度変わったのです。「タッチ・アンド・ゴーとか射爆を伴うものでないような飛行訓練」なら、施設、区域外でも「安保条約及び地位協定に基づいてアメリカ軍の駐留を認めているという一般的な事実」から、例外的に認められるとしました。

アメリカ軍の法的地位は地位協定と安保条約第6条の「合意される他の取極」に基づくが、1987年時点で公表されている限り変更は確認できない。外務省の担当部局の官僚が解釈を変えたのだとわかります。

──合同委での密約ですか。

1999年の合同委での合意において政府はアメリカ軍の低空飛行訓練についてほぼ現状追認していますが、その重要性を考えると、1987年以前にすでに合意が結ばれていた可能性はあります。

──ドイツ、イタリアとはだいぶ違いますね。

ドイツ、イタリアは航空法や騒音規制、環境規制など国内法をアメリカ軍に適用しています。何かあれば警察が基地内に入れるし、イタリアではイタリアの軍司令官がアメリカ軍基地の管理権を持っている。この点でも日本は後退している。かつてはアメリカ軍にも国内法が適用されると政府は明言していたが、ベトナム戦争中の戦車輸送阻止事件を機にアメリカの圧力が高まり、1973年にアメリカ軍は適用除外としました。

日本がもっぱらの被害者というわけじゃない

──政治家がカギだと思いますが、民主党政権の閣僚も自民党政権と同様の答弁でした。

核持ち込み密約などいわゆる4つの密約を明らかにしたことは評価できるが、破棄はしなかったし合同委の問題にまでは至らなかった。自民党でも河野太郎外相は2000年代初めに党の地位協定の改定を求める議員連盟の幹事長を務め、改定案をまとめているが、外相就任後そういった話はしませんね。

──司法は砂川事件判決の統治行為論から判断停止。正常化する方法はありますか。


民意ですね。イタリアではアメリカ軍機がロープウェーのケーブルを切断して20人が死亡、ドイツもアメリカ軍機墜落で死傷者が出るなどして、アメリカ軍を何とかしろという声が大きくなった。主権国家の責務は国民の基本的人権を守ること。イタリア、ドイツ政府は民意を受け止めてアメリカと交渉し地位協定を改定しました。

日本でそうならないのは、政府が民意を尊重しないから。アメリカ政府の圧力ばかり気にして、抜本的な改定ではなく運用改善で済まそうとする。基地の騒音軽減で合意したとしても「できる限り」などの文言が入って、結局、夜間、早朝も飛ぶ。

ただ、2018年8月に全国知事会が国内法適用、基地立入権など地位協定の抜本的な見直しを日米両政府に提言した。こうした声が地域から高まり、メディアによって実態が知らされれば、国会議員も無視できなくなる可能性がある。

──日本はもっぱら被害者、ではないという指摘も重要です。

日本の空で技量を高めたパイロットが戦地に赴くことはあるわけで、イラク戦争では在日アメリカ軍の部隊が爆撃をし、多数の人々を殺傷しました。横田空域や区域外の飛行訓練を黙認する日本は、アメリカ軍の攻撃の被害者からすれば間接的な加害者に見える、ということも意識すべきです。