「レースは僕らの予想通りの展開だったし、9位を目指して戦っていた。つまり、今日は初めてのポイントを獲れたはずだったんだ」

 地元スペインGPを26周でリタイアしなければならなかったフェルナンド・アロンソ(マクラーレン・ホンダ)は、そう言った。

 確かにFP−2(フリー走行2回目)では7番手のタイムを記録し、決勝では誰よりも長く21周目まで最初のタイヤを保たせて後半の追い上げが期待された。その後、リアブレーキが効かなくなり、緊急ピットストップに向かったが、ピットで止まりきれずにそのままリタイア。どうやら誰かの捨てバイザー(ヘルメットのバイザーのフィルター)がリアブレーキの冷却ダクトに挟まり、過熱したことでブレーキが不調をきたしてしまったようだ。

「最後はほとんどブレーキがない状態でピットに戻ってきたんだ。1コーナーで『チェックのためピットに戻れ』と言われたから、かなり慎重に走った。僕自身、恐かったよ。誰もケガをしなくてよかった」

 9位になるためには、予選で速さを見せたトロロッソ勢の前に行かなければならなかった。上位が自滅せず、18台が完走したスペインGPで、入賞は本当に可能だったのか。それともアロンソのリップサービスだったのか......。サングラスで覆われた彼の目から真意をうかがいい知ることはできなかった。

 しかし、前戦バーレーンGPよりも現実的にポイント争いができる位置でマクラーレン・ホンダがレースをしたことは事実だ。

 スペインGPは欧州ラウンド初戦であり、9月までヨーロッパでのレースが続く。それゆえ、ここからが本格的なシーズンの始まりと捉えているチームも多く、このタイミングで大型のアップデートを準備するチームが多い。

 マクラーレン・ホンダも数々の空力パーツを用意して、カラーリングを一新してきた。ホンダがパワーユニットに大幅な改良を施すのではないかとも報じられたが、実際には、開幕からの開発計画の延長線上にあるものを持ち込んできた。

「一部では(大型アップデートで)『スゴいことが起きるんじゃないか?』みたいに書かれていましたけど(苦笑)、そういうことはありません」

 そう語る新井康久F1総責任者は、アップデートの詳細については明らかにしなかったが、スペインGPから2台揃って3基目のICE(内燃機関エンジン)を投入したところから見ても、ハードウェア面に改良が施されたことは間違いない。

「信頼性確保を目的としてFIAに認められた開発です。それ以外にも、ソフトウェア面でもアップデートしたところはかなりあります」(新井)

 パワーユニットも車体も、多くの新たな要素が用意されたがゆえに、金曜のフリー走行ではその確認に追われることになった。それでも、開幕からの4戦で経験値は高まっており、限られた時間内で修正はうまくいったようだった。

「FP-1(フリー走行1回目)はいろんなことをやって確認をしているうちに、とっ散らかったまま終わってしまった(苦笑)。パワーユニット側もそうですし、シャシー側も、相当いろんなことをやってきましたから、確認しているうちに1時間半が過ぎてしまいました。

 でも、FP-2(フリー走行2回目)はそれを踏まえて良いバランスを見つけ始めていたので、そこそこの結果になったかなと思います(7位と11位)。ようやく良い方向に回り出す、というところで終わってしまったので、データを見てまとめ上げることをFP-3(フリー走行3回目)でやって、予選に臨まなければなりません」

 新井は控え目にそう言ったが、自分たちの進歩に手応えを感じていることは、その表情から明らかだった。前戦バーレーンGPではアロンソが予選でQ2(※)に進んだ。となれば、次はQ3という目標が見えてくる。
※予選はQ1〜Q3まであり、Q2に残るのは上位15台、Q3は上位10台

「そのステップに行かないと、進歩していないことになりますから、頑張ります。今日取れたデータで明日のセットアップをキチッと出して、より速くするまでです」

 マクラーレン・ホンダは、金曜も許可されている作業時刻ギリギリの深夜1時前まで準備を行なっていた。にもかかわらず、土曜に走り始めてみると思ったようなパフォーマンスが得られなかった。新パーツの投入によって変化した空力特性に、パワーユニットの出力特性を合わせきれなかったのだ。予選はアロンソが13位、ジェンソン・バトンが14位と、予想外の苦戦を強いられた。

「車体側は空力特性やステアリングの感度といったところで変わっていますから、それに合わせてパワーユニット側のエネルギーマネジメントをまとめきれないまま予選を迎えてしまった。出力(を向上させるための開発)に関しては、いろんなところをいじってきたんですけど、その効果を十分に発揮できなかった」

 そう説明する新井は、「もっと上に行けると思っていた」と悔しそうな表情を見せた。それでも、決勝までに制御ソフトウェア面のさらなる煮詰めを行ない、レースペースではライバルたちを上回ることを目指した。

「毎晩、夜間作業禁止時刻ギリギリまでやっています(苦笑)。努力をすれば必ず報われると思って全力でやっています」

 その甲斐あって、決勝の序盤ではアロンソが冒頭のような快走を見せた。ブレーキ不調によるリタイアは不運としか言いようがないが、入賞圏を狙えるほどの戦闘力の向上が証明できたことは前向きに捉えるべきだろう。第5戦スペインGPでもマクラーレン・ホンダはさらに一歩前へと進んだことは確かだ。

 ただし、ジェンソン・バトンのマシンはスタート直後から不調を抱えていた。

「スロットルに触れるたびにホイールスピンするんだ。こんなの普通じゃない!」

 そう無線で訴えるバトンは、スタートで出遅れて集団の中でステアリングと格闘していた。

「自分のキャリアを振り返ってみても、ワーストレースだったね......。運転しているのが恐いくらいだったよ。僕の人生で最も恐いレースのひとつだった。金曜のロングランではクルマはとても良かったのに......」

 レース後、苛立ちを抑えながらバトンは言った。前日の予選で抱えた空力面とパワーユニット制御面のアンバランスがさらに悪化したのか、それとも他のところに原因があったのか。新井は「パワーユニットとしては何も問題はなかったはずだ」と言う。レース週末を通してホンダのパワーユニットはノートラブルだった。信頼性についてはある程度のメドが立ち、性能面でも一定の向上が確認できた。しかし、それで満足はできないと新井は言う。

「クルマとしては着実に良くなっていると思います。少なくともパワーユニットに関しては自分たちの思ったものを盛り込んできましたし、ドライバーにも評価してもらえました。ただし、(空力面とのバランスで)クルマとしてまとめ上げられなければ意味がない。パワーユニットだけで走っているわけじゃないし、クルマとして完成していないということは、チームとしてダメだということですから」

 そう話す新井の横を、アロンソとバトンが早足に通りすぎ、エンジニアオフィスへと入っていく。今のマクラーレン・ホンダに必要なのは、不甲斐ない結果に対して落胆することでもなければ苛立ちを露わにすることでもない。失敗から学び、1000分の1秒でも前に進むために努力することだ。

「(トップと)どのくらい差が開いているかはだいたい想像できています。特効薬はないし、技術で埋めていくしかありません。なるべく最短距離で頂上までの登山ルートを見つけるしかないんです。回り道をしていたらシーズンが終わってしまう。ここまでに失った時間は大きくて、それを取り戻してきているところです。少しずつ良くなってきているとは思いますが、ここからダッシュして残り15戦で上のほうで戦えるところまで行かないといけない」

 スペインGPが終わってもチームはバルセロナに残り、同地で行なわれるテストに参加する。年間4基の制約に縛られないこのテストは、マクラーレン・ホンダにとって極めて貴重な時間となるはずだ。"山頂"を目指すための大きな足がかりとなることを期待したい。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki