遥かなるツール・ド・フランス 〜片山右京とTeamUKYOの挑戦〜
【連載・第40回】

「ツール・ド・フランス参戦」を目標に掲げるTeamUKYOの片山右京と、近代ツール・ド・フランスを日本人として初めて走った今中大介による対談・第3回は、ヨーロッパで戦うための具体的な話が飛び交った。日本人チームが本場欧州で勝負するために、必要な要素とは――。

片山右京×今中大介対談 【第3回】

―― 近年の日本におけるロードバイクの普及について、おふたりはどう思われますか?

今中:今、世の中に自転車好きの方々がすごく多くなったでしょう?

片山:増えていますね。

今中:僕は高校生のころに中古のロードバイクを買って乗り始めたのが最初なんですけれど、あのピチピチのパンツを履いて自宅に帰って来たとき、おふくろに「なに、その格好? そんなの着て家に入らないで!」って言われたことがありました(笑)。それをこの間、ふと何十年かぶりに思い出したんですよ。ロードレースやロードバイクって、一般的にはそれくらい縁遠い乗り物だったんだなあって。

片山:「裸で歩いているのと同じ」と、お母さんに思われていたんだ(笑)。

今中:「ダンサーですか?」って知人に言われたこともあった(笑)。「自転車を持ってないと、俺はそう見えるのか」と。それくらい認知されてないんだよなあ......と痛感しましたね。

片山:僕が10年前、今中さんに自転車をもらって乗り出したころでも、サイクルウェア姿でコンビニに入るのはちょっと恥ずかしかった。でも、今はその格好でファミレスに入って普通に飯を食えるもんね。それだけ世の中の人も慣れて、「自転車に乗っている人」と認識してくれるようになったんだと思う。でも、こんなにも世の中が変わってきたのに、自転車やレースを取り巻く国や企業の体質はあんまり変わっていない。むしろ、そっちのほうが問題なんですよ。

今中:これはずっと思っていることなんですけど、ひとりひとりが想像している以上のことができれば、壁なんて案外簡単に突破できそうな気もするんですよね。

片山:日本人が重い腰を上げて、「よし、じゃあちょっと本気を出してやってみようか」ってみんなが握手をしたら、ヨーロッパに日本のチームを送り込んで、ある程度のパフォーマンスを発揮するものは作れる――と、僕は思う。さすがに100年以上の歴史があるツール・ド・フランスで簡単に勝てるなんて思ってはいないけど、高いパフォーマンスを披露する集団を作るのは、実は造作もないことなのかもしれない。そういう部分に関しては、世の中の偉い人たちじゃなくて、僕はむしろ民衆レベルの普通の人たちを信じているんです。

今中:たしかに、昔と違ってネット社会になった今、右京さんはSuperGTでも初音ミクとコラボレーションしていますよね(※)。だからそのパワーを、身をもってものすごく感じているんだと思う。おそらく、何かやりようはあるんだろうな、という気がします。

※TeamUKYOレーシングチームは2011年より自動車レースのSuperGTに参戦。一部のファンに絶大な人気を誇るバーチャルアイドル「初音ミク」のイラストをレーシングカーのボディにあしらっている。

 でも、実際に選手たちがヨーロッパに行って戦うとなると、たとえば、旧東欧圏からやってきた選手たちは、「これで生きていくんだ!」と覚悟を決めているから必死になって頑張っている――という背景があるんですよ。彼らのああいう貪欲さ、がむしゃらさ、命がけの決意が、日本からもどんどん出てこないといけない。それを自分から出せる爆発力のある選手が、これまで何度も名前を挙げてきた新城(幸也/チームユーロップカー所属)君、別府(史之/トレック・ファクトリー・レーシング所属)君、土井(雪広/TeamUKYO所属)君たちです。彼らのレベルと、今の日本の差を穴埋めしてやるためには、見込みのありそうな子をどんどん放り込んでいけるチームを作るしかない......とも思うんですよね。

片山:そこで重要となる問題のひとつが、「欧州を拠点とするスカウトマンをどうしようか?」ということなんですよ。いきなりポッとやってきた日本のお客さんと、ヨーロッパの顔馴染みとでは、当然ながら対応も違うだろうから、今中さんが言ったように、しっかりと現地のコネクションと人間関係を築いていく作業もしていかなければならないですよね。それができれば、小さな一歩だけど進むと思う。でも、僕たちが本当に目指しているのは、日本の強い選手を育てることだから。そのためには、日本でやってきたことと同じことを、向こうでもとりあえず開始して、第一歩を踏みださなきゃいけない。

 そのとき、僕たちに唯一、アドバンテージがあるのは、「あぁ、あのカタヤマか。今は自転車もやっているのか」と言ってくれる場合もあるということなんです。それが会話のキッカケにもなる。「アロンソ? 彼も自転車チームを作りたがっているらしいけど、俺のほうがずっと本気だよ」みたいにね(笑)。

今中:かつて僕と一緒に走っていた選手で、現役時代に何勝か挙げて今はスイスでチームを結成している人物が監督としてツール・ド・フランスを目指しているんですが、その彼から、「カタヤマと一緒にやっているそうだね」と言われたことがあるんです。TeamUKYOのテクニカルアドバイザーとして僕の名前を入れていただいているおかげで、UCI(国際自転車競技連合)の公式サイトで検索すれば、すぐにそういうことも分かりますからね。

片山:SuperGTでは「GOODSMILE RACING & TeamUKYO」というチーム名だけど、自転車の場合もたとえば、「TeamUKYO with InterMax(※)」という名称にすると、「おぉ、あの今中大介と一緒にやっているのか」と信頼してもらえるかもしれない。そうしたら、「そうだよ。俺たちはアロンソよりもずっと真剣にやっているんだよ」なんて話もできるかもしれない。

※InterMax=今中大介が現役引退後に設立した自転車専門商社「株式会社インターマックス」のブランド名。

 そうやって世界に目を向けると、僕たちはまだその土俵にも上がっていないけれど、小さな事項から壮大な計画まで、やるべきことは本当にいっぱいある。たとえば、小さなことで言うなら、TeamUKYOのミーティングは今、全員英語なんですよ。

今中:へえ、そうなんですか。

片山:「外国人選手がいるから」という理由もあるんですけど。四輪のレース現場では、ミーティングが全部英語なんて当たり前だから、自転車のほうでもなるべく英語になっている。そうやって自然に英語でコミュニケーションができるようになると、外国人のマネージャーが入ってきても普通に対応できるし、やがてヨーロッパのレースに出るようになって、向こうに拠点を作れば、そことも行き来ができるようになる。そういったインフラができれば、またひとつ上のステージに進むことができる。目には見えないけれども、そんな地道な活動の繰り返しです。

 今はみんなが少しずつ、TeamUKYOを知ってくれ始めていて、ヨーロッパでもクラシックの少し下のレースや、アジアのレベルの高いレースなどから声を掛けていただけるようになりつつあるんです。そのためにも、ヨーロッパに拠点を持っておくことは大事だし、そこでプロコンチネンタルの登録ができれば、自分たちはもう一歩ステージを上がることができるはずだと思うんですよ。

今中:どちらかというと、それが先だよね。まず、自分たちが戦える場所を確保すること、そしてプロコンチネンタル登録できるチームになることが先決。

片山:そのためにはハードルがいくつもあって、その一番は財政面。でも、そこは銀行ともしっかりと相談しながら、紙の上の作業を粛々(しゅくしゅく)と進めていけば、なんとかなるはずだと考えています。そのための一環として、自転車やジャージなどの制作販売を開始する予定で、モノによっては今中さんのビジネスマーケットに入っていく商品もあるかもしれないけど、そこで誤解してほしくないのは、「決してカネのために友だちを裏切っているわけではない」ということ。これは、今中さんには分かってほしい(笑)。僕たちの狙いは、あくまでともに目標を達成することであって、制作販売はそのための手段なんですよ。

今中:そんなこと、分かってるって(笑)。

(次回に続く)

西村章●構成・文 text by Nishimura Akira