チェコの首都、プラハ近郊にある「クトナー・ホラ」という町をご存じでしょうか。

日本ではほとんど知られていませんが、実は世界遺産に登録されている町。

今となっては小さな地方都市ですが、中世の時代にはプラハに次ぐほどの繁栄を謳歌しました。

山あいの小さな町であるクトナー・ホラが発展したきっかけは、13世紀後半に銀鉱脈が発見されたこと。産出量が豊富で、一時はヨーロッパにおける銀産出量の3分の1を占めていたほどです。

さらに14世紀には、ボヘミア王ヴァーツラフ2世により王立造幣局が設立され、クトナー・ホラは、王国の通貨製造地としてさらなる発展を遂げ「ボヘミア王国の財宝庫」とまで呼ばれました。

ところが16世紀、銀の枯渇とともに町は衰退。1726年に王立造幣局は閉鎖され、クトナー・ホラはその華やかな歴史に幕を下ろすこととなったのです。

現在ではチェコのいち地方都市に過ぎないクトナー・ホラですが、町に点在する壮麗な建造物が栄光の歴史を今に伝えています。

旧市街の中心をなすパラツキー広場周辺には、可愛らしいパステルカラーの建物や、重厚な石造りの建物など、さまざまなスタイルの建物が並んでいます。

ファサードの精巧なレリーフに目を奪われる「石の家」は、もともとフス戦争より前に建てられたもので、1489年に現在の後期ゴシック様式に改築されました。

街中に突如として現れる巨大な「石の泉」は1495年ごろに造られた後期ゴシック様式の建造物。19世紀まで飲料水の貯蔵地として活躍していたのだとか。

クトナー・ホラのシンボル的存在ともいえるのが「聖バルバラ教会」。後期ゴシックを代表する建造物のひとつで、聖バルバラは鉱員の守護聖人。建設費は市民の寄付によって賄われました。

1388年に建設が開始され、1558年に一旦完成。その後も改修がなされ、17〜18世紀にはバロック様式の影響が加わりました。

丘の上に堂々とそびえるその姿は圧巻。あまりにも大きいので全体をとらえるのが困難なほどです。

見る角度によってまったく違う建物のように見える多彩な表情が魅力。「フライングバットレス」と呼ばれるアーチ構造が独特で、一度目にすると忘れられない印象を残します。

どことなく近未来的を思わせる外観が印象的なのが、旧市街から少し離れた「セドレツ」と呼ばれる地区にある「聖母マリア教会」。1300年ごろに建てられた教会で、当時から残っているものとしてはチェコ最大の教会です。

小さな教会でありながらクトナー・ホラの名物的存在となっているのが、聖母マリア教会に近接する「墓地教会(納骨礼拝堂)」。

一見なんの変哲もない教会に見えますが、内部は、中央ヨーロッパ各地から集まった4万人もの僧侶の骨や、フス戦争、ペストなどで亡くなった人々の骨で埋め尽くされています。

人骨の装飾には、「メメント・モリ(死を思え)」、つまり自分にもいつか死が訪れることを忘れるなという意味が込められているのだとか。一面に人骨が並ぶ光景は、不気味ながら、どこか芸術性さえ感じさせます。

一時はプラハさえかすむほどの繁栄を享受したクトナー・ホラ。現在世界遺産となったこの町は、かつての栄光がもたらした遺産を次の時代へと静かに語り次いでいます。

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