佐藤琢磨がキャリア3度目の優勝。アクシデントを味方にレースを支配
アメリカの西海岸、オレゴン州最大の都市ポートランド。ダウンタウンのすぐ北にあるポートランド・インターナショナル・レースウェイで開催されたインディカー・シリーズ第16戦は、アメリカ北西部の人々が待ち望んでいたビッグイベントの、2007年以来となる復活だった。レースが行なわれた3日間は、朝のゲートオープン前から熱心なファンが列を作った。
夏の終わりを告げるレイバーデイウィークエンド。オレゴンとワシントンの州境にあるポートランドは、すでに朝方はかなり冷え込む。しかし、陽の出た日中は汗ばむほどの暑さとなり、幸いにもレースウィークエンドの3日間は好天が続いた。
ポートランドで今季初勝利を飾った佐藤琢磨
チャンピオン争いはシーズン終盤戦に入ってさらに激しさを増しており、ポイント3番手のウィル・パワー(チーム・ペンスキー)がポールポジション。ポイント4番手につけるジョセフ・ニューガーデン(チーム・ペンスキー)が予選2位、ポイント2番手のアレクサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オートスポート)が予選3位につけるなか、ポイントリーダーのスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)は予選11位と苦しいスタート位置となった。
「シーズン通して不運なレースがないなんてあり得ない。今年まだそれのないディクソンは、残り2戦で必ずそういう目に遭うだろう」と、期待も込めて予言をしたのはパワーだった。
日曜日のレースでは、スタートが切られると、ストレートエンドのシケインを抜けたところで多重クラッシュが発生した。ルーキーのザック・ビーチ(アンドレッティ・オートスポート)とジェームズ・ヒンチクリフ(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)の接触が発端だったようだが、マルコ・アンドレッティ(アンドレッティ・ハータ・オートスポート・ウィズ・カーブ・アガジェニアン)が裏返しになってストップした。
マルコのマシンの周りにストップしていたマシンは、グレアム・レイホール(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)、エド・ジョーンズ(チップ・ガナッシ・レーシング)、ヒンチクリフ、そしてディクソンのものだった。
パワーの言った通りになった!と思ったが、ディクソンのマシンは土埃こそかぶっているものの、外から見える大きなダメージはなく、エンジンを再始動させてレースに復帰。周回遅れに陥ることもなく、ペースカーが従える列の最後尾につけた。
レースが再開されると、パワーがトップ走行中に急減速。ギヤボックスのトラブルで優勝戦線から脱落し、その後にアクシデントを起こした。ポートランドで決定的不運に襲われたのは、ディクソンではなくパワーだった。
これでトップはロッシのものとなるが、1回目のピットストップでロッシはブラックタイヤを選んだのに対し、ニューガーデンがレッド装着でトップを奪った。ポートランドはこの2人の優勝争いになる……と思えたが、105周を2ストップで走り切る作戦を選んでいたチーム&ドライバーが幾つかあった。そのなかで展開を見事に利用してトップに立ったのが佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)だった。
予選はグループ分けが不運に作用して20位。しかし、マシンの仕上がり具合に自信を持っていた琢磨は、「後方からのスタートなのだから、燃費作戦で上位を狙おう」とチームに提案した。
スタート直後から燃費を強く意識して走り続けた琢磨。そしてポートランドでの彼のマシンにはスピードもあった。予選ではレッドタイヤ用のセッティングがいまひとつだったが、レースに向けて、大きな勇気を持って空気抵抗を減らすセッティングをプラス。その結果、レッドタイヤでの走りはペースがよく、しかも安定していた。
戦況を冷静に見極めながら走ることができるのは、琢磨がインディカーで豊富な経験を積んできたからこそ。ピットとの無線交信で仕入れる情報で、ライバルたちの置かれた状況を把握しながらトップを走行する琢磨は、後続との距離を巧みにコントロールして逆襲の芽を摘み、2017年のインディ500以来となるキャリア3勝目を達成した。
今季、インディ500優勝チームのアンドレッティ・オートスポートを離れ、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰するという決断は世間を驚かせた。しかし、琢磨はレイホールのチームが持つ将来性を買った。それが正しかったことは、チーム移籍1年目に優勝を記録したことで証明された。
スタート直後のアクシデントによるイエロー中に短い給油を行ない、その後は39周と75周目にピットストップをして、琢磨は105周のレースを走り切った。ビーチがコースサイドにストップすると、そのタイミングでイエローが出ると予測してピットロードへと滑り込む。これにライバル勢も追従したことで、琢磨は上位にポジションを保つことができた。展開を味方につけ、フルに利用した見事な戦いぶりだった。
レース終盤はライアン・ハンター‐レイ(アンドレッティ・オートスポート)、セバスチャン・ブルデー(デイル・コイン・レーシング)というベテランの強敵が琢磨の相手となった。燃費をセーブしつつ速く走る。同時にタイヤを労わり、相手との距離にも常に気を配る。完全にレースをコントロール下に置いての堂々たる勝利だった。
「ライアンが速いこと、彼がゴール前にアタックしてくることはわかっていた。しかし、彼をドラフティングの効く距離に入れないようにしていた。それだけの距離があれば、相手は燃費セーブが難しくなるから」と、琢磨は説明した。残り3周でアタックを始めたハンター‐レイだったが、琢磨は付け入る隙を与えずに、0.6084秒差をもって優勝のチェッカーフラッグを受けた。
ストリートのロングビーチで初優勝し、スーパースピードウェイのインディ500で2勝目を挙げた琢磨は、ポートランドで常設ロードコースでの初勝利をマークした。次はショートオーバルでの優勝が目標となる。
チャンピオン争いのほうは、スタート直後のアクシデントに巻き込まれたディクソンが5位フィニッシュ。レース前半はトップ争いの主役だったロッシは8位だった。
これでパワーとニューガーデンには逆転タイトルの可能性がほぼなくなり、最終戦ソノマはディクソン対ロッシのチャンピオン争いとなる。2人のポイント差は29点。最終戦はダブルポイントで、優勝すれば100点を稼げるため、ロッシの逆転は十分に可能だ。若きアメリカンの初タイトル獲得はなるか。それとも、ベテランのディクソンが逃げ切って5度目の栄冠を手にするか。