芸能デビューから40年以上。活動は多岐に渡る。

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 さすがに、♪オ(↑)ッカのうっ(↑)エ〜と妙な日本語で歌った時代を知る人は少なくなっただろうが、以後も常に物議をかもし続けて来た有名人である。日本ユニセフ協会大使のアグネス・チャン(注1)に対して、北海道議会の小野寺まさる議員(自民党)が身分や組織の不透明さを指摘。アグネスも反撃して、Twitter上で論争に発展。野次馬も次々に参戦し、炎上状態が続いている。といってもイーブンではなく、圧倒的にアグネスへの批判が多い。

 真相は議論の結果を待ちたい(注2)が、なぜアグネスはこれほどまでに嫌われているのか? 歴史をひも解きつつ、構造に迫ってみたい。

1955年:英領時代の香港に生まれる。
1972年:上記のように『ひなげしの花』で日本デビュー。人気を呼び、翌年のレコード大賞新人賞を受賞。
1974年:上智大学入学。76年には芸能活動を休止してカナダへ留学。
1985年:日本での芸能活動とボランティア活動を再開。
1986年:元マネージャーの金子力氏と結婚。長男を出産。
1987年:テレビ局など仕事場へ生後すぐの長男を同伴。これを批判した中野翠や林真理子と大論争。いわゆる「アグネス論争」が世論を二分した。
1998年:初代日本ユニセフ協会大使に就任。児童ポルノ禁止活動を開始。

 やはり、ただの歌手やタレントでは無くなったあたりがターニングポイントだった。主張はいわゆるリベラル、フェミニズム系の典型であるが、それ自体がどうこう言われているワケではない。いろんな声を拾ってみると、

<飢えた子供に募金しろ、と言いながら自分の豪邸を嬉しそうに披露するな>

<日本批判はたくさんするくせに、人権侵害大国・中国はまったく批判しない>

<無償や交通費のみで受けるタレントも多いのに、講演料が一回100万円以上(注3)とは、どれだけ銭ゲバなんだ!>

<批判されるとすぐに訴訟だなんだと大騒ぎ。言論封殺だ>

<清純派だったくせに、元マネージャーと“でき婚”とは許せない>

 ……最後のは言いがかかりだろうが、要は「(正論であっても)アグネスにそれを言う資格はあるのか?」「自分を棚に上げるな」に尽きる。アグネスへの提言と期待

 またアグネス本人は英国籍であり、家族も日本国籍取得者はほとんど居ない。しかし彼女の活動場所は主に日本である。ソマリアの問題だろうとタイの問題だろうと、すべて日本へ引き寄せ、日本を非難するか日本人からの寄付を募る。国際的な問題なのだから、英国でも中国でも同様に活動するべきでは?

 それが出来ないのは、アグネスがいまだに「日本の芸能人」として得た知名度に寄りかかっているから。日本だからこそ、彼女の手前勝手な正論や的ハズレな日本批判を喜んで取り上げるマスコミがあり、高額な講演料を支払ってまで<恵まれない子供>の話を聞いてくれる人たちがいる。我々、日本人の甘さがアグネスを育ててしまったのだ。

 もちろん少しは、不幸な人たちの役に立ったこともあるのだろう。そこは認めつつアグネスには今後、二つのことを期待したい。ひとつは批判を謙虚に受け止めて、公平に問題に取り組んで欲しいこと。もうひとつは来日40数年になるのだから、いい加減あのたどたどしい日本語は止めましょうよ!(注4)

(注1)アグネス・チャン…文中敬称略。
(注2)議論…3月中旬現在、小野坂議員から質問されたきり無反応。
(注3)講演料…論争勃発後に値下げした模様。
(注4)たどたどしい日本語…わざとじゃなかったらゴメンなさい。著者プロフィール

コンテンツプロデューサー

田中ねぃ

東京都出身。早大卒後、新潮社入社。『週刊新潮』『FOCUS』を経て、現在『コミック&プロデュース事業部』部長。本業以外にプロレス、アニメ、アイドル、特撮、TV、映画などサブカルチャーに造詣が深い。DMMニュースではニュースとカルチャーを絡めたコラムを連載中。愛称は田中‟ダスティ”ねぃ