WBA世界ミドル級正規王者・村田諒太【写真:Getty Images】

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在米ライター杉浦大介の目―ミドル級は今まさに“群雄割拠の時

 ボクシングのWBA世界ミドル級正規王者・村田諒太(帝拳)がラスベガスで迎える2度目の防衛戦(日本時間21日午前11時、DAZN独占生中継)は近未来を左右するほど重要な意味を持つファイトである。対戦相手のロブ・ブラント(米国)が確かな実力を持つ選手だからというだけではない。この試合の結果、内容いかんで、これまで世界ミドル級のバイプレーヤー的存在だった日本の元金メダリストが、メインキャラクターに近い位置まで躍進する可能性があるからだ。

 名実ともに備えた選手が揃う世界ミドル級戦線だが、この約1か月で急激に混沌とした感がある。まず9月15日には“階級最強”の称号を欲しいままにしてきたWBAスーパー、WBC王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)が、微妙な判定ながらサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)に敗れて初黒星。さらに9月下旬には、WBO王者ビリー・ジョー・サンダース(英国)がドーピング検査で陽性反応を示し、10月11日にはタイトルの返上を発表した。

 今後、10月20日にはボストンでWBO、27日にはIBFの王座決定戦が行われる予定。結果として、9月から現在までの間に、WBA正規王者を保持する村田、WBC暫定王者のジャモール・チャーロ(アメリカ)を除くすべての同級タイトルホルダーが一新されることになる。米国内でも伝統のある階級は、今まさに“群雄割拠の時代”を迎えているのだろう。

 とりあえずはカネロがゴロフキンから階級NO1の座を引き継いだ形だが、まだ絶対的な存在とは言えない。試合のたびにビッグマネーを生み出す人気者ということもあり、対戦を避けられるタイプの選手でもない。今後、3度目の対決を目指すゴロフキンだけでなく、チャーロ、サンダース、さらには20日のWBO王座決定戦に出場するデメトリアス・アンドラーデ(米国)、27日のIBF王座決定戦で激突するダニエル・ジェイコブス(米国)、セルゲイ・デレビャンチェンコ(ロシア)といった同級の強豪たちは一斉にカネロとのビッグファイトを目指すことになる。ミドル級で“最強王者”を目指す村田も、カネロ挑戦希望であることは、カネロ対ゴロフキン再戦後に帝拳ジムの本田明彦会長が明言していたことでもある。

ゴロフキンとのメガマッチにつながる可能性十分

 最近は徐々に知名度を上げている村田にとっても、北米では飛び抜けた人気を誇るカネロとの決戦実現は容易ではない。カネロは12月15日の次戦ではニューヨークのマディソンスクウェア・ガーデンでWBA世界スーパーミドル級王者ロッキー・フィールディング(英国)に挑み、3階級制覇を目指すことが決定。正直、好カードとはいえないマッチアップであり、恒例となった5、9月のビッグイベントの間に挟むいわば“調整試合”といった趣のファイトか。

 英語で言うところの“Stay busy fight”で3階級目に挑戦できてしまうところがこの選手の商品価値の証明であるが、ワンオフのスーパーミドル級戦後にはミドル級に戻る可能性が高い。来年以降もカネロには多くの対戦相手の選択肢が存在する状況で、世界が舞台の壮大な椅子取りゲームに村田が勝てるかどうかは微妙なところだろう。

 そんな現実を理解してか、日本からの報道を聞く限り、村田陣営は来春にゴロフキンを挑戦者として日本に迎えるプランを頭に置いているようだ。ゴロフキンはもともと日本でのビッグマネーファイトに色気を見せていたこともあり、帝拳サイドがその気であれば、この試合の交渉はカネロ戦と比べてはるかに容易。ゴロフキンが王者だった時代と比べて興行スケールはやや小さくなるが、それでも日本ボクシング史上に残る一戦であることに変わりはない。

 そして、必ずしもこの試合がゴールではない。村田が37歳になったゴロフキンの壁を突破するようなことがあれば、夢はさらに広がる。その際には“リョウタ・ムラタ”は業界最大級のホットネームとなり、カネロをはじめとする他のトップファイターからの興味も確実に惹きつけるはずである。

実力伯仲と目される一戦、圧勝なら米国内にも大きなインパクトが

 ……と、ここまで村田にとってのドリームプランに近いシナリオを展開してきたが、少なくともゴロフキン戦の実現まではもう単なる夢物語ではない。そんな可能性が十分にあるからこそ、冒頭で述べた通り、今週末に迎えるブラントとの2度目の防衛戦は大きな意味を持ってくる。23勝(16KO)1敗のブラントは派手さこそないものの、豊富なアマチュアキャリアを持つ実力派。28歳と年齢的にも今が旬で、確かなスキルを持っているだけに、簡単に勝てる相手ではもちろんない。

 この試合が決定後、米放送局「ESPN」のダン・ラファエル記者は「50/50に近いファイト」と記していた。一般的には“やや村田が有利”と目されている感はあっても、日本人王者が一方的に勝つと考えている関係者はほとんどいない。逆に言えば、実力伯仲と目されているこの一戦で圧勝すれば、生み出されるインパクトも大きくなるはずだ。

 米国では動画配信サービス「ESPN+」で生配信されることもあり、できればKOで、それが難しくとも何らかの山場を作り出す必要がある。誰にも文句を言われないだけの支配的な内容は必須。ハイライトがESPNの看板番組である「スポーツセンター」で取り上げられるような勝ち方ができたとき、今戦の目的は果たされる。

 そんな思惑通りになるかどうか――。10月20日、日本が生んだロンドン五輪金メダリストのお手並みを改めて拝見といきたいところだ。(杉浦 大介 / Daisuke Sugiura)

杉浦 大介
1975年、東京都生まれ。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、ボクシング、MLB、NBAなどを題材に執筆活動を行う。主な著書に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)、「イチローがいた幸せ」(悟空出版)。