前編では鈴木 秀範監督や選手たちに、どれだけバントは難しいけれど成功した時に価値があるのか。そして、バントでは1球目を決める重要性があるということなどを話していただきました。後編では、バントが上手になるための考え方、技術を紹介します。

試合に出る術として自分のカタチを作り上げたバントは当たる位置が目の位置に近いことが基本

 田中 健主将も平 雄介選手も、そして小林 諭尚選手も、試行錯誤しながら自分に合ったカタチを作り上げた。「アウトコースぎりぎりに構えてライン取りをしている」のが田中(健)主将だ。「僕は右打者なので、右側へのバントの方が決めやすい反面、アウトハイや横に逃げるボールへの対応が難しいからです」そのため、マシンを使ってのバント練習では、アウトコースのスライダーに設定して行うそうだ。

「僕の場合、ある程度バットと体の距離を取り、基本からすると少し投手寄りで当てるようにしています」と教えてくれたのは平選手。また小林選手は「ストライクゾーンをバントするカタチが自分のカタチ」だという。これは「(小林選手にとって)動きながら落ちるボールへの対応が一番難しいのですが、自分からやりにいくと、ボールを追いかけると、どうしても失敗します。ならば“ボールは来る”ものだと腹を据え、ストライクゾーンに来るボールだけをバントすればいい」と考えているからだ。

「もともとリードオフマンタイプだった」小林選手は、湘南クラブボーイズに所属していた中学時代からバントの練習をしっかり行っていたそうだが、田中(健)主将と平選手は高校までは中軸を打っていたこともあり、小技に対する意識は薄かったという。田中(健)主将は、新日鐵住金かずさマジックに入ってから、平選手は東京農大北海道オホーツクに進んでから、試合に出るため、自分の生きる道として小技を磨いていった。

「千葉経大附ではバントのサインが出ても失敗が多かったですね」と明かす平選手に「もし高校時代に今のように小技もできたら」と水を向けると「間違いなくプレーの幅が広がっていたでしょうね」と笑った。

[page_break:サード側への送りバントはあらかじめ角度をつける]サード側への送りバントはあらかじめ角度をつける意識しながらあらかじめバットの角度を作り、ボールが見えるところ、体に近いところでバントをする

 一般的に送りバントで最も難しい場面は無死一、二塁といわれる。精神的にも重圧がかかるが、田中(健)主将は「こっちはチャンス、と思って打席に入るようにしています。追い込まれているのはむしろ相手の方だ、と」。技術的にはセオリーの三塁方向に転がすために「ボールが来てからバットの角度をつけるのではなく、あらかじめ三塁に転がる角度で構え、そのまま体を入れるイメージでバントをするようにしている」という。

 鈴木監督によると新日鐵住金かずさマジックでは無死一、二塁の時、「サードとファーストの動きを一歩でも二歩でも遅らせるために、セーフティでの送りバントを選択することもある」。それもあって中軸を打つ選手もセーフティバントの練習をしているという。

 場面に関係なくセーフティバントを得意とするのが平選手と小林選手だ。ともに成功するためのポイントに挙げていたのが「三塁手の位置の確認」と「相手の意表を突くために、いかに遅くバントの構えをするか」。前者について鈴木監督は「三塁手が深めなら足が速くない選手でもセーフティが成功するので“三塁手を見ろ”というサインを送ることもあります」と話してくれた。また後者について平選手は「実戦形式でセーフティの練習をする時は、捕手に『今のはどう?構えが早かった?セーフティやるとわかった?』と確認するようにしています」と、普段の取り組みを教えてくれた。

 走者なしで自らを生かすためのセーフティをする時は、強い気持ちも必要のようだ。平選手や小林選手のように足があってセーフティを得意とする打者が打席に入ると、当然ながら、相手三塁手は警戒する。前にも出てくるが、平選手は「いつも見慣れている場所より少しでも後ろなら“よしっ、勝負しよう”と思います」

[page_break:ヒットエンドランは打つ方向を決めずにヒットを狙う]ヒットエンドランは打つ方向を決めずにヒットを狙う練習終了後の集合(新日鐵住金かずさマジック)

「送りバント」とともに「小技」の代名詞とも言えるのが「ヒットエンドラン」だ。鈴木監督は「ランナーを進めるだけならバントを選択します。ヒットエンドランとはチャンスを広げるもの。打者は右方向とか、打つ方向を決めなくてもいいので、とにかくヒットを狙いにいく必要があります」と説く。だがその一方で「リスクを背負って“このボールを打て”という中で、ヒットを打つのはそう簡単ではない」とも。

「ですから、結果的に進塁打で終わっても、それは大きな仕事をしたことになります。よく『最低でも走者を進めろ』と言いますよね。私は絶対に言いません。むろん走者一塁からヒットエンドランで、一、三塁にできればベストですが、縛りがある中で走者を進められたら、それは最低ではなく、最高に値するからです。ダメなのは、簡単にパーンと打ち上げてレフトフライ、でしょうか」

 このヒットエンドランでも送りバントでも、小技を成功させるには「技術」が求められるが、「それとともに打席に入る前の『心の準備』も不可欠」と鈴木監督は言う。

「例えば走者一塁で打つ気満々で打席に立った時、バントのサインが出たらどうですか?どうしても気持ちが下がりますよね。でも、気持ちが下がった状態では1球目で決まる確率は下がるでしょう。反対に(ここはバントもあるな)と想定して打席に入ったらどうか?バントのサインが出ても(よし)となるはずです。小技というのは戦術ありきのものなので、まずチームとしての戦術を理解する。その上で、打席に入る前に試合展開を見ながら、気持ちの上での事前準備することも大切だと思います」

 鈴木監督も3人の選手も「木製バットよりも金属の方がバントは難しい」と言っていた。金属バットできっちり送りバントを成功させたなら、(大きな仕事をした)と心の中で胸を張っていいのでないだろうか。

(取材・文/上原 伸一)

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