安全に起業するために、押さえておきたい条件をご紹介します(写真:xiangtao / PIXTA)

安心と安全はセットで語られることが多いが、実際には、「安」という漢字を使用しているということ以外にこの2つの言葉には何の関係もない。安全は統計的・確率的に算出可能な物理量として表現可能だが、安心は個々の人間の心理的状態に過ぎないので、ある数値で安全が表現できるということと、それが安心かどうかは無関係である。

安心を売るサービスには注意が必要

不特定多数に対して安心を販売しているサービスには、注意が必要だ。生命保険がその典型だろう。安心は、対象となる事象に関する知識や情報量と相関関係がある。

たとえば、飛行機に乗るという行為にどの程度の安心を感じるかは、安全に関する情報をどの程度持っているかによってかなり異なる。情報量がゼロに近い人(飛行機がなぜ飛べるのかがまったくわかっていない人)と情報量がほぼ完全な人(パイロットなど)、中途半端な情報量しかない人が感じる不安の大きさは異なるだろう。

生命保険も、保険料の一部を会社の経費にできる(損金算入)制度を活用することで、経営者の退職金の積立のために使えば、比較的安全な商品として活用できるが、大半の人はきちんとしたシミュレーションをせずに契約しているはずだ。ここでは「万が一に備えて」という、怪しげな営業トークが登場する。

情報量ゼロ、つまり何も知らないけど勢いで起業するのが許されるのは20代だけだろう。中年起業でそれをやるのは家族を見捨てることも同然なので、ほとんど犯罪に近い。安全な状態がある程度確約できた後、すなわちフィージビリティスタディ(実行可能性調査)が終了した状態でなければ、起業していいかどうか悩む資格は発生しない。

安全な起業には条件がある

中年起業については、どこの誰にも「安心できる起業」を語ることはできないし、そもそも仕事にまつわる安心立命など完成しないのが普通だ。ただし、「(統計的・確率的に算出可能な)安全」な起業にはいくつか条件がある。それは、次の7つだ。

(1)1000万円程度のドブに捨てても後悔しないキャッシュがある(40代で1000万円程度の貯金がある、または退職金が見込める)。
(2)3社以上の比較的規模の大きな企業から月額でフィーが支払われる請負契約が確保できる(中小企業はあてにならない=年間契約を簡単に反故にするので顧客としてカウントしないほうがいい)。
(3)事務所の家賃がゼロまたは数万円程度である(自宅を事務所にすれば、自分がつくった会社から支払われる形で自分自身に家賃収入が発生することすらある)。
(4)受注した仕事を手伝ってくれるフリーランスに近い立場の人がいる(ある程度の外注費を前提として、自分が稼働している時間の半分以上を営業に費やすほうが安全である)。
(5)借入しなくても経営できる(借金は、未来のあなたの時間を確実に拘束・規定してしまう)。
(6)心身ともに健康である(健康は、体の状態を指し示す言葉ではない。これは純然たる資本なのだ。ヒト・モノ・カネという3大資本のうち、ヒトとは能力のことを指しているのではなく健康のことを指している)。
(7)毎月10万円程度を貯蓄または保険で積み立てることができる(もう1回、自分に退職金を支払うのが起業の目的と言ってもいい)。

以上の状況が揃って初めて、あなたに起業のことで悩む資格が発生する。余分なキャッシュがあれば余計な買い物をしたくなるように、1000万円くらいあるととりあえず会社でもつくってみようかな、という気になるはずだ。使い道はともかく、とりあえず1000万円貯めてしまうことが肝要だ。

重要なのはこの1000万円を(いわゆる)運転資金としては利用せず、開発資金あるいはそれに該当するようなものに割り当てる現金としてとりあえず貯蔵しておくことだ。まずは、運転資金としての資本金には手をつけない経営を目指してみよう。

そのためには起業の翌月からきちんと売上が立つような設計が出来上がっている必要がある。筆者はこのあたりの管理が杜撰だったため、1000万円の資本金が「なんとなく」消えていったと反省している。

銀行融資で気をつけるべきこと

また、銀行に融資の相談に行くと、担当者は必ず「運転資金ですね?」と聞くだろう。なぜなら銀行の融資担当には開発投資のノウハウがほとんど存在しないからだ。開発投資と言われると(融資の)良し悪しの判断ができないのである。


この「運転資金」なる文言は借方/貸方の両者が思考停止したまま合意できてしまう「悪魔のささやき」でもある。仮に融資を受けるにしても、それを運転資金とはしないという覚悟が融資を受ける側に必要になる。したがって融資を受けたなら、銀行には「運転資金ですよ」とうそぶきつつ、日常使う法人口座とは別の口座に放り込んで冷凍保存しておくのがよい。

無論、金利負担が発生するので、逆ザヤの貯金にはなってしまうが、それでも貯めておけるなら融資の意味がある。なぜなら起業直後は日常的なオペレーションに忙殺されるはずなので、自分が本当にどこにお金を使うべきかのクールな判断ができないからだ。

あなたがどんなに優秀な人であったとしても、適切な使い方を発見するためには起業から2〜3年の経過を要すると考えていただきたい。3期分くらいの財務諸表を眺めていると、筆者のような財務の素人でも、なんとなく経営なるものの基本がようやくわかり始めてくる。金の使い道を考えるのはそれからでも決して遅くはない。