ノックでエラーし周囲を沸かせた広島・黒田博樹【写真:編集部】

黒田に見える微妙な変化と、チームに表れ始めている「黒田効果」

 8年ぶりに広島復帰を果たした黒田博樹投手が、順調に調整を続けている。沖縄キャンプ初日の18日にチームに合流すると、1人だけ特別メニューながら、いきなりブルペンに入り、直球、ツーシーム、カットボール、カーブ、スプリットとスライダー以外の球種で全37球の投球練習を披露。さらに、3日目には2度目のブルペンでメジャー時代のキャンプの倍以上となる76球を投げ込んだ。

「メジャーでのキャンプの初日のようなブルペンだったと思います、今日は」

 初日のブルペンでは状態はまだまだといったところで、投球練習後にはこう言って苦笑いを浮かべた黒田。ただ、ヤンキースに所属していた昨年のキャンプ初日に「また苦しい1年が始まるな、という感じです」と同じように苦笑いで素直な心の内を明かした時と比べると、微妙な変化が見えた。

 そして、2日目には全体練習に合流し、若手投手とグループで練習を消化。3日目には談笑する場面が増え、ノックを受けている時に黒田がエラーをすると、練習は大きな盛り上がりを見せた。「3日目ですし、ある程度チームの雰囲気に慣れてきましたし、練習のスケジュールも掴めてきました」。ベテラン右腕に明らかに笑顔が増えてきた。

 メジャー時代には、マウンドに上がることを「苦しさしかない」と明かしたこともある。壮絶な覚悟でマウンドに上がり、鬼気迫る投球でメジャーの猛者を押え込むことで、輝かしい実績を積み上げた。ただ、黒田は今年の心境をこんな風に表現している。

「(広島には)自分がいた時に(選手として)やっていたメンバーもいます。それは選手だけじゃなくて、コーチであり、監督であり、裏方さんも含めて一緒にやったメンバーとまた一緒にやれるっていうのは、多少なりともメジャーでやっていた時とは違うと思います。その中で色んなことを考えながら、そしてまた、若い選手たちに色んなことを伝えながらっていうのは、現時点では今までとちょっと違うキャンプかなと思ってますけど」

黒田の言葉ににじみ出る「楽しみ」「喜び」「高揚感」

 もちろん、今年も「メジャーであろうが日本であろうが大変なことには変わりないです。いつも言っているように、いつ最後になるかも分からないですし、いつ最後のキャンプになるかも分からない。そういう意味ではいつもと変わらず最後のキャンプだと思ってやりたいです」と話すように、1年1年、1試合1試合、さらには1球1球にかける強い思いは変わらない。

 ただ、広島に戻ってきたことで心境が「今までとちょっと違う」ことは間違いないようだ。「楽しみ」なのか「喜び」なのか「高揚感」なのか。そんな感情が、言葉や表情からはにじみ出ている。

 チーム内には早くも「黒田効果」が出始めており、ベテラン右腕が合流したことによる変化について、畝投手コーチは「黒田が(ブルペンで)投げるので、他の選手がみんな見ていたでしょう。見ていれば、どういう意識で投げているのかなどを聞くことができる」と明かす。豊富な経験を誇る右腕から何かを吸収したい。そんな意識が、選手たちの中にすでにはっきりと表れている。

 そして、その立ち位置を黒田本人が歓迎している。「極力、自分が今まで経験してきたことをチームのみんなに還元していければいいかなと思いますし、それに関しては惜しむことなく色んなことで力になれればいいかなと思います」。若手の質問はどんどん受け入れ、アドバイスも惜しまないという。

緒方監督も「(黒田を)見て勉強してほしい」

 初日にブルペンで黒田のボールを受けた26歳の會澤翼捕手は、今季の躍進が期待される若手。投球練習後、笑顔で會澤の元に歩み寄った黒田は、自身のボールについて率直な感想を求めたという。現在の状態を知りたいということは当然、大きな目的だったが、會澤が遠慮することなく、しっかりコミュニケーションを図れるようにしたいという意味もあったはずだ。

「僕も(ボールを受けるのは)初めてだったので、緊張していました」という若手捕手は、14歳年上の黒田との練習後の会話について「本当に話しやすかったです。冗談も言いながらでした」と振り返っている。

 そして、ツーシームやカットボールといった打者の手元で動く球種のキレに感嘆したことを明かした上で「試合で組むようになった時に、しっかりコミュニケーションを取らないといけない。年齢とかじゃなくて、勝っていくためにやらないといけない。僕が気を遣っている場合じゃないので、割り切ってやっていきたい」と自覚をにじませた。

 さらに、最後には「1球の大切さが伝わってきました」とも感想を表現している。8年ぶりに帰ってきた右腕から得られるものはやはり大きく、早くも好影響が出ている。

 昨年、ヤンキース1年目だった田中将大投手はキャンプから黒田のさりげないサポートを受け、メジャーに適応しようとする中で必要と考えれば、大先輩にアドバイスを求めた。田中が高い適応能力を備えていたことは“衝撃デビュー”の大きな要因だが、その裏側に黒田の存在の大きさがあったことは確かだ。

 現役時代にチームメートだった緒方監督は「黒田も積極的に周りに声をかける努力はするだろうけど、選手が本当に気を遣わないでコミュニケーションをとって、聞きたいだけじゃなくて、投手陣に関しては色んな調整方法とかを見て、それによって勉強してほしい。何でもかんでも教えてもらうじゃなくてね」と言う。

「今までとちょっと違う」気持ちでキャンプを送る黒田から、何をどのように吸収しようとするのか。24年ぶりの優勝を目指す広島ナインにとっては重要なテーマとなる。