ついに夢の対決が実現することになった。5階級制覇を成し遂げている47戦全勝(26KO)のフロイド・メイウェザー・ジュニア(38歳)と、6階級制覇の実績を持つフィリピンの英雄マニー・パッキャオ(36歳/64戦57勝38KO5敗2分)が、5月2日(日本時間3日)にアメリカ・ネバダ州ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで雌雄を決することになったのだ。

 試合はメイウェザーの持つWBA、WBC世界ウェルター級王座と、パッキャオが保持するWBO世界ウェルター級王座の統一戦として行なわれることが有力視されている。両者の合計報酬が250億円になると見積もられるメガファイトだが、試合実現の裏に様々な事情があるのも事実だ。

 まずは、素直に試合が実現することを喜ぶべきだろう。2月20日にメイウェザーがツイッターなどで試合の契約書にサインしたことを明かすと、試合会場を擁するMGMホテルの5月2日の宿泊予約は15分ほどで満室状態になり、ラスベガスの主要ホテルにも予約が殺到したと報じられた。ふたり揃っての記者会見は行なわれておらず、チケットの値段や発売日も明らかになっていない。それにもかかわらず、ウェブサイトではリングサイド券に400万円〜600万円、1万6800人収容できる会場の上段席に40万円〜50万円という値がついているほどの加熱ぶりだ。

 それほど、この試合はファンが待ち望んでいたカードといえる。

 両者の対戦プランは、パッキャオがウェルター級進出を果たした2009年ごろから出始めたが、「浮上しては消滅」を繰り返してきた。メイウェザーのビジネスパートナーだったゴールデンボーイ・プロモーションズと、パッキャオがプロモート契約を交わしているトップランク社との不仲が最大の理由とされた。一度は対戦話が具体的に進んだこともあったが、このときはメイウェザーがパッキャオに厳密なドーピング検査を強要したことで頓挫した。

 対戦が実現しなかった理由は、それだけではない。当時、下の階級から上げてきたサウスポーのパッキャオは、体格で勝る猛者たちをバッタバッタとなぎ倒し、アメリカ全土で人気沸騰。課金システムのテレビ『ペイ・パー・ビュー(PPV)』の契約件数は、100万件超えが当たり前だった。2010年11月のアントニオ・マルガリート(メキシコ)戦は115万件、2011年5月のシェーン・モズリー(アメリカ)戦は130万件、2011年11月のファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)戦は140万件というデータが残っている。常にパッキャオには、15億円〜20億円の報酬が保障されてきたのである。

 メイウェザーの場合は、さらに上を行っていた。2010年5月のシェーン・モズリー戦は140万件、2011年9月のビクター・オルティス(アメリカ)戦は125万件、2012年5月のミゲール・コット(プエルトリコ)戦では150万件という契約数を記録。オルティス戦は約40億円、コット戦では約45億円の報酬を得ている。つまり、両者とも単独で大きなビジネスが成立していたため、リスクを冒す必然性がなかったといえる。

 ところが、この3年ほどで事情は大きく変化した。パッキャオは2012年に連敗を喫したことで、商品価値が下落。2013年以降の直近の3戦はPPVの契約件数が激減し、最高でも80万件弱、他の2試合は会場が中国特別行政区マカオということもあり、時差のあるアメリカでは50万件に満たなかった。

 WBO世界ウェルター級王座を取り戻した2014年4月のティモシー・ブラッドリー(アメリカ)戦はMGMグランド・ガーデン・アリーナで行なわれたものの、1000枚近い残券があったと報告されている。試合は常にエキサイティングだが、5年以上にわたって9試合もKO勝ちがないこともマイナスに影響しているようだ。また、マルケスと4度、ブラッドリーとも2度手合わせしているように、明らかに対戦相手も枯渇している。直近の試合では、世界的には無名のはるか格下が相手だった。

 一方、メイウェザーにも大きな変化があった。2013年春、それまで10年以上も手を組んできたHBOテレビを離れ、ライバルのショータイムと6試合で2億ドル(約238億円)の超大型契約を結んだのだ。しかし、2013年9月のサウル・アルバレス(メキシコ)戦こそ220万件という歴代2位のPPV契約数を記録したものの、他の3試合は100万件を割り込み、テレビ局は大赤字を計上したと伝えられている。メイウェザー自身は天才的な防御技術を駆使して着実に勝利を重ねているが、やはり5試合連続で判定勝ちに留まっている。「試合内容と報酬が釣り合わない」という陰口があるのも事実だ。

 また、パッキャオと同様に、メイウェザーにも力量や実績面でバランスのとれたライバルが皆無で、昨年はマルコス・マイダナ(アルゼンチン)と連戦しなければならなかったほどだ。こうしたこともあってか、MGMグランド・ガーデン・アリーナで行なわれたマイダナとの再戦では、1080枚の残券があったと報告されている。

 パッキャオは昨年12月で36歳になり、メイウェザーは今年2月で38歳になった。ともに実績、知名度とも抜群のスーパースターであることに変わりはないが、ふたりを取り巻くビジネスの状況は2009年〜2011年ごろとは明らかに変わっているのである。今回、より強力なライバルを必要としたパッキャオが相手側の諸条件をのむかたちで交渉が成立したが、メイウェザーにとっても、モチベーションをかき立てる相手はパッキャオしかいないというのが実情といえる。

 急転直下で決まった大一番は、ライバルのHBOテレビとショータイムの2局が同時にPPVで放送することになるという。こちらも一時的に、ビジネスで手を組むわけだ。PPVの契約件数は300万件〜400万件が見込まれており、その結果、メイウェザーは150億円もの報酬を手にすると見積もられている。2013年から2014年にかけて2試合で約105億円を得たメイウェザーだが、今回は1試合でその1.5倍を稼ぐことになる。メイウェザーの通称『マネー(金の亡者)』の面目躍如といったところか――。

 対するパッキャオも、100億円近い報酬を得ると予測されている。こちらも2013年から2014年にかけて2試合で約57億円を稼いだが、その2倍近くが懐(ふところ)に入ることになる。ボクシングに限らず、スポーツ全般を通しても未曾有のスケールのイベントになることは間違いない。

 アメリカのボクシング専門サイトが試合の勝敗予想アンケートを実施したところ、2月末の時点で5万近い回答が寄せられているが、興味深いのは、パッキャオの勝利=53%(KO勝ち27%・判定勝ち26%)、メイウェザーの勝利=44%(KO勝ち6%・判定勝ち38%)、ドロー=3%という数字が出ていることだ。「メイウェザーの負ける姿を見たい」というファンが大勢いることの証左といえよう。

 その一方、賭け人がリスクを負うオンラインカジノのオッズでは、5対2でメイウェザー有利と出ている。やはり現実的な予想となると、メイウェザーが勝つと見る人が大勢を占めているのだ。『人気のパッキャオ、実力のメイウェザー』という構図といえる。

 2015年5月2日、ボクシングの聖地ラスベガスで、どんな歴史が刻まれるのだろうか――。

原 功●文 text by Hara Isao