ドコモ・プラスハーティの取り組みの実際とは?(撮影:草薙厚子)

発達障害の人たちが職場に増える――。そんな法改正が行われたことを知っているだろうか?

2018年4月から障害者雇用に関しての法律が改正され、その中の1つとして、「精神障害者の雇用義務化」が始まった。

「障害者雇用促進法」では、障害者の雇用義務が事業主にあるが、これまでその対象とは「身体障害者」と「知的障害者」に限られていた。今回から適用される「精神障害者」の対象は、精神疾患を抱えるすべての人たちとなる。中でも、外見からはわかりにくい障害である「発達障害(自閉症スペクトラム障害、学習障害、注意欠如多動性障害等)」が対象者に入り、大きな注目を集めている。

2011年に改正された「障害者基本法」により、「発達障害」は「精神障害」の一部として位置づけられた。ただし、知的遅れのない発達障害者の場合は、幼少期に障害が見過ごされやすく、大人になってから「就職先で職場になじめない」「仕事ができない」といったことで、本人や周囲が障害を疑い、医療機関を受診して初めて「発達障害」という診断が下されるケースも少なくない。

発達障害者」の雇用と活用


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東京都豊島区東池袋にある「株式会社ドコモ・プラスハーティ」(以下、プラスハーティ)を訪ねてみた。NTTドコモグループの特例子会社で、業務内容はドコモグループ各社のビル清掃業務をメインとしている。

「特例子会社」とは、文字どおり特例として、会社の事業主が障害者のための特別な配慮をした子会社のこと。障害者の雇用の促進、および安定を図るために設立するものだ。

2018年4月、常時雇用している労働者数が50人を超える会社での障害者雇用義務の「法定雇用率」は、2%から2.2%に引き上げられた。また、2021年3月末までには2.3%に引き上げていく計画になっており、各企業は早急な対応に迫られている。しかし、機械的に法定雇用率が上昇していけば、障害者の採用で苦戦を強いられる企業が増えて、結果として未達成企業の割合が高まることが懸念されるのではないだろうか。

さらに、いままでの「身体障害者」「知的障害者」に加えて、「精神障害者」も雇用義務の対象となり、今年の4月からは「精神障害者」が算定基礎の対象に加わった。ちなみに「発達障害」は精神障害に含まれているため、今回から対象になる。

プラスハーティは、重度の知的障害者を中心に採用するとともに、グループ各社の障害者雇用・定着を支援するために設立された。ほかの企業では雇用が難しいという方たちを採用している。

その背景には、「個人ではなくチームで取り組めば、さまざまな作業が可能になる」というコンセプトがあるという。また、同社ではほかの会社が障害者雇用をしていくうえでのサポート業務も行っており、本人や上司、同僚などに対してのグループ会社の相談窓口も作っている。

そこで業務運営部担当部長の岡本孝伸さん(46)に、発達障害者の雇用と活用について、話を聞いてみた。岡本さんは2009年から他社の障害者雇用に感化され、働く意思のある知的障害者に働く場を創り出すことをライフワークにしようと決意し、社内の障害者雇用に携わることになったそうだ。今では、発達障害支援に関する学会で発表するまでに詳しくなっているスペシャリストだ。

障害者のイメージをどう変えていくか


業務運営部担当部長の岡本孝伸さん

「今まで『あうんの呼吸』で仕事をしていた会社の中で、発達障害という配慮が必要な人が入ってくるとなると、障害者と接したことのない多くの社員は、できれば避けて通りたいというのが本音だと思います。障害者という言葉はものすごく強烈なもので、それぞれが勝手な物語やイメージを作り出します。これから会社としてやるべきことは、障害者のイメージをどう変えていくかということです。みんなステレオタイプのイメージだけで、実は具体的なイメージを持っていませんから」(岡本氏)

見た感じでは一般人とまったく変わらないのが、知的発達の遅れがない「発達障害者」だ。特出した才能の持ち主も多いとされているが、実際、アスペルガー症候群を含む「自閉症スペクトラム障害」は、コミュニケーション能力や、社会的な関係を作る能力、応用力などに偏りがあるといわれてる。

プラスハーティ業務運営部主査の金山俊男さん(59)は、障害者雇用や育成に携わる中で、自分が知的な遅れがなく、対人関係の障害が比較的軽度な自閉症スペクトラム障害のカテゴリーに含まれる「アスペルガー症候群」、その他に「軽度のADHD(注意欠如多動性障害)」であることがわかり、60歳手前になって、これまで抱えていた違和感の理由がわかったという。

金山さんは、重度身体障害でもあり、歩行障害も含めいくつかの障害があるところに、「発達障害」が加わったのだ。

現在はプラスハーティで、自らの経験を踏まえ、雇用者が実力を発揮しやすく、また、周囲の理解が深まるようなマニュアル作成等を中心の業務として、日々職務に精励している。社会に出て40年近くなる金山さんは、他者とのコミュニケーションが難しいという状況の中、これまでどのような方法で仕事や人間関係に向き合ってきたのだろうか。

「正式に発達障害の診断をもらったのは2016年の秋です。検査した結果、発達障害がかなり強く出ている数字だったのですが、病院の先生は『よくこれで今までやってきたね』って言っていましたね。自分の場合は年を重ねるごとに学習していきました。発達障害とわかってからは、『あ、これはもう自分でコントロールすればいいんだ』と割り切ることができました」(金山氏)


業務運営部主査の金山俊男さん

金山氏は「こうすれば自分の気持ちが荒れなくて済む」という、落ち着く術を日々の仕事の中で覚え、自らの「取扱説明書」を作るように処世術を学んでいったという。

「今は穏やかに仕事に取り組んでいます。マニュアル作成のような仕事は、アスペルガー症候群にとっては実力を発揮することができます。また、自分で『自分で納得するまで追求しなくても、この段階で終結していればいい仕事なんだ』ということをコントロールできるようになりました。初めてのところに行ったら、『あー、ちょっとあの人変わってるな』と思われる程度に自分を抑えるようコントロールをしています」(金山氏)

従来は「身体障害」が中心だった雇用に、「発達障害」の人が入ってくるということで、企業としても今までのマネジメント手法では確実に追いつかなくなってきている。

障害者雇用は、基本的には障害者手帳を持っている人のみが対象となる。発達障害の診断を下されても、手帳を持っていない人もいる一方で、自分から会社へはなかなか言いづらい状況もあり、認知されていないケースもあるとのことだ。

「私の場合は、目標になる上司がいたわけですよ。非常にかわいがってくれたんです。懐が深く、いろいろなことを教えてくれたんですね。だからその人の下にいたりその人としゃべれているうちは、穏やかに過ごすことができましたね」(金山氏)

多様性に対応できる組織づくり

そんな中、プラスハーティは、金山さんのような自ら障害を抱える社員がほかの社員をサポートしていることもあり、安心して仕事ができる環境づくりが可能だとのことだ。

「アスペルガー症候群の方は集中力に長けているところもあり、職種によってはイノベーションを起こす可能性もあります。そういった人を活かすことができないのはもったいないと考えます。そうした人材を活かせなければ、結局は組織マネジメントがうまくできていないということになります。

今の組織はすでに出来上がったものを維持することに長けた人たちが大勢を占めています。この状況を打破するためには、常識にとらわれない発想ができる人や、さまざまな部分で振り切っている人たちが、しっかり力を発揮できる環境が必要であり、そういう受け皿を作っていかなければならないと思っています」(岡本氏)

岡本氏は、発達障害などの個性を持つ障害者の人が組織の中で力を出せずに評価が下がってしまうのは、企業にとってもマイナスだと考えている。イノベーションを起こすためにも、うまくマネジメントしていく能力を持っている人が管理職になれば、会社にとってもプラスになるのではないかと述べている。

NTTドコモという巨大企業の未来は、こういった多様性に対応できる組織づくりの成功がカギを握っているのかもしれない。