池田エライザ、19歳。「一度きりの人生、自分らしくハートフルに生きるのだ!」
2014年、現役高校生モデルでありながらクラウドファンディングを使って300人から280万円の資金調達に成功し、自らのモデルブックを出版した池田エライザ。ネットでは「自撮りの神」とまで呼ばれるほど熱く支持され、モデルブックは売り切れ続出。メディア新時代を象徴するアイコンに、これまでの歩みを振り返ってもらった。
撮影/藤沢大祐 取材・文/江尻亜由子 ヘア&メーク/大坪真人
――中1で『ニコラ』のオーディションに応募したキッカケは?
友達が誘ってくれたので、一緒に受けてみました。当時はファッションに無頓着で雑誌も読んでなかったの。でも二次審査と最終審査で初の東京に足を踏み入れて、おしゃれに敏感なコだったり、ひとつのモノを作るっていう志がある人たちに会って、「楽しいかも!」って。
――そうやってやる気になったところで、いきなりグランプリを獲得して。
もうびっくり! 「わたし?」みたいな(笑)。母がもともとモデルをしていて、でもそれはモデルになって2〜3年後に初めて聞いたんですけど。知らない間に母と同じ道を辿っているというのも、すごく不思議なことだなと思って。
――『ニコラ』で3年間活躍した後、『Can Cam』に移籍したんですよね。
モデルを何年もやってたっていう変な自信があったのに、「私はこんなにできなかったんだ」っていう現実を突きつけられて、天狗の鼻がへし折られました(笑)。
――どんなことでそれを感じたんですか?
当時は、モデルなのに服を見せる意識がなくて。『ニコラ』だとモデルが楽しそうに映るほうが優先されていたんですけど、『Can Cam』では服をキレイに見せることが何よりも大切なんです。
――服をキレイに見せるっていうのは、具体的には?
自分でスカートを揺らして質感が出るようにしたりとか。クラッチバックの持ち方も、上から持つのか下から持つのか、それによって見え方が全然違う。そういう細かい見せ方が全然できてなかったから、本屋に引きこもって、モデルの原点のところから調べ直しましたね。
――当時はまだ、地元・福岡と東京と行き来をしながら撮影していたんですよね。
そうです。田舎者の高校生なんだもん、OLさんのこととかよくわかんない(笑)。だから丸の内に行って、道を歩くOLさんを観察して「あぁ、大人のおしゃれな女性は歩き方もキレイだな」とか。そうやって人間観察をして、技術的な知識も増えていきましたね。
――やっぱり努力家ですね。
「やらなきゃ」っていうよりも「やるのが当然」だと思ったし、その感覚が自分でも気持ち良くて。勉強したいと思って行動してると、自然と人が教えてくれるようになるの。「今学んだから、次から気をつける!」の連続。
――そうやって素直に吸収する姿勢が、みんなの「教えてあげたい」っていう気持ちを引き寄せるんでしょうね。
私は本当に無知だから。無知な自分が何かを判断するのは、浅はかだと思う。客観的なことは一番近いマネージャーさんが教えてくれるから、私はどんな情報もどんどん吸収していこうって。
――昨年話題になったクラウドファンディングでのモデルブック出版ですが、編集作業も自ら手がけたんですよね。そういう作業は好き?
大好き! コンテのたたき台の段階から129ページ分手描きで書いて、ポイントを箇条書きして。ベテランのスタッフ3人に自分のやりたい企画をぶつけて、知識を貸してください!って話し合って。すごくハートフルな数ヶ月感でした。
――リアルに編集者ですね(笑)。
撮影期間は実際3日間しかなかったんですけど、頑張りすぎたのか40℃の熱が出ちゃって…。フラフラだったけど、いい写真が撮れたっていう(笑)。
――もともと、モデルとして撮影現場で見ていて「作り手の人たちがやってることは面白そうだな」っていう興味はあったんですか?
ありました。現場で会う人と「この人とこういうことがしたい」って思ったり、雑誌を見て「このカメラマンさんいいな」って思ったりしたらメモしてるんです。
――じゃあ、また自分で編集する本は作りたい?
アイディアはいっぱいあるから、いつでもやれる! 次は、みんながどんな企画が読みたいか事前に聞いてから作りたいな。
――本を編集したことで、モデルのお仕事にも影響はありました?
作業中は編集部に何日も泊まり込んで、編集部の人たちの作業も知ることができたんですよね。そうやって身を削って作った企画で、たとえばモデルが二日酔いとかで撮影に来たら絶対に「帰れ」って言っちゃうなと。だから、自分がモデルのときは最高のコンディションで行かなきゃ、って改めて思いました。当たり前のことだけど。
――モデル業は、これからも続けて行きたい?
自分がモデルをやるには人間くさすぎるっていうのはわかってる。でも、モデルの仕事は楽しくて仕方ないんです。周りはかわいいコばかりだけど、図々しいので、モデルとして生き残りたいと思ってます(笑)。
――そのためにも、自己発信が大事になってくるんですね。
池田エライザとしてどう爪痕を残せるかって考えたときに、内面も吐き出していければなって。「気を遣って気まずい一年間」なんてくそくらえって思う。一度きりの人生、エライザの人生なんだから、ハートフルに好きな人と好きなことをして、思ったことをどんどん発信していきたいですね。
撮影/藤沢大祐 取材・文/江尻亜由子 ヘア&メーク/大坪真人
『Can Cam』で天狗の鼻がへし折られた
――中1で『ニコラ』のオーディションに応募したキッカケは?
友達が誘ってくれたので、一緒に受けてみました。当時はファッションに無頓着で雑誌も読んでなかったの。でも二次審査と最終審査で初の東京に足を踏み入れて、おしゃれに敏感なコだったり、ひとつのモノを作るっていう志がある人たちに会って、「楽しいかも!」って。
――そうやってやる気になったところで、いきなりグランプリを獲得して。
もうびっくり! 「わたし?」みたいな(笑)。母がもともとモデルをしていて、でもそれはモデルになって2〜3年後に初めて聞いたんですけど。知らない間に母と同じ道を辿っているというのも、すごく不思議なことだなと思って。
――『ニコラ』で3年間活躍した後、『Can Cam』に移籍したんですよね。
モデルを何年もやってたっていう変な自信があったのに、「私はこんなにできなかったんだ」っていう現実を突きつけられて、天狗の鼻がへし折られました(笑)。
――どんなことでそれを感じたんですか?
当時は、モデルなのに服を見せる意識がなくて。『ニコラ』だとモデルが楽しそうに映るほうが優先されていたんですけど、『Can Cam』では服をキレイに見せることが何よりも大切なんです。
――服をキレイに見せるっていうのは、具体的には?
自分でスカートを揺らして質感が出るようにしたりとか。クラッチバックの持ち方も、上から持つのか下から持つのか、それによって見え方が全然違う。そういう細かい見せ方が全然できてなかったから、本屋に引きこもって、モデルの原点のところから調べ直しましたね。
――当時はまだ、地元・福岡と東京と行き来をしながら撮影していたんですよね。
そうです。田舎者の高校生なんだもん、OLさんのこととかよくわかんない(笑)。だから丸の内に行って、道を歩くOLさんを観察して「あぁ、大人のおしゃれな女性は歩き方もキレイだな」とか。そうやって人間観察をして、技術的な知識も増えていきましたね。
――やっぱり努力家ですね。
「やらなきゃ」っていうよりも「やるのが当然」だと思ったし、その感覚が自分でも気持ち良くて。勉強したいと思って行動してると、自然と人が教えてくれるようになるの。「今学んだから、次から気をつける!」の連続。
――そうやって素直に吸収する姿勢が、みんなの「教えてあげたい」っていう気持ちを引き寄せるんでしょうね。
私は本当に無知だから。無知な自分が何かを判断するのは、浅はかだと思う。客観的なことは一番近いマネージャーさんが教えてくれるから、私はどんな情報もどんどん吸収していこうって。
気まずいだけの人生なんて「くそくらえ」
――昨年話題になったクラウドファンディングでのモデルブック出版ですが、編集作業も自ら手がけたんですよね。そういう作業は好き?
大好き! コンテのたたき台の段階から129ページ分手描きで書いて、ポイントを箇条書きして。ベテランのスタッフ3人に自分のやりたい企画をぶつけて、知識を貸してください!って話し合って。すごくハートフルな数ヶ月感でした。
――リアルに編集者ですね(笑)。
撮影期間は実際3日間しかなかったんですけど、頑張りすぎたのか40℃の熱が出ちゃって…。フラフラだったけど、いい写真が撮れたっていう(笑)。
――もともと、モデルとして撮影現場で見ていて「作り手の人たちがやってることは面白そうだな」っていう興味はあったんですか?
ありました。現場で会う人と「この人とこういうことがしたい」って思ったり、雑誌を見て「このカメラマンさんいいな」って思ったりしたらメモしてるんです。
――じゃあ、また自分で編集する本は作りたい?
アイディアはいっぱいあるから、いつでもやれる! 次は、みんながどんな企画が読みたいか事前に聞いてから作りたいな。
――本を編集したことで、モデルのお仕事にも影響はありました?
作業中は編集部に何日も泊まり込んで、編集部の人たちの作業も知ることができたんですよね。そうやって身を削って作った企画で、たとえばモデルが二日酔いとかで撮影に来たら絶対に「帰れ」って言っちゃうなと。だから、自分がモデルのときは最高のコンディションで行かなきゃ、って改めて思いました。当たり前のことだけど。
――モデル業は、これからも続けて行きたい?
自分がモデルをやるには人間くさすぎるっていうのはわかってる。でも、モデルの仕事は楽しくて仕方ないんです。周りはかわいいコばかりだけど、図々しいので、モデルとして生き残りたいと思ってます(笑)。
――そのためにも、自己発信が大事になってくるんですね。
池田エライザとしてどう爪痕を残せるかって考えたときに、内面も吐き出していければなって。「気を遣って気まずい一年間」なんてくそくらえって思う。一度きりの人生、エライザの人生なんだから、ハートフルに好きな人と好きなことをして、思ったことをどんどん発信していきたいですね。