西武・菊池雄星【写真:編集部】

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変貌遂げつつある左腕、プロ6年目にして見せる進化の跡

 この世界でポテンシャルを眠らせたまま、消えゆく星は多い。162キロ右腕の日本ハム大谷が少年だった時代、同郷の岩手で3歳上だった左腕は間違いなく怪物だった。だが時は流れ、プロの世界で先に怪物たるポテンシャルを爆発させたのは二刀流の後輩が先だった。元祖怪物はプロ4年目に9勝を挙げ、片りんを見せたが完全開花には至らなかった。

「もう6年目。モタモタしていられない。覚悟を持って今年が勝負です」

 今年1月の始動時。決意を込めた西武・菊池雄星投手が今、変貌を遂げようとしている。

 オフ明けの菊池の変化は一目瞭然だった。184センチの長身が筋肉質な体重100キロのボディーでまとわれていた。10年の入団時は82キロ。暴飲暴食はせず、ウエートで変身した。1日3〜4時間、背筋と臀部を重点的に負荷をかけた。練習量につなげることが目的だった。「疲れにくくなる。体の強さが出てくれば、いっぱい練習できる」。目的意識は明確だった。

 キャンプでは4日目に左肘痛を起こし、調整プランが大きく狂った。実戦機会は失ったが、フォーム矯正にまい進した。投球時に踏み出す右足がインステップする癖があったが、1センチずらして修正。力が正しく伝道するベクトルを定めた。

 過去に左腕のリリースポイントを何度も変えた。オーバースローとスリークオーター気味の範囲の中で試行錯誤した。だが昨秋から1軍投手コーチに就任した土肥コーチは、ただ土台だけを見つめていた。「きっちりとした股関節の移動ができていれば、上半身は勝手についてくる。腕を振る位置も自然と定まってくる」と理論を説く。

迷い消えた左腕、金子との投げ合いでも凄み

 股関節主導の動きに務め、菊池にも今までとは違う感触が残っていった。「(入団から)5年間、同じことを繰り返していたが、迷いなく始動できる」と打者との戦いに没頭できるようになった。1軍昇格は開幕から1カ月後と遅れたが、感覚を深めながら上がってきた。

 殻を破ろうとしている。兆しを大きく示したのが6月21日のオリックス戦(京セラドーム大阪)。相対したのは昨季沢村賞の金子だった。

 昨年9月の対戦では7回1失点と好投したが、日本屈指の右腕はそれを上回る8回無失点の投球。“スミイチ”の投手戦を制された。前日20日。今季初対決を前に心構えを口にした。「なかなか厳しい試合になると思うが、粘り強く投げたい。先制点をこっちが取るまで粘れれば、いい試合になると思う。特に立ち上がりに気をつけて乗れれば」。敗戦を教訓に臨もうとした。

 凄みを見せた。すべてが一級品の多彩な球種を操る金子に対し、菊池は直球、スライダー、カーブ、そしてこの日は2、3球程度だったチェンジアップ。厳選された武器だが、相手をねじ伏せた。

 対角線を射抜くクロスファイアの剛速球は最速151キロを計時。今までは絶品のコースに決まっても、以降は続かないこともあった。だがこの日はストライクゾーンにほどよく散らばっていた。適度な荒れ球ほど的を絞れない打者にとって厄介なものはない。「2回の2四球は無駄です」と課題を挙げるが許容範囲だろう。

スライダーも進化、現役最強左腕の称号を手にできるか

 スライダーも進化を見せていた。曲がり幅の少ない高速スライダーだ。4回には4番中島の足に当たりそうなワンバウンドのスライダーを振らせて三振を取るなど3つすべてのアウトを奪った。7回には糸井から速球並みの141キロの変化で空を切らせた。

 今季序盤は130キロ台前半の変化の大きい軌道だった。だが復帰2戦目を終え、改良を決断した。「左打者に打たれていたので、ふくらみの小さな変化にしようと。握りはそのままで、腕の振りを真っすぐに近づけました」。新球とも言える別物の武器に仕上げた。

 自らの戒めを守った。金子が2回に中村に先制ソロを献上し、中盤まで膠着状態に入ってもゼロを並べた。6回にメヒアが決定的な3ランを放ったが、菊池の投球が呼び込んだと言っていい。

 チームにとって金子は天敵だった。11年8月23日の白星が最後だった。過去5年間は1勝10敗と負けに負けた。7回無失点の菊池が6回4失点の金子に投げ勝ち、1398日ぶりに勝利をもたらした。「金子さんみたいな投手と投げられるのはうれしいこと。緊張感もあった中で、投げられたのは自信になる」。

 6月23日現在、4勝2敗。自らに勝敗がつかなかった2試合もチームは勝利している。登板試合での“貯金4”は先発陣の中で最多だ。交流戦で敢闘賞にあたる「日本生命賞」を獲得。賞金100万円の使い道に「貯金します」と笑って話したが、グラウンド上でも貯金のできる剛腕に変身し始めた。現役最強左腕になる可能性を秘めた巨星が雄々しく光り始めている。