世界の現実と日本の“反原発”の距離感 モーリー・ロバートソン「日本だけ脱原発……って、どうなんだろう?」
「原発運動は“自壊”する」
今年1月、ツイッターー上でそう予言したひとりの人物がいる。
モーリー・ロバートソン。ミュージシャン、DJなどさまざまな肩書を持ち、国際ジャーナリストとしても活躍中のアメリカ人だ。
いわく、「全原発の即時廃炉」を求める声だけが拡大され、それ以外のことはなかなか口にできない空気に覆われている。二項対立の世界観や話法に呪縛されたこの運動は、遅かれ早かれ“現実の壁”にぶち当たって敗北する――。
関西電力・大飯(おおい)原発3、4号機の再稼働決定後、脱原発運動は拡大しているようにも見えるが、やはり彼は「これは長続きしない」と言う。現在の運動の問題点、そしてグローバルな観点から見た「日本の脱原発」の課題とは?
■海外メディアだってインチキは山ほどある
―今後、脱原発運動はしぼんでいくと予測されていますね。
モーリー はい。脱原発を目指すこと自体は、理想とか将来に向けての目標としては至極健全だと思うんですよ。だけど「やり方」がよくない。脱原発という目的達成のためなら科学的、経済的、現実的な検証をしなくてもかまわないんだ、という空気が定着してしまったじゃないですか。
瓦礫(がれき)は持ってくるな! 悪いのは政府だ! 電力会社なんか潰れてしまえ! あのような怒りに任せた活動が、多くの人の共感を勝ち得るのは難しいですよ。
―そもそも、なぜこうなってしまったんでしょう。
モーリー 事故直後、日本政府とマスメディアの情報発信機能がダメダメになったとき、欧米の新聞は「日本政府は隠蔽(いんぺい)している」という記事ばかりになりました。それはそれで一部事実だったんだけど、そこにつけ込んで妙な情報を発信する活動家みたいな人が現れて、それがどんどん広がっていった。「日本政府は国民を見殺しにしている」的な。
―それに、一般の人々もかなり煽(あお)られてしまったと。
モーリー 日本のマスメディアを疑うあまり、海外のメディアや情報発信者を無条件に礼賛(らいさん)する人もいますが、海外だっていろいろです。それこそあの当時は、世界中のタブロイドやインチキメディア、エセ科学者やトンデモ系ジャーナリストが、あることないこと書きたてて盛り上がっていた。
そういう“飛ばしネタ”を紹介して「日本はもう滅亡するぞ」と言い放つ活動家がいたのには辟易(へきえき)しましたが、意外にもそれがけっこう広がってしまった。メディアリテラシーの問題もそうですが、それ以前にもう少し英語のわかる日本人が多ければ、あの玉石混交(ぎょくせきこんこう)を仕分けることができたのかなぁと思います。
―いまだに「日本が滅亡する」と思っている人は少ないでしょうが、そうした言説が広がってしまった影響は今の反原発運動にも残っているような気がします。
モーリー 東電は利権を手放したくないから、みんなをがんにしてでも原発を推進する。マスコミはそれに逆らえない。そもそも原子力は、CIAが正力(しょうりき)松太郎をエージェントとして使って普及させた。原発には「核兵器に転用できるプルトニウムの貯蔵庫」という役割があった……。気づいた頃には、左翼活動の歴史観みたいなものが重なり合ってきました。
仮にその一部が本当だったとしても、「原発依存の上に成り立ってきた豊かな日本」という現実は苦々しくも受け入れなければならない。だけど、多くの反原発派にはその視点がないんです。自分たちは無限に潔白な被害者だ、と。現在の運動参加者の多くは、デモなどに初めて関わる“素人”だと思いますが、左翼が逃げ込みがちな短絡した世界観が彼らの共通言語になってしまっている。
―しかし、その点を指摘すると反発もかなり大きいのでは?
モーリー まあ、その手の人から言わせると、僕は“御用ジャーナリスト”のようです。一応、「疑わしい過去」がありますから。
―疑わしい、とは?
モーリー まず父親のこと。僕の父は1968年から76年まで、広島市の原爆傷害調査委員会に研究医として勤めていました。このことで、僕の言説の妥当性を疑う人がいる。5歳から13歳の頃の父親の職業なんて、まったく関係ないと思うのですが。
あと、僕は原子力業界からお金を受け取って講演したこともある。お金はもらわないと食べていけないので、そこはご理解いただきたいのですが、それでもジャーナリストとして独立性は守りました。原子力推進の話しかさせないという依頼は受けないようにしていたし、実際に講演では原子力業界の“問題”も指摘しました。一方で、僕はガチの反原発派が主催するお祭りにも参加したことがあるんですよ。
―脱原発デモや集会には多くの著名人が参加しています。
モーリー 坂本龍一さんとかね。僕は彼の大ファンで、音楽家としてすごく尊敬しています。しかし、この問題での彼の発言には違和感がある。例えば、彼は即廃炉を主張していますが、廃炉にした場合としなかった場合それぞれの環境リスクとか、科学的な検証をご自分でされているのでしょうか? そうでないなら、それは無責任だと思います。
彼を支持する人たちも、坂本龍一が好きだからといって、その主張を無条件で受け入れていいんですかね? そういう情緒でつながる横滑りって、すっごく安易だと思います。
―その人の知名度や“看板”で決めてしまってはダメだと。
モーリー それと「世界」を知ることが決定的に重要です。例えば、アメリカにはスチュアート・ブランドという60年代から環境活動をしている人がいます。昔は反原発活動家だったんですが、近年、考え方を180度変え、地球温暖化を防ぐには原発しかないと言っている。ガチガチの反原発派がなぜそうなったか。「魂を売ったから」などと短絡的なことを言わずに、その経緯を追っていけばもっと視野が広がると思います。
―世界中が思いを共有しているわけではない。
モーリー 結論から言うと、「一国からの脱原発」は不可能だと思います。今、世界ではどんどん原発が拡散しようとしている。インド、ベトナム、UAE、ブラジル……特に中国では、今後100基以上の原発が建設される予定です。先進国にいるわれわれが、それをただ「けしからん」と言えるでしょうか。石炭燃料で電気をつくり、街は燃費の悪いバイクや車の排ガスで息苦しい。そんな国々に、「このまま頑張れ」と言うことが許されるでしょうか。
石油は戦争をもたらし、北米のシェールガスは掘削による地震や水の汚染リスクが指摘されていて、石炭の健康被害も明らか。そういった問題を踏まえた上で、福島の教訓を生かして世界と対話していかなければ。世界のリアリティを複眼的に、国境の中だけじゃなく外から見ることが必要なんです。途上国の気持ちを無視して、自分たちだけは放射能に汚れたくない……なんていう時代じゃない。今、必要なのは真のエコロジーを語るリーダーだと思います。
―それでも「日本から脱原発を」という声もありますが……。
モーリー 素晴らしい理想。ただ悲しいかな、まったく現実的ではない。本気でエコロジーや人類の幸せを達成したいなら、歴史も経済も科学も無視し、人々を動員して叫んだところで何も解決しない。便利なコンビニの中に立てこもって出てこないようなレトリックじゃ、何も変わらないんです。
(取材・文/コバタカヒト 撮影/高橋定敬)
■MORLEY ROBERTSON (モーリー・ロバートソン)
1963年生まれ、米ニューヨーク出身。父はアメリカ人、母は日本人。東京大学、イェール大学、マサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学などに現役合格したが、東大を3ヵ月で中退、ハーバード大学へ。88年、同大卒。現在はジャーナリスト、作家、ミュージシャンとして幅広く活動。著書に『よくひとりぼっちだった』(文藝春秋)など