現神戸監督のネルシーニョ氏【写真:Getty Images】

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若い時は3秒待たずに選手交代…ネルシーニョ監督が語る「広い視野」の重要性

「采配というのは9割方、思うようには運ばないものだ」――ネルシーニョ

 先のワールドカップ・アジア最終予選のイラク戦(1-1)では、バヒド・ハリルホジッチ監督の采配が完全に裏目に出た。FW原口元気は「疲労困憊だった」と見て後半25分に交代させたが、カードを切った直後にDF酒井宏樹、FW久保裕也が相次いで動けなくなり、苦戦を強いられることになった。

 それ以前に自ら「重要な一戦」と位置付けた試合で、DF森重真人を初めとする常連を外し、到底起用するとは思えない選手を抜擢した。ベテラン監督として、様々な面で疑問符のつく判断が目立った。

 冒頭の言葉は名古屋時代のネルシーニョ監督のものである。経験を積み重ねた同監督は、9割方思うように運ばないのを承知して、努めて冷静に戦況を見守っている。

「若い時は、選手交代も3秒と待たずにやっていた。しかし経験を重ねて、もっと広い視野で状況を捉え、慎重な判断を下せるようになった。今動きが悪い選手がもう一度蘇るのかどうか。その境目を見極められるようになったんだ」

 かつてはネルシーニョ監督も、ベンチから大きなジェスチャーで声を張り上げていたという。

9割方、思うようには運ばない采配…だからこそ的中した時の喜びが増幅される

「しかし、それはかえって混乱を招くだけだと判った。そんなことをすれば声が聞き取れない選手たちは、ベンチがなにかパニックに陥っていると勘違いする。だから私は、試合前の1週間ですべてを指示し、試合が始まれば黙ってベンチに座っていることにしたんだ」

 Jリーグ初采配となったヴェルディ川崎(当時)時代も、柏レイソル時代も、メンバーを固定せず、チーム内の競争を促し、調子の良い選手を躊躇せずに抜擢した。

「私はベテランの経験と若手のパワーをミックスしたチーム作りを狙った。全員を尊重し、平等の立場で競争を促したのが成功の要因だと思っている」

 人を束ねてリーダーシップを取る才能は、現役時代から自他ともに認めるほど際立っていた。生まれついてのリーダーだけに、指導者たちからも「将来は監督になれ」と勧められていたという。

「采配は9割方思うようには運ばない。しかし逆にだからこそ、交代した選手が指示した役割を果たして勝った時の喜びが増幅されるんだ」

 2011年に柏で、自身初のJ1制覇を達成。15年から率いるヴィッセル神戸では、J1史上初の同一監督による複数チームでのリーグタイトル奪取に挑んでいる。

加部究●文 text by Kiwamu Kabe

◇加部究(かべ・きわむ)
 1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。