盛りあげよう!東京パラリンピック2020(6)

【ロンドンパラリンピック金メダリスト秋山里奈インタビュー Vol.3】

2012年ロンドンパラの背泳ぎで金メダルを獲得した秋山里奈さんへのインタビュー第3回は、2020年の東京パラリンピックに向けて、パラリンピック出場経験者だからこそ感じる、これから東京に必要なことについて語ってもらった。

伊藤数子さん(以下 伊藤):2020年の東京オリンピック・パラリンピックが決まった後に、ネット上で秋山さんのインタビュー記事を拝見しました。実は招致には反対の立場ですということで、あれはなかなか勇気のあるコメントだったと思います。反対の理由を教えてください。

秋山里奈さん(以下 秋山):あまりにまだ準備ができてない。東京が立候補するのもおこがましいと私は思っていました。

伊藤:それぐらい、まだまだであるという現実が東京にはあるということですね。

秋山:そうですね。ロンドンパラリンピックを経験して、それが私にとって最高のパラリンピックになってしまったので、東京でやるんだったら、ロンドンと同じかそれ以上のものをやってもらいたいと思うと、まだまだだなと。パラリンピックの認知度はもちろんですけど、スポーツの楽しみ方とか観戦のマナーだったりとか、報道のされ方だったりが、まだ発展途上というか。個人的にはそういう気持ちがあったので、反対だったんです。

伊藤:その気持ちは今も変わらないですか?

秋山:東京に決まったからには恥ずかしくないオリンピック、パラリンピックをやってもらいたいと思っています。

伊藤:なるほど。アテネ、北京、ロンドンと、3大会出場してきたアスリートの目線で見てあと6年、大きく足りないもの、最大の不安はなんですか?

秋山:私は招致とかそんなに関わっていなかったので、的外れなことを言っちゃうかもしれないんですけど......。施設とか設備とかそういったものではなくて、特にパラリンピックの場合は、日本の人々が楽しみにしてくれるようなものであってほしいと思うんです。最近は結構テレビとかで取り上げてもらって、やっぱりアテネパラの時より北京パラ、北京パラよりロンドンパラってどんどん認知度が上がって、パラリンピックを楽しんでくれる人も増えてきたと思います。でも、やっぱり知り合いが出てるとか、会社の人が出てるとかじゃないと、あんまり興味がないと思うし、知る機会もないと思うんです。だから、とにかく会場に自ら足を運びたいって思ってくれる人がこの6年間で1人でも多くなってほしいです。

伊藤:アスリートとして感じるところはそこなんですね。

秋山:はい。一番はやっぱりロンドンパラで感じた、見ている人たちがパラリンピックを楽しんでくれていたっていうことなんです。雰囲気とか、声援とか。日本は、ちょっとバリアフリー化が足りないとか、そういった問題はあるんでしょうけど、たぶんイギリスと比べたら絶対に進んでるほうだと思います。エレベーターはたくさんついていますし、段差がないところも多くなってる。だから、むしろそういうところより人々の意識のほうに課題があるんじゃないかなと思うんです。

伊藤:ロンドンのお客さんたちは、その選手を知ってるとか知らないとかじゃなくて、スポーツエンターテインメントを楽しもうと見に来ていますよね。次の休日は映画に行こう、ショッピングに行こうというのと同じくらい、「パラリンピックを見に行こう」という感じが浸透している気がしました。

秋山:はい。すごく楽しんでいるのが分かったし、自分が応援している以外の選手にも素晴らしいパフォーマンスをすれば拍手を送って応援してくれるので、本当にスポーツの国だなって感じました。

伊藤:日本国内の大会は人が少ないですよね。

秋山:そうですね。来ているのは両親とか友達とか、知り合いがほとんどです。

伊藤:そう考えるとあと6年で、日本がロンドンのようになるには時間が足りないんじゃないかと強く感じたということですね。

秋山:そうですね。

伊藤:観客が集まらないとき、やっぱり障がい者スポーツに関してはこのくらいの認知度しかないのか、と感じますか?

秋山:認知度とはちょっと話が外れてしまうかもしれないですけど、パラリンピックの特集をされる時って、絶対にまずどういう逆境を乗り越えてきたかみたいな障がいの話に踏み込むんですよ。私は先天性なのでそこはないんですけど、例えば事故で足がなくなった、手がなくなったとか、それで、そこから頑張って(パラリンピックに)出るみたいな。それって確かに大変ですけど、パラリンピック選手みんなそうなので。ドラマを求められすぎるんですよね。それを見ていると、もっと競技のことを前面に押し出して取り上げてほしいと思うんです。取り上げてくれるようになっただけでもすごくうれしいんですけど、こんなに大変なのに頑張ってるみたいな感じで絶対捉えられると思うんです。それがすごく私は嫌です。

伊藤:なるほど。その傾向はまだ変わらないですよね。

秋山:なかなか無くならないと思いますね。もちろん選手もそれをアピールポイントにしている部分はあるので、すべて否定できないところはあるんですけど。例えば練習中に故障して、そこから立ち直ったとか、そういった話だったら別だと思うんですよね。

伊藤:要するに、アスリートとして取り上げてほしい、ということですよね。

秋山:そうです。その、もっと努力の部分とかをフォーカスしてくれるとうれしい。失意のどん底から立ち直って、みたいなものを求めすぎる傾向があると思うんです。障がい者は自分よりも大変なのに頑張っているっていう意識があるからこそ、そういうことになっているのかなと感じます。

伊藤:障がいのある人は何か特別な人たちという意識なのかもしれません。一方で、観客側として、私たちはどう向き合えばいいでしょう?

秋山:まず、障がい者スポーツをスポーツとして捉えてもらうというのが前提だと思います。もちろんスポーツとして見てくれている人はたくさんいるし、応援してくれている人は多いんですけど、何となくまだ、他のスポーツとは違うもの、特別なものとして捉えられている気がするんですよね。なので、選手側も働きかけて、もっともっと知ってもらわなきゃいけないし、マスコミの方も取り上げて、一般の人が「見てみたいな。一度行ってみたいな」って思ってくれるように持っていってもらいたいです。あとは、やっぱりオリンピックで水泳といえば北島康介さんとか、ハンマー投げといえば室伏広治さんとか、そういうスターがパラリンピックにもたぶん必要で、この人目当てで(見に来る)っていうのでもいいと思うんです。

伊藤:秋山さんが見てきた選手で誰かそういう人はいましたか?

秋山:ロンドンパラでは小人症のエレノア・シモンズ(※)という水泳の選手がすごく有名で、彼女が出てくると地鳴りのような歓声があがっていました。本当にスポーツとして捉えられているんだなって、そういうところでも感じました。
※イギリスの水泳選手。13歳で出場した北京パラでは100m、400m自由形で金メダルを獲得し一躍有名に。地元開催だったロンドンパラでは400m自由形、200m個人メドレーで金メダルを獲得。

伊藤:では、秋山さんの経験を踏まえて、思い描く理想の2020年東京パラリンピックの水泳会場の雰囲気はどんなものですか?

秋山:パラリンピックは、1位から8位の差がすごく開いてしまうレースがたくさんあるんですよね。だからその時に、8位の選手がタッチするまでみんなで応援して、タッチしたらみんなが拍手をして、フェアな空気が流れる会場であってほしいと思います。結果はもちろん大事ですけど、選手ひとりひとりアスリートとしてのストーリーがあるわけで、自分の国を応援するのは当たり前ですけど、自分の国だけを応援するようにはなってほしくないなと。みんなで盛り上げて、みんなで楽しめたら、すべての国の選手が「東京パラリンピックはロンドンに負けないぐらい良かった」って言ってくれると思います。

(おわり)

【プロフィール】
秋山里奈(あきやま りな)・写真右
1987年11月26日生まれ。神奈川県出身。
生まれ つき全盲で、3歳から水泳を始めた。2004年アテネパラリンピックに初出場し、100m背泳ぎで銀メダルを獲得。2008年北京パラリンピックでは背泳 ぎS11クラス(視力0)が廃止され、自由形で出場したが、50m8位、100m予選落ちという結果に終わった。2012年ロンドンパラリンピックでは再 び背泳ぎS11クラスが復活し、念願の金メダルを8年越しで獲得している。

【プロフィール】
伊藤数子(いとう かずこ)・写真左
新 潟県出身。NPO法人STANDの代表理事。2020年に向けて始動した「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」では顧問を務めている。 2003年、電動車椅子サッカーのインターネット中継を企画、実施。それをきっかけにして障がい者スポーツと深く関わるようになった。現在、障がい者 スポーツ競技大会のインターネット中継はもちろん、障がい者スポーツの楽しみ方や、魅力を伝えるウェブサイト「挑戦者たち」でも編集長として自らの考え や、選手たちの思いを発信している。また、スポーツイベントや体験会を行なうなど、精力的に活動の場を広げ、2012年には「ようこそ、障害者スポーツ へ」(廣済堂出版)」を出版した。

文●スポルティーバ text by Sportiva