木更津総合高等学校 早川 隆久投手「全国レベルの攻略困難な投手を目指して」
「防御率0.00」衝撃的だった。今春の第87回選抜高等学校野球大会前に、発表された各出場校の選手成績の中で、ただ一人、この数字をマークした投手がいる。それが、木更津総合の早川 隆久。この秋の関東大会でも初優勝に大きく貢献し、2年連続の選抜出場を手繰り寄せた。
脅威の「防御率0」の一年生左腕早川 隆久投手(木更津総合)
一流投手と呼ばれる投手のタイプは多種多様だ。大谷 翔平投手(関連記事)のように剛速球を投げ込む怪物もいれば、松井 裕樹投手のように魔球と呼べる縦スライダーを投げる投手もいる。他では杉内 俊哉投手(2014年インタビュー)のような、打者から打ちづらいと感じさせる投球で一流投手の地位を築いている投手もいる。
脅威の防御率0を記録した投手は、杉内投手のように打ちづらさを武器に高校野球のトップクラスの左腕と称される早川 隆久(木更津総合)。この驚くべき防御率は1年秋で残した数字である。
早川の最大のウリは出所が見づらいフォームから繰り出すキレ味抜群のストレートだ。そのスピードは130キロ前半から後半と決して速くない。しかし球速以上にキレを感じさせるストレートに打者はまともに当てることができず、凡打の山。昨年の秋季大会では36イニングを投げて無失点。3試合連続完封を成し遂げるなど、まさに衝撃的なデビューを飾った。
今春の選抜大会ではMAX139キロを計測。2試合に先発し、12回を投げて勝利投手となる。また、今秋の千葉県大会では強打の専大松戸と準決勝で対戦し、1対0で完封勝利を挙げ関東大会出場を決めた。
打者から打たれにくい術をしっかりと持ち、高校生左腕として標準以上である140キロ前後の速球を投げる今の早川はさらに貫禄が増したといえる。
そんな早川だが、横芝中学時代は、現在千葉黎明でエースを務める川口 廉に次ぐ二番手投手。木更津総合に入部した当初もさほど目立つ存在ではなく、外野へコンバートされていた。ではいかにして、早川 隆久は2016年度を代表する実戦派左腕へと到達したのだろうか。
[page_break:入学当時は外野手、自ら志願した投手]入学当時は外野手、自ら志願した投手早川 隆久投手(木更津総合)
2014年4月、投手として木更津総合の野球部の門を叩いたものの、中学3年時に痛めたヒジの状態は芳しくなかった。さらに入部早々のゴールデンウィークにケガを再発させてしまったことから外野手にコンバートされていた早川。
彼がピッチャーに再転向するきっかけとなったのは、夏の千葉大会を前にチームの左投手対策としてバッティングピッチャーを務めた時のことだった。「専大松戸の角谷 幸輝投手の対策で、自分がバッティングピッチャーを務めたのですが、その時、当時の3年生から空振りが取れて、自分の中で『いける』という感じがしたんです」
この出来事がきっかけで、新チームが結成された8月に早川はある行動に出る。「自分はボールを触りたい人なので、ボールが飛んでこないとつまらないんですよね。それで、ピッチャーをやりたいなと思って、監督さんに『投げさせてください』と言いに行ったんです。そうしたら、次の日から1、2イニング投げる機会を与えられて、またピッチャーをやらせてもらえるようになったんです」
この当時のことを五島 卓道監督もよく覚えている。「最初にバッティングピッチャーをやらせた時、昨年のチームの3年生で主軸だった平澤 諒や猿田 瑞季(現・上武大)が空振りするんですよ。その頃は早川がそんなに良いボールを投げるとは思っていませんでしたから、『1年生の球に振り遅れるんじゃないよ』って言っていたんです」
だが、早川のボールを空振りしてしまうのには、きちんとした理由があった。「バッターがタイミングを取りづらいんですよね。ちょっと腕が遅れて出てくるところがあって、ステップした後、普通の投手だったらもうボールを投げているタイミングでも、早川はまだボールを持っていてリリースしていない。だから、打席に立った昨年の3年生はみんな口を揃えて『打ちづらい、打ちづらい』と言っていました」(五島監督)
[page_break:秋の関東大会初制覇!]早川 隆久投手(木更津総合)
ただ、本人は特別なことはしていないという。「自分としてはテイクバックを小さくとることを意識しているだけで、別に腕を遅らせている訳ではないんです」それよりもピッチングで重視しているのは、スムーズに体重を移動させることをだという。
「股関節にうまく体重が乗るように意識して投げると、最初は軸足に、最後のフィニッシュではステップした足の方にしっかりと体重が乗るんです。逆に股関節にちゃんと乗っていないとフィニッシュがバラバラになってボールにもバラつきが出てしまうので、ブルペンでも確認しながら投げています」
また、昨年のエースだった千葉 貴央投手(現・桐蔭横浜大)から受けたアドバイスも役に立っている。「千葉さんに『腕というのは、利き腕と逆側の腰から始まっている』と教えてもらったんです。自分は左投げなので『腕は右腰からつながっている意識を持て』と言われて。それからは全身を使って投げられるようになり、リリースポイントもかなり前になりました」
ここからしばらくは外野手との併用だった早川は、練習試合を重ねるごとに成長を遂げた。
秋の関東大会初制覇!昨秋の県大会から登板機会を増やし、準々決勝の千葉敬愛戦では3安打完封。この試合をきっかけに投手一本でやっていくこととなった。
春の選抜大会後は真っ直ぐを活かす上でも変化球の制球力を磨くと、夏が終わってから、肉体改造に着手。上半身中心のウエートトレーニングを始め、球威向上を目指した。結果として、マックスで投げれば、コンスタントに140キロ前後のスピードボールを投げられるようになり、力8分でも130キロ中盤の速球を投げられるようになった。1年の時のマックスのスピードが、8割の力で投げられるようになる。それは早川にとって大きかった。そして早川は打者、試合状況に応じて、8割の力で投げつつ、要所でマックスの真っ直ぐでねじ伏せるという投球スタイルを身に付けた。さらに早川は今秋の県大会からは、ツーシームとチェンジアップも投げるようになる。新たな武器を手にし、県大会準決勝では専大松戸打線を完封。さらに、進んだ関東大会でも、早川の投球はますます凄味が増していた。
まず1回戦の桐光学園戦で1失点完投勝利。さらに準々決勝の花咲徳栄戦ではプロ注目左腕・高橋 昂也投手との投げ合いを制し、またしても1失点完投で白星を挙げると、ベスト4入り。この2試合、早川は変化球を多用せず、ほぼマックスの真っ直ぐで、ねじ伏せた。そしてチームは、準決勝、決勝と勝ち進み、関東大会制覇を成し遂げた。この2試合、早川は登板せずの勝利だけにチームとしても大きな優勝となった。
こうして2年連続の選抜大会出場の当確ランプを灯した木更津総合。エースとなって甲子園の舞台に帰ってくる早川は、2度目となった甲子園のマウンドでどんなピッチングを見せてくれるだろうか。攻略困難といわれる実戦派左腕の躍動に熱い注目が集まる。
(取材・写真/大平 明)
注目記事・11月特集 オフシーズンに取り組むランメニュー