企業の特許の出願を見れば、その企業がどのような技術に着目し、研究開発しているかを分析できる(写真:Leszek Kobusinski/iStock)

最新機能を搭載したアップル「iPhone X」。その先に登場する新製品はどのようなものなのだろうか。

アップルの動向を報じるいくつかの専門メディアからはiPhoneの新製品の1つとして、「2020年に折れ曲がるiPhoneを出すのではないか」との報道がある。このウワサは確度が高いといえるのだろうか。

いきなり結論から書くと、当面の間、ぐにゃりと折れ曲がるiPhoneが世の中に登場することはないだろう。なぜこのようにいえるのかといえば、特許情報とマーケット情報を融合する分析手法によって、近い将来の製品は十分に予測できるからだ。

「IPランドスケープ」とは何か

この分析手法は「IPランドスケープ」ともいわれる。IPランドスケープとは、特許などの「Intellectual Property(知財)」と、景観や風景を意味する「Landscape」を組み合わせた造語。近年、欧米の先進企業が取り組んでいる一種のマーケティングリサーチの手法である。

知的財産の出願というのは早いもの勝ちのため、実際の製品の上市よりも相当前に行われている。しかも基本的にすべて公開されるため、知的財産、特にある企業の特許の出願を見れば、その企業が将来、どのような技術に着目し、研究開発しているかを分析できる。この他社の特許情報とビジネスの情報(特にマーケット情報)を適宜組み合わせてリサーチして他社ビジネスの動向を予測するなどして経営戦略や事業戦略に生かすというのがIPランドスケープである。

まず、「折れ曲がるスマートフォン」に関する特許情報の状況を検証してみよう。


図1 他社が基礎技術(≒特許)に注目する概念図(筆者作成)

そもそも、新技術の大半が既存技術を基礎とする「組み合せ」であり、その組み合せに利用された技術、言い換えるなら他社に引用される技術は、まさに「基礎技術」といえる。すなわち、「他社が基礎にした技術(≒特許)」を見ることで「他社がその技術(≒特許)に注目している」かどうかを確認することが可能となる。

アップルの特許はどうなっているのか?

トレンドを見るうえで、2010年以降の出願に着目し、「Flexible Displays」というキーワードで調査を行い、アップルが出願した中から興味深いものをピックアップしてみた。


図2 アップル特許(US8929085)

そうすると、2011年に出願されたもので、2015年に米国で登録となり、日本でも昨年登録になった「フレキシブル電子デバイス」という発明が特定された。

この特許は、「ディスプレイやハウジングおよび内部パーツが柔軟であり変形可能」とされており、画面がコンニャクのように曲がる、「折れ曲がるスマートフォン」が開示されている。

次に、「他社が上記アップル特許に注目している」かどうかを確認してみよう。このアップルの特許に対して、他社がどれだけ注目しているか。

もちろん、他社が注目していなければ、他社の出願件数はゼロということになる。


図3 アップル特許の自他社注目度 上位5社(筆者作成)

結果は、図3にあるように、他社からも注目されていることが確認できた。アップル自身も含め上位5社を見てみると、第1位がサムスン電子、第2位がアップル、第3位がLGエレクトロニクス、第4位がメディボティクス、第5位がノキアという結果となった。

サムスンはどのように動いているのか?

では、サムスン電子は、アップル特許と同じように、「折れ曲がるスマートフォン」を出願しているのだろうか。これについて検討してみよう。

サムスン電子の最新の公開特許を確認してみると、なんと、まさに「折れ曲がるスマートフォン」が開示されている。つまり、上述のアップル特許に対しては、サムスン電子が強烈に注目をしていることが読み取れる。

また、同結果の中には、図5に示すように、「折れ曲がるスマートフォン」を想起させるデザインに関する知的財産権である意匠権が成立していることも確認できた。


(左)図4 サムスン電子公開特許(WO201830634)/(右)図5 サムスン電子意匠権(USD804443)

ここで元に戻ってみて、先程のアップル特許に対して、アップル自身が単なるアイデア特許ではなく、継続して出願しているかどうかを確認してみよう。

先程の図3を確認してみると、アップルも昨年の公開特許で、「Flexible Device With Decoupled Display Layers」というわかりやすいタイトルがつけられた出願がされており、内容を見てみると、図6に示すように、画面がぐにゃりと折れ曲がったスマートフォンが開示されている。


図6 アップル公開特許(US20170092892)

また、この特許では、液晶ディスプレイや有機ELディスプレイだけでなく、次世代のディスプレイ技術であるmicroLEDの利用も想定されているようだ。

ただし、デザインに関する知的財産権である意匠権については確認できなかった。

第3位のLGエレクトロニクスは?

次に、スマートフォンで世界シェア第3位のLGエレクトロニクスは、特許を出しているのだろうか。

先程の図3を確認してみると、LGエレクトロニクスも特許で、「Portable electronic device and control method thereof」というタイトルで出願をしており、内容を見てみると、図7に示すように、まさに、画面がぐにゃりと曲がる、「折れ曲がるスマートフォン」が開示されている。LGも「折れ曲がるスマートフォン」の開発をしているようだ。


図7 LG公開特許(US20160026219)

次に、特許情報を離れ、マーケティング情報を使って検討してみよう。

そもそも、「折れ曲がるスマートフォン」の需要(顧客ニーズ)はあるのだろうか。

参考情報として、iPhone Xが発売される直前の昨年9月に公表された「新型iPhoneに最も期待する機能は? 米国1000人のアンケート結果」によれば、「ワイヤレス充電機能」「カメラ機能」「AR機能」が挙がっている。また「次期iPhoneで楽しみにしている機能・仕様は?」によれば、上記以外で、「全面ディスプレイ」「顔認証」「仮想ホームボタン」、さらに、「楽しみにしている機能・仕様」として、「頑丈なガラスと持ちやすさ」「完全防水」「バッテリー強化」「画面録画」が挙がっている。

上記のうち、いくつかのアイテムは、iPhone Xに採用されたものだ。

しかし、「折れ曲がるスマートフォン」を想起するようなキーワードは見つからない。言い換えれば、「折れ曲がるスマートフォン」とするための市場ニーズが明確でないことが確認できる。

では、「折れ曲がるスマートフォン」についての製品計画発表などはされているだろうか。

この点では、サムスンモバイルがディスプレイを折り畳むことが可能なデバイスの計画を明らかにしている。また、昨年10月にはアップルがLGと共同で折り畳めるiPhoneのためのディスプレイを開発していると報じられている(LG Apple teams up with LG Display for foldable iPhone)。

マーケット情報と特許情報を組み合わせた未来予想図

こうした情報を総合すると、アップル、サムスン、LGが「折れ曲げ可能なスマートフォン」を研究開発していることの信憑性の高さを確認できる。

さらに、特許情報からは、たとえば、アップルのように特定の会社の特許に注目することで、その特許が、たとえば、サムスンやLG等のような他社から注目されているかどうかも確認することができるわけだ。

これまでの検討からすれば「折れ曲がるスマートフォン」が出そうな雰囲気だ。しかし、実現にはなおも高いハードルがあるように思える。

高いハードルとは、ほかの部品が折り曲げに対応できるかどうか、だ。ディスプレイは折り曲げることが可能だとしても、ディスプレイ下に配置されている「バッテリー」や「回路基板」といったすべての硬い部分を折り曲げられるようにしなければ「折れ曲がるスマートフォン」にはならない。ところが、今回確認したかぎりにおいてそうした特許情報は確認できなかった。

サムスン電子は、折り畳み端末の構想を発表しているが、ここでは2つ折りの端末を想定している可能性が高く、「現行のスマートフォン自体、すなわち、ディスプレイだけでなく、バッテリーや回路基板も含むスマートフォンを折り曲げるようなものではない」と推測できる。これには上述した技術課題があるのかもしれない。

アップルにとっては大きなジレンマ

以上の検討結果をまとめると、アップルがぐにゃりと折れ曲がるiPhoneについて研究開発を進めており、その動向をサムスン等の他社も注目していることは間違いない。

しかし、IPランドスケープによる検討結果ではアップルよりもサムスン電子の出願件数が多いことも踏まえ、仮にサムスンが来年「折り畳み可能なスマートフォン」を発売したとすると、かつては先駆的にユーザーの利便性に富む新方式かつ斬新な機能で世界中を驚かせ続けてきたアップルにとっては、大きなジレンマだ。これまでもサムスンが先行して採用した技術をiPhoneに取り入れてきた歴史があるものの、仮に折り畳み式を出せば、きわめて重大なハードデザインの変更においても「二番煎じ」に甘んじることになる。

サムスンの製品構想とは異なる「ぐにゃりと折り曲げられるスマートフォン」の実現になると、もっとハードルが高い。よって、当面は市場に現れる可能性は低いといえるだろう。