どうして生前葬は普及しないのでしょうか(写真:DREAMNIKON/PIXTA)

今年5月31日、建設大手コマツの元社長・安崎暁(あんざき・さとる)氏の訃報がテレビ番組や新聞など複数のメディアで取り上げられました。

安崎氏は1995年から2001年までコマツの社長を務め、その後は会長や相談役などを歴任。引退後は、日中交流などに尽力した人物です。2017年10月には胆のうがんであることが発覚。すでに肝臓や肺などに転移している末期の状態だったため、手術はできないと診断されました。

同11月には新聞広告でがんであること、延命治療を受けないことを明らかにし、翌月には東京都内のホテルで生前葬に相当する「感謝の会」を開催。集まった1000人近くの関係者に、これまでの感謝の気持ちを伝えたそうです。

この出来事は、経済界の重鎮であった安崎氏が「生前葬」というユニークな取り組みをしたことから注目を集めました。ちなみに明確な定義はありませんが、生きている間に自分の葬儀を行うことが生前葬とされており、お世話になった家族や友人、知人を招いて、直接感謝の気持ちを伝えられることが魅力だとされています。また、立食パーティやカラオケパーティなど内容を自分の好きなように決められる自由度の高さも特徴です。

過去にはタレントのビートたけし氏や、サザンオールスターズの桑田佳祐氏が生前葬を行ったことで、注目を集めました。

メディアで生前葬が話題になる度に、「自分もやってみたい」「これからブームが来る」といった意見が出てきます。安崎氏の訃報が報道された直後、私の勤める葬儀会社にも生前葬に関する問い合わせは増えました。ところが相談後、実際に生前葬を行われる方はひとりもいませんでした。

「生前葬」が普及しない3つの理由

「生前葬が日本に定着することはまずない」と筆者は考えます。その理由は3つあります。

1.費用がかさむ

生前葬を行ったからといって、亡くなったときに何もやらないわけにはいけません。少なくとも遺体を処置するために、火葬まで行う必要があります。

また生前葬は「無宗教葬」で行われることがほとんど。無宗教葬とはお坊さんや神父さんなどの宗教者を呼ばないで、音楽や映像を流したり、友人がお別れの言葉を述べたり祭壇に献花を行ったりする形式のお葬式。生前葬に無宗教形式が多いのは、それに対応できる宗教者が少ないという背景もあります。

生前葬を行った人物が亡くなった後、もしその家族に信仰がある場合は、その宗教の形式でお葬式を再度行うケースが多数を占めます。生前葬を開催した安崎氏が亡くなった後も、近親者のみでの葬儀が催されました。

儀式を2回行うわけですから、費用もかさみます。「日本の葬儀費用は高すぎる」と言われる中、わざわざおカネも手間もかかる生前葬を催す人は少ないでしょう。ちなみに葬儀業界大手の会社のホームページでは、「生前葬の費用事例」を約54万〜約116万円と紹介しています。

2.参加者を集めるのが難しい

葬式の参列者は近年、減少傾向にあります。その理由は日本人の高齢化や、引退した後の人間関係の希薄化、高齢者の体力の低下などがあげられます。

一般人が生前葬を行う場合も同じことが言えます。たとえ声を掛けても、はたして参加してくれるかどうかわかりません。また、生前葬はまだ多くの日本人にとってなじみの薄い行事のため、招待したとしても冗談ととらえられる可能性もあります。

芸能人や会社の元社長などであれば、心配ないでしょうが、一般の人が生前葬を行う場合、集客面でかなり苦戦することが予想されます。

男性は「自分の死」について考えることを嫌う傾向

3.生前葬を催す度胸がない

最近は自分自身のお葬式の事前相談にいらっしゃる人も増えています。その男女比率は、男性が3割、女性が7割程度。性差による偏りがある原因ははっきりしません。しかし相談内容を聞いてみると、女性に比べて、なぜか男性は「自分の死」について考えることをとても嫌う傾向があります。

実際、「自分はエンディングノートを書いたりして終活を楽しんでいるのだけど、夫はすごく嫌がっていて。サラリーマン時代はあんなに仕事は準備と段取りが大切ってうるさい人だったのに」とおっしゃる奥様の声も良く聞きます。

自分のお葬式のことすら考えるのがイヤな男性が、わざわざ生前葬をしたいとは思えません。

冒頭で紹介した安崎氏の場合、死期を悟ったうえで、生前葬という粋な人生の幕の引き方をしました。彼の生前葬が耳目を集めたのも、自分には到底まねできないことをやりきったことへの羨望もあるかもしれません。

以上のように生前葬とは、「費用」や「集客」「度胸」の問題をクリアした人のみが行えるものです。生前葬を行うのが有名な芸能人に集中するのも納得できます。