黄色いベスト隊のデモはマクロン辞任を求める運動にまで発展した(写真:REUTERS/Benoit Tessier)

18カ月前、政治刷新と変革を求める草の根運動に支えられて誕生したフランスエマニュエル・マクロン大統領は今、別の形の変革を求める草の根運動による激しい抵抗に直面している。来年からの政府の燃料税引き上げに対する抗議運動は、ソーシャル・メディア上で始まり、3週間前に路上での大規模な抗議デモに発展して以降、フランス各地で激しい衝突を引き起こしている。

労働者を象徴する蛍光色の“黄色いベスト”(Gilets jaunes)を身に着けた10万人を超すデモ隊は、週末のたびに、パリ中心部のシャンゼリゼ大通りや凱旋門の周辺、各地のショッピング・モールなどに集結している。

平和的な抗議活動を行っている多くの参加者に混じって、破壊行為や警察との衝突を目的とした活動家や無政府主義者もいるとされる。デモ隊の一部が警官隊に向かって投石したり、周辺の建物や車両に火を放つなど暴徒化。混乱に乗じて近隣の商店での略奪行為なども多数発生している。警官隊が催涙ガスや放水車で暴徒化したデモ隊の排除に乗り出し、数百人規模のけが人と逮捕者が出ている。

痛みを伴う改革と歳出削減に不満爆発

近年のフランス経済は、企業の競争力低下や失業率の高止まりが常態化している。所得再分配を重視するあまり、フランスの歳出規模は先進国で最も高く、膨張する政府債務の大きさも問題視されてきた。こうした長年の課題に対処するため、マクロン大統領は2017年5月の就任以来、矢継ぎ早に改革を実行してきた。

就任直後には、労働組合の抵抗を押し切って、企業の解雇手続きの簡素化や不当解雇補償額の上限設定などの労働市場改革を断行。予算編成でも、法人税率の段階的な引き下げ、金融資産にかかわる富裕税の廃止、投資やイノベーションの促進、デジタル経済化の推進など、企業活力の活性化に重点を置いている。

欧州連合(EU)レベルでの改革にも意欲をみせるマクロン大統領は、改革実行の旗振り役となり、ほかのEU加盟国の協力を取り付けるために、自ら範を示そうとしている。財政赤字をGDP(国内総生産)の3%以下にするEUの財政規律の達成を重視。各省予算の一律削減や赤字を垂れ流す国有鉄道にメスを入れるなど、なりふり構わぬ歳出削減に取り組んでいる。

マクロン大統領は地球温暖化対策にも力を入れ、著名な環境活動家であるニコラ・ユロ氏を環境相に任命(同氏は環境政策をめぐる政権との方針の食い違いを理由に今年8月に辞任)、パリ協定の目標達成に向け2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を終了するなどの政策方針を掲げている。

今回のデモのきっかけとなった燃料税の引き上げも、こうした目標達成に向けた措置の一環だが、フランスでは低所得層を中心に燃料費の安いディーゼル車の普及率が高く、国民の不満が爆発する事態を招いた。


エリート色の抜けないマクロン大統領の改革手法に国民の不満が高まっている(写真:REUTERS/Piroschka van de Wouw)

政権側もこうした改革の実行に痛みを伴うことは重々承知している。改革の成果を国民がいち早く実感するのが成功の鍵と考え、スピード重視で政策を打ってきた。大統領選の直後に行われた国民議会(下院)選挙で、マクロン大統領が旗揚げした新興政党・共和国前進が地滑り的な勝利を収め、議会の60%強の議席を握っている。磐石な議会基盤をテコに野党や抵抗勢力の批判を振り切り、行政命令形式の立法手続き(オルドナンス)を多用することで、迅速な制度改正を実現するのがその手法だ。

マクロン大統領の就任以降、対内直接投資やスタートアップの増加など、改革の萌芽も少なからずみられる。就任時に9.5%だったフランスの失業率は8.9%まで低下した。だが、多くの国民は改革の成果以上に痛みを感じている。企業活力の回復を重視した改革メニューは「富裕層優遇」と非難され、スピード重視の強引な改革手法は「国民の声に耳を傾けない」として批判されている。そこに、エリート色の抜けないマクロン大統領自身に対する「傲慢」との批判や、大統領の警護責任者によるデモ参加者(今回のではない)への暴行疑惑なども加わり、国民の不満に火がついた。

支持率は過去の大統領と比べても急低下

調査会社BVAによれば、大統領の支持率は26%に落ち込み、就任19カ月目としては前任者(フワンソワ・オランド大統領)の48%、前々任者(ニコラ・サルコジ大統領)の29%を下回る。暴動発覚後のHarris Interactiveによる世論調査では、暴力行為に対しては批判的な意見が圧倒的に多いが、回答者の実に72%が黄色いベスト運動を支持している。

そもそもマクロン大統領の誕生は、対立候補の敵失や選挙制度に助けられた面もあり、フランス国民の多くが積極的に同氏を支持した結果ではない。最有力候補とされた共和党のフランソワ・フィヨン元首相が選挙前に発覚したスキャンダルで失速、左右両極の政党候補に反体制派票が分断したことで、マクロン氏は初回投票を制した。

初回投票でのマクロン氏の得票率は24.0%に過ぎず、有権者の半分近くが反EUや反緊縮を掲げる候補に投票した。初回投票の上位2名で争う決選投票で、極右政党・国民戦線(今年6月に国民連合に党名を変更)のマリーヌ・ルペン候補と対峙。極右大統領の誕生を阻止するため、多くの票がマクロン氏支持に流れた。また、共和国前進の圧倒的な勝利に終わった国民議会選挙も、投票率は史上最低にとどまった。今回のデモに参加する人々の多くは、もともとマクロン体制を支持していたわけではないだろう。

任期5年の直接選挙で選ばれるフランスの大統領は強い権限を持ち、よほど明白な義務違反のない限り、罷免されることはない。大統領は国民議会の解散権を持つが、マクロン大統領の共和国前進が議会の安定多数を確保しており、大統領と国民議会の間に対立関係はない。

国民議会は10分の1以上の議員の署名に基づき内閣の問責決議を提出することが可能だが、エドアール・フィリップ首相とその閣僚はマクロン大統領に任命権限があり、議会と首相(内閣)の間にも対立関係はない。マクロン大統領の誕生後、野党勢が党勢回復に苦しんでいることもあり、すぐにマクロン体制が脅かされる状況にはない。

ただ、過去には民衆による厳しい抗議行動が政府の方針転換を促したことや議会解散の引き金となったこともある。2006年にドミニク・ドゥ・ヴィルバン政権が若年雇用制度の改正を断念した例があるほか、1995年にアラン・ジュペ政権が公的部門の社会保障改革の撤回を迫られた。古くはシャルル・ドゴール大統領下の1968年5月、学生運動に端を発した大規模な民衆蜂起が発生(いわゆる「5月危機」、今年はちょうど50周年に当たる)、事態を沈静化するため、大統領は国民議会の解散と前倒し選挙を余儀なくされた。

労働組合などが中心となった過去の抗議運動と異なり、インターネットやソーシャル・メディアを介して賛同者を集める黄色いベスト運動には、明確なリーダーが存在しない。デモに参加する動機も、燃料税の引き上げはもとより、賃金低迷、生活苦、失業、公共サービスの質の低下、マクロン大統領への不信感など、参加者によってさまざまだ。政府が対話を呼び掛けても、誰と交渉の場につけばいいのか、何を交渉条件にするのかが曖昧な、対応の難しさがある。

エドゥアール・フィリップ首相は4日、事態の沈静化に向けて、来年1月に予定していた燃料税の引き上げを6カ月間凍結する方針を発表した。12月15日から来年3月1日を交渉期間に設定し、協議に応じる構えを示唆している。だが、抗議運動はより包括的な生活改善要求やマクロニズムへの抵抗運動に性質を変えつつある。怒れるフランス国民の抵抗は今後も続く可能性がある。

すでに今年に入ってフランス経済には減速の兆しが広がっている。クリスマス商戦目前の週末に、パリの観光名所や各地のショッピング・センターで繰り返される抗議デモは、商店の営業時間短縮や観光収入の減少につながるおそれがある。

手厚い社会保障や所得再分配政策により、好況時も不況時もそこそこの成長を実現するフランス経済のパラドックスは、財政規律を重視するマクロン大統領の施政下には当てはまらない。景気が好調を維持している間に早業で改革をやり遂げるマクロン大統領の戦略は岐路に立たされている。

メルケル首相に続いて求心力を失うのか

マクロン改革の今後を占う試金石となりそうなのが、来年5月の欧州議会選挙だ。5年に1度EU加盟各国で行われる欧州議会選挙は、現政権やEUに対する批判票が入りやすく、新興政党やポピュリスト政党に有利なことで知られている。マクロン大統領は欧州議会選挙での共和国前進の勝利を足掛かりにEU改革を推進しようと考えていたが、今回の抗議運動が長期化すれば、来年の選挙結果にも影響しそうだ。当初、共和国前進の勝利が確実視されていたが、最近の世論調査でルペン氏が率いる国民連合が逆転している。

こうした中、隣国ドイツでは難民危機対応や連立政権内の不協和音に対する国民の不満が高まっており、長年政権を率いてきたアンゲラ・メルケル首相の権威が急失墜している。10月の州議会選での与党・キリスト教民主同盟や姉妹政党の“事実上の敗北”を受け、メルケル氏は与党党首の座を退くことを決意した。連邦議会任期が満了する2021年秋まで首相職にとどまる意向だが、政権のレームダック化は避けられない。

後継党首の人選や来年の州議会選の結果次第では、首相の退陣時期が早まるおそれもある。メルケル首相のリーダーシップが衰えるなか、欧州を引っ張っていく存在として期待されていたのがほかならぬマクロン大統領だった。そのマクロン大統領までもが改革頓挫で求心力を失えば、フランスのみならず欧州の未来にとって憂慮すべき事態と言える。