チヤホヤされる「グローバル採用」 英語できるだけの人が「一番困る」
■求む!「グローバル人材」 で、その条件は?
新卒・中途採用に限らず、企業が欲しい人材のひとつに「グローバル人材」がある。海外事業の積極的展開を図りたい日本企業にとっては「現地の市場を開拓し、売上げを拡大できるような人間」という意味なのだろう。
だが、採用担当者に具体的にどういう能力を持った人ですか、と聞いても今ひとつよくわからない。
よく語られるのは「現地の文化に溶け込める異文化対応能力、語学力、マネジメント力」の3つだが、これも抽象的すぎるし、またこれだけあっても活躍できるとは限らないだろう。結論を先に言えば、すべての企業に共通する「グローバル人材」があるわけではないのだ。
ちょっと古い調査だが、2012年4月に経済同友会が「日本企業のグローバル経営における組織・人材マネジメント報告書」というものを発表している。
報告書の目的は、「経営・事業と組織・人材のグローバル化」という課題への対応方法を探ること。経済同友会の「グローバル時代の人材育成・活用部会」が、計10社(1社は外資企業)を対象としたケーススタディに基づき、日本企業が抱えるグローバル経営における組織・人材マネジメントの課題を整理したという。10社とは、富士ゼロックス、コマツ、野村ホールディングス、三菱商事、武田薬品工業、トヨタ自動車、旭硝子、良品計画、ヤマトホールディングス、デュポン。
報告書では「グローバル人材」を「グローバルな環境できちんと仕事ができ、リーダーシップを発揮できる人と定義。人材要件として、
「自ら考え、意見を持ち、それを表明する“自己表現力”」
「異文化を理解し、変化を楽しみ、現地に馴染んでいく“異文化柔軟性”」
「多様な人材と協働し、信頼され、リーダーシップを発揮できる“多様性牽引力”」
――の3つを挙げている。これらも今ひとつよくわからない抽象的な内容である。
■グローバル人材の要件は実は「存在しない」
ところが、調査を進めてみると、共通する人材要件は存在しないことがわかったそうだ。報告書作成に関わった委員の1人はこう語っている。
「人材育成やマネジメント、ガバナンスの仕組みから人材要件などの共通要素を取り出し、他社に役立ててもらおうということで始めたのですが、実はそれがない。人材育成や人事管理の手法にしても会社の数だけある。つまり、全部違うことがわかったのです。結果的に各社の事例を紹介することしかできませんでした」
実際に報告書でも「グローバル展開の方法は一様ではなく、各社各様であり、それに伴い各社のグローバル展開に応じた組織・人事マネジメントがある」と言及。グローバル人材の要件についても各社ごとに「求められる人材の資質・能力」は微妙に異なっているのが実態だ。
つまりグローバル人材が欲しいと言っても、その実態は業種や職種によっても異なるし、企業がどのような活躍シーンを求めているかによって違うということだ。
もちろん語学力(英語)があるにこしたことはないが、語学力を優先して海外に送ったところ、うまくいかなかったという話はよく聞く。大手小売業の元経営者はこう語る。
「初めての海外進出ということで、現地の店舗の立ち上げや従業員の採用など店舗の運営を担う人を誰にするのかが問題になりました。最終的な結論は語学に堪能な人を基準に選んで送ったところ、商品の仕入れや人事管理を含めて軌道に乗せられず、ほとんど失敗しましたね。これではまずいということで日本でも売上げ実績の高い店舗の責任者を送ったところ、現地に溶け込んでリーダーシップを発揮し、業績も徐々に上がっていきました」
元経営者に言わせると、日本で管理者として実績を上げている人はグローバルでも通用したということらしい。
同様にアジア地区でコンビニ展開を図っているコンビニチェーンの人事担当者も「たとえば関東の拠点で日本語があまり上手ではない部下の外国人社員のレポート指導を担当するなど懇切丁寧に指導していた社員を現地に派遣したところ、現地でも従業員をうまくまとめて業績を上げています」と語る。
■「英語ができて、仕事ができないのが一番困る」
海外で活躍する共通の要素としてこのコンビニチェーンの人事担当者はこう指摘する。
「語学はできることにこしたことがありませんが、アジアでは必ずしも英語ができればよいというものではありません。能力があれば通訳を使ってもマネジメントはできます。大事なのは日本で培ったビジネスセンスに加え、面倒見の良さと相手を理解し、受け入れることのできる度量の大きさだと思います」
また、グローバル人材について海外経験豊富な大手機械メーカーの人事担当役員はこう語る。
「正直言って、グローバル人材はいますかと問われれば、『当社には、世の中で言われるグローバル人材はいない』と答えるしかありません。一般的に卓越したリーダーを想定しますが、私は昔から疑問を持っています。加えて、英語が流暢で日本人のアイデンティティを持っている人とも言われますが、日本人としてのアイデンティティは日本人を20年やっていれば自然と身に付くと思いますし、日本の歴史・文化にしても、高校の教科書程度の知識があれば十分ではないですか。英語力にしてもうちのトップも『英語ができて、仕事ができないのが一番困る』と言っていますが、英語でコミュニケーションできる人がグローバル人材であるとは絶対に思いません。確固とした専門領域を持ち、それを相手に伝えようとする意欲があれば、言葉は自ずと付いてくるものだと思います」
グローバル人材といってもそんなに難しく考えることはない。職務に関する高い専門性と日本での実績がある“できる社員”であれば海外でも通用する可能性が高いということだ。
日本と異なる文化・風土・慣習などについては一定の知識が必要だが、実践でも学べるだろう。そうであれば、新卒採用でもことさらに「グローバル素養」があるかないかを重視する必要もないと思える。
国内でも仕事ができる専門性を修得させることが第一であり、できれば早いうちに海外に行かせてマネジメントの基礎スキルの経験を踏ませれば、徐々にグローバルに活躍する人材に育っていくのではないだろうか。
(溝上憲文=文)