青山学院高等部(東京)【前編】

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 先の箱根駅伝で圧倒的な強さを発揮し完全優勝を収めた青山学院大の付属校として学校の校舎を「東京都渋谷区青山」の一等地に持つ青山学院高等部。野球部は昨年の秋季大会では都大会初戦こそ3対4で競い負けたものの、ここ3年間での都大会や東東京大会の戦績は、4〜5回戦まで勝ち残ることも、珍しくはない。

 しかし平日は、学校のグラウンドが使用できるのは、月曜日と水曜日の週2回の2時間のみ。それも、内野ノックがギリギリ出来る範囲でしか使えない。その他の曜日は、構内の空きスペースのコンクリート上で、テニスボールを使った捕球練習やトレーニングを行うだけ。そのため、選手たちが、バッティング練習や実践練習が出来るのは週末のみとなる。大学の持つ町田市のグラウンドで、大学の準硬式野球部や軟式野球部と時間を分けながら使用をしている。

 このように限られた環境と、1、2年生あわせて15人だけの部員の青山学院は、なぜ短期間のうちに、勝てるチームに育っていくのだろうか。

選手たちが考える練習の意味

安藤 寧則監督(左)と、茂久田 裕一コーチ(右)(青山学院高等部)

 青山学院の部員たちは言う。「守備練習は、ファインプレーをするためのもの。打撃練習は、ホームランを打つためのもの。練習しなくても出来るようなプレーではなく、練習しなければ出来ないプレーができるようになるための練習をしています」

 実際に、昨年11月に行った関東の強豪2校との練習試合では、2試合でチーム本塁打5本をマーク。「選手たちの体育の成績、本当に低いんですよ」と、安藤 寧則監督は笑いながら話していたが、グラウンド内で駆け回る選手たちの姿からは、そのかけらも感じさせない。

 冒頭の自信は選手たち個々の言葉にも表れている。入部して1年半が経った2年生部員たちは口々にこう話す。「ここは強豪校ではないので、甲子園に出たいと思っている人は最初のうちは正直少なかったと思う。でも、練習をして結果が出てくると、自分たちも大会でも勝てるのではないか?と思えるようになる。能力の高い選手が揃っているわけではないですが、『練習すれば僕らでも優勝できる』と考えられるようになってくると、自然と自主的にみんなが練習に参加するようなチームの雰囲気になってくるんです」

「僕も正直、甲子園に出られるような強豪校に、自分たちが頑張ったところで勝てないだろうという思いで最初は入ったんですけど、実際に練習試合をやってみたら、そんなことはなくて、自分たちも必死になって頑張れば、目標に届くんじゃないかなという思いが日に日に強くなってきました」

[page_break:指導者を交えない2時間ノック]指導者を交えない2時間ノック

白熱したプレーが繰り広げられる実戦練習(青山学院高等部)

 頑張れば、目標に届くかもしれない――選手たちが、本気でそう信じる力が、青山学院の選手たちの能力を速いスピードで引き出していっているのは事実だ。その自信を作り上げているのは、彼らの毎日の取り組みだ。青山学院の選手たちは、日々の練習を自分たちで作り上げているという自負がある。 

 例えば、1月のとある週末の練習日。朝8時頃に町田市のグラウンドに集まった選手たちは、準備が出来るとグラウンドに出ていき、そのままウォーミングアップはせずに、3か所に分かれてノックが始まる。朝一の練習でありながら、ノックの盛り上がり方は、青山学院ならでは。安藤監督は、「この2時間は、僕もコーチの茂久田も、仲間外れ。僕らはやることがなくて、ドカンの中の焚火に薪をくべたり、ノックしている間をウロウロすることくらいしか出来ない」

 約2時間、選手だけでの3か所ノックが続く。開始時から、誰よりも声を張り上げるのは、2年生の中島 多一。「自分も朝は、いきなり体が動かないんで、体が動かないのをごまかすために、まずは声を出しています(笑)。テンションが低いのを周りの人に声を掛けることによって自分の気持ちも高めて、周りの雰囲気も良くしていきたいという思いもあります」 

 朝一の3か所ノックは、常に行っているわけではなく、このオフシーズンから取り入れたメニューだ。選手たちは、「冬は、基本を身につけたい時期なので僕たちはまずはノックから入ります。朝からずっとノックをやることで、数多くボールが取れて守備が上手くなれる」と話す。 

 ノックが終わったあとは、実戦練習。2チームに分かれて、『1アウト一、二塁』の場面から、フルイニング戦う。練習の目的は、すでにグラウンドに到着する前から明確になっている。

「実戦の中で、積極的に走れるか。相手の隙をついたプレーができるか」「その打球が取れるか取れないかを全員で判断して口に出して伝える」など、何を目的にした練習か、どの選手に尋ねても、答えはすぐに返ってくる。

[page_break:選手間の話し合いでマル・バツの引き出しを増やす]選手間の話し合いでマル・バツの引き出しを増やす

シミュレーション守備練習を5分行ったあとの様子(青山学院高等部)

 安藤監督も随所で、「今、なんでそう思った?」「今は何をしたかったの?」「今のプレーに違和感は感じないの?」と、プレーを止めて選手たちに問いかけ、そこから、選手間での話し合いが始まる。この積み重ねによって、実際の試合の中で自ら判断するプレーのマル・バツの引き出しが増えていく。

「ベストな判断をするための練習をしろ。お前らは、動き方は分かっているけど、それをまだ生かしきれてないよ」そんな安藤監督からの言葉や、選手間でグラウンド内での会話やアドバイスは、忘れないようにとベンチに戻れば、メモを取る。

 その後の練習でも、まだまだ、青山学院のベストな判断を磨くための練習は続く。実戦練習後は、今度は自分のポジションにつくと、ボールは使わずに、シミュレーションノックがスタート。各ポジションで起こりうる守備のプレーを自らシミュレーションしながらボールが転がっていると仮定して、走って取って投げるを全力で行う。

 キャッチャーであれば、バント処理やパスボールの動き。サードであればスクイズに備えた動きや、エラーが起きたときのカバーの動きなどを個々に自由な発想でシミュレーションプレーを繰り返す。 

 実はこの練習、本気で取り組めば、3〜5分間続けただけでも、終わったあとは思わず座りたくなるほどの運動量になる。もちろん、運動量の少ないシミュレーションを続ければ疲れは少ないが、あえて自分に厳しく、カバーの動きや、遠くにボールを逸らしたときの動きなど広い範囲でダッシュを繰り返した選手ほどヘトヘトになっている。自分で自分にどれだけ課すことが出来るかが問われる練習だ。