秀岳館高等学校(熊本)【後編】
前編では鍛治舎 巧監督がなぜトレーニングを大事にするのか、その背景を伺い、さらにトレーニングの中身について紹介した。後編ではフィジカルトレーニングと同じくらい重要視している食育や、さらにこの環境で伸びていった選手、またトレーニングを行うにあたって大事なポイントを教えていただいた。
1日の食事量は2000グラム!食事する選手たち(秀岳館高等学校)
体作りに欠かせない食事。鍛治舎監督はもちろんこの分野にも力を入れている。秀岳館が1日に食べる米の量は最低2000グラムだ。もちろんこれ以上食べる選手もいるというが、いずれにしても相当な量である。これを朝、昼、晩で摂るようだが、どういうペースで摂るかを聞くと、堀江 航平投手の場合は、朝500グラム、昼600グラム、夜900グラム食べているという。聞くだけでもお腹がいっぱいになりそうだ。
加えて秀岳館はこれ以外にも夕方の17時にカレーライスを食べる習慣がある。また練習の最後にもプロテインを摂取。空腹時に練習することを避けているようで、栄養補給することを欠かさず、しっかりと体作りに取り組んでいる。そして取材日の練習後には選手が食事する食堂に案内してもらったが、あまりのご飯の多さに驚いた。しかも、すごいのは、選手達が軽々と平らげてしまうことだ。さらに、選手たちを見る垂井 謙太コーチの一言が衝撃的だった。
「これ、まだ抑え気味なんですよ。まだ食べたい選手は、寮に戻って、自分でごはんを炊いて食べていますね」
まだ食べるのか!驚きを隠せないほどの食事の量だが、打撃練習の密度の濃さ、徹底したウエイトトレーニング、そして徹底した食育。何もかもレベルが違う。これが日本一を目指すトレーニングなのだろう。
[page_break:秀岳館のトレーニングで20キロもスピードアップしたエース・有村 大誠]秀岳館のトレーニングで20キロもスピードアップしたエース・有村 大誠有村大誠(秀岳館高等学校)
次に秀岳館のトレーニングで大きく伸びた選手を紹介したい。この2年間で大きく伸びたのがエース・有村 大誠だ。有村は中学時代、ベンチ外の選手だったというのはご存知だろうか。枚方ボーイズ時代を知る鍛治舎監督が当時をこう語る。「いつもスタンドで応援している選手でしたね。彼がエースといったら枚方の同期はみんな驚くんじゃないですか」
入学当初の有村のスピードは最速118キロ。110キロ台がほとんどだった。そんな有村が秀岳館のトレーニングで高校1年の秋ごろには120キロ台に到達。コントロールには自信があり、たびたびB戦で抑えてきたことで、首脳陣の信頼を掴んできた。そして転機となったのは1年冬。ここで徹底的に走り、トレーニングをし、食べた。
同じ枚方ボーイズ出身の堀江も「本当に真面目に取り組んでいました」と一目置くほど自分を追い込んだ。そして一冬越えた春の試合では、最速138キロを計測。「腕が振れている感があるなと思いました」
迎えた夏の熊本大会の文徳戦では最速142キロを計測し、この秋はエースとしてフル回転した。有村は体格が変わったことが成長する一番の要因となった。入学当時は179センチ68キロの体型だったが、今では183センチ76キロまで増量に成功。これまでもまだ細身に見えるのだが、入学当初と比べればだいぶ逞しくなった。やはりいくら技術練習をしても、それを支える体が大きくならない限り、パフォーマンスアップは難しい。
有村の成長には鍛治舎監督も喜んでいる。「入学当時は全国的に見ても平均、それ以下の投手だと思っていました。それが今は九州大会優勝のエース。生徒は生まれ変わろうと思えば変われます。有村の例は全国の球児たちにとって参考になりますよ」と評価していた。
[page_break:最後は自分自身を追い込めるか]最後は自分自身を追い込めるか選手たち(秀岳館高等学校)
ここまで紹介した秀岳館の取り組みは非常に密度が濃いものだ。しかし、冬のトレーニングの効力を最大限に発揮させるには、取り組む選手自身の姿勢が問われる。鍛治舎監督は、
「ここからですね。冬のトレーニングにどう取り組んだかが春、夏になって返ってくるわけです。この冬のメニュー、どこかで手を抜こうと思えば抜けますから。僕は年始に選手たちに、半年後、1年後、10年後、20年後と未来の自分はどうなりたいのか自分の将来像を描かせます。その将来像を実現するためにはやはり自分自身で追い込むしかない。だから自主性が大事だよ、今やっていることが全て自分に返ってくるよ、ということは常々話しています」
それは選手たちも自覚している。主将の九鬼 隆平も「この冬は大事だと思いますし、だんだんトレーニングも去年と比べるとハードになっている感じはしますが、それは当然だと思っています。僕は高卒プロと日本一を目指しているので、しっかりとやっていきたいです」と覚悟を決めている。そして遊撃手の松尾 大河も「成長する自分を想像してやっていきたいと思います」と決意を語った。
エースの有村は「全国の投手を目の当たりにして自分はまだまだと感じたので、今の10キロアップの最速152キロを目指していきたいと思います」とさらなる大変身を誓った。そして2年春に140キロ中盤を出した後、6月に肩を痛め、この秋から投手として復帰した堀江は、「自分は140キロ中盤まで取り戻すだけではなく、145キロを投げるレベルまで持っていきたいですし、今よりも筋力的な数値を伸ばしたいですね。スクワットは130キロから150キロまで持ち上げるのが理想です」とさらなるレベルアップを誓っていた。
鍛治舎監督の就任直後、「3年以内で日本一」と宣言してスタートした秀岳館。並々ならぬ覚悟ができなければそこには近づくことができない。選手たちの取り組み、発言を聞いて、秀岳館ナインに「妥協」という2文字はなかった。
(取材・文=河嶋 宗一)
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