川口 雅裕 / 組織人事研究者

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ドラッカーは「事業の目的は、顧客の創造である」と言っています。既存のターゲット顧客の要望に応えて目前の利益を追い求めるのではなく、顧客や商品を再定義し、潜在的なニーズを掘り起こす(顧客へ気づきを与える)ことによって、新たな顧客(顧客価値)を創造し続けることが重要であるという意味です。

医療は、「健康診断」「歯科検診」「人間ドッグ」といった手段で顧客を創造しつづけています。医療の顧客は病人ですが、健康診断は、より多くの人に病人である(病人になりそうだ)という自覚を促し、病院に行ってもらうようにする顧客創造装置として機能しています。さらに、そんな現状に満足することなく、最近ではメタボやストレスといった診断項目を増やして、さらに多くの顧客(病人)を発見しようとしています。

このような顧客創造を受けて、病院では1回1回の治療を軽めにして何度も来院させるような施策や、定期的な検査・フォローなどを理由に再来を促すなど、いわゆるリテンション・マーケティング(顧客の維持)を上手に行っています。

また、医療はアップセル、クロスセルといった営業技術を駆使して客単価を上げます。アップセルは「より高い価格の商品を勧めること」、クロスセルは「関連する商品をセットで勧めること」ですが、病院はこれらが巧みです。100円のハンバーガーを水で食べているような人、280円の牛丼だけを頼んで紅生姜を山盛りにして食べているような人(店からすれば、儲からない客)はいません。

病院では必要最低限の検査・治療を施して客を帰すようなことはほぼなく、必要以上の治療や投薬、保険外診療、場合によっては高額治療薬を使ってアップセルを図ります。また「念のために」「ついでに」「万が一のことを考えて」「将来的な予防のために」といった理由をつけて(「ポテトもいかがですか?」的な提案をして)、クロスセルを実行しています。

このように、『顧客創造』『リテンション・マーケティング』『アップセル、クロスセル』を上手に行うことによって医療業界は大きな成功を収めました。経済停滞が続く中、1997年には29兆円だった市場規模(医療費の総額)が、現在では42兆円となっており右肩上がりの成長を遂げています。医療業界の増収(医療費の増大)は単に高齢化の恩恵というわけではなく、医療業界の優れたビジネスモデルや病院・医師の商売努力によるところも大きいのです。

その成功を国際比較してみます。OECD(経済協力開発機構)の発表によれば、日本の保健医療支出のGDP比は、11.2%で、加盟35か国中の3位です。1位のアメリカは原則として自由診療で制度的にもかなり異なるため比較対象から除けば、2位のスイスとはほぼ同水準で、デンマークやスウェーデンといった北欧の高福祉国家をも上回って世界トップクラスとなっています。世界的に見ても、日本の医療業界は大きな成功を収めているのです。

では医療は、本来の使命である国民の健康増進にどれくらい寄与したのでしょうか。WHO(世界保健機関)が発表した「世界の国々の健康寿命ランキング(2015年)」では、日本は74.9歳で1位となりました。ただし、29ヵ国が70歳を超えていて、2位のシンガポールとは1年、10位のカナダとも2.5年の差に過ぎません。費用対効果の観点では十分とは言えないのでしょうが、まあ何となく健康増進に寄与している感じがする点でも、さすがに商売上手とは言えるのでしょう。