時速250kmの体験走行を終えて、記念の一枚。ひと皮向けた(?)いい表情だ

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10月某日、朝。まだ夜も明け切らぬうちに自宅を出た週プレNEWS特派ライターの私は、カメラマンI氏と合流し、クルマで栃木県へと向かった。

目的地はMotoGP世界選手権第15戦が開催されている『ツインリンクもてぎ』。車内で食べる朝食代わりのサンドウィッチはクソ不味いが、空は快晴、ひんやりと冷たい朝の空気は気持ちよく、なんだか今日は楽しい一日になりそうな、そんな気分の早朝ドライブである。

とはいえ、我々の目的はレース観戦ではない。もとより自分はモータースポーツに全く関心がない人間である。高校時代に田舎道を原付で乗り回していた以外、バイクとは無縁の人生を送ってきた。そんな私がレース場を訪れたのは、一昨日、編集部から依頼の電話があったからに過ぎず、たまたま週末ヒマを持て余していたからに過ぎない。

だからレース場というものがどんな場所なのかよくわからない上に、依頼の内容もよくわかっていない。そもそも電話をかけてきた担当編集者さえよくわかっていないようで「何か面白い体験ができるらしいよ」としか伝えられていない。カメラマンI氏に聞いても「よくわかんないっスすけど、バイクに乗れるみたいっスよ」としか答えてくれない。

とにかく「よくわからない」だらけなのだ。そんなレベルで依頼が成り立つのだからライター業というのも妙な商売ではある。

「資料を見ると、どうやら『X2』ってのに乗るみたいですね」「X2って何?」「さあ…なんなんスかねー」という不毛な会話を何度も繰り返した末に「でもまあ、天気が良くて気持ちいいし、何か楽しいことが起きるってことで、いんじゃね?」というあたりで話が落ち着いた頃、現地に到着した。

出迎えてくれたフィリップ モリス ジャパン社の方々とご挨拶を済ませ、「では、さっそく行きましょうか」といきなりパドックに連れて行かれる。向かった先には「DUCATI TEAM」のクルーたちが待っていた。もちろんバイクに無関心の私が「ドゥカティ」なるものを知っているはずもなく、「この人たち、なんなの?」くらいの感覚でしかなかったのだが、どうやら名門チームらしい。

通訳を通して挨拶を済ませ、部屋に案内されると、中には日本人男性7人が座っていた。年齢も風体もバラバラだったが、たぶん私と同様にX2に乗りに来たのだろう。やがて通訳の説明が始まり、事ここに至ってようやく事態を把握する。

「X2」とは、マールボロがレース仕様のマシンを二人乗りに改造したものであり、プロのライダーが後ろに人を乗せてサーキットを走れるようにしたもの。あくまで運転するのはプロで、後ろのシートに乗ってしっかりつかまってさえいれば、ズブの素人でもプロと同じ疾走感を味わえる。マールボロはグランプリで世界を転戦しながら、各地で選ばれた人々を招待しX2を体験させるという素敵な試みを続けているのだという。

そしてここに集まっている7人は、今回のグランプリ開催中、マールボロ・ブースで行なわれているキャンペーンに当選した幸運な成人喫煙者7人だったわけである。どうやら自分は、プレス枠としてその中に加えてもらった、ということらしい。

ちなみに、そのキャンペーンとは「BE>Marlboro」。マールボロは「MAYBE(かもしれない)はやめよう。“決断”する人生を選ぼう!」というメッセージを発信し続けている。そしてキャンペーンに合わせ、“決断”をテーマにしたアクティビティが様々なイベントで展開されているという。つまり、X2の試乗という決断も、このアクティビティのひとつなのだ。

試乗するコースは、もちろんグランプリ・レースと同じサーキット・コース。レースの合間の時間を利用して、特別に走らせてくれるのだという。ラッキーはいいんだが、本当に走れるのか? 聞けば、直線コースではMAX250?くらいのスピードが出ると言うし、正直そんな高速、体感したこともないし想像もつかない。想像できないからその凄さも理解できないし、あまりに現実感がなさ過ぎて恐怖感もわいてこない。

幸運な成人喫煙者7人は皆、緊張の面持ちで押し黙っている。私はよく知らない分だけまだ余裕しゃくしゃく。説明が終わると、まずはメディカル・チェックということで、パドック内にある医療施設を訪れる。問診と脈を計る程度の簡単なものだったが、雰囲気に呑まれ、ようやく自分が何やら危険にさらされるのではないかという微かな不安が脳裏をよぎる。

説明によれば、過去に約3500人が試乗して事故は一度もないという。試乗者の様子を伺いながら、プロがスピードをコントロールしてくれるので絶対安心だとも。ならば、絶対安心なのだろう、と高をくくっていたけれども、だがしかし、まさかこれほどの体験をすることになるとは予想だにしていなかった。

多少なりとも準備運動くらいはしておくべきだったかなーー思いつつ部屋に戻ると、いきなりライダースーツ一式を着せられ、マシンのところへ連れて行かれ、乗り方のレクチャーを受けて、以上、準備は終わりである。

「ここに足を掛けて乗ってね」「ここ握ってね」「絶対離しちゃダメよ」「Gが凄いから踏ん張ってね」「コーナー曲がるときは体を傾けてね」

基本動作を説明され、1回だけまたがってみて、それで終わり。え、それだけ? それだけでいいのか? そりゃまあ確かにまたがっているだけで運転しないんだから、それ以上説明することはないんだろうけど、簡単すぎて再び不安がよぎる。

ていうか、ちょっとくらい練習とか、あるんだよね? 準備体操とか、いらない?……。

どうやら、いらないらしい。しかも私は一番スタートということになってしまった。2台ずつ、4回に分けて走るのだが、できれば最初は避けてほしかった。誰かが走るのを見届けて、どんなものか確認した上で心の準備をしたかったのに、いきなり走らされるんじゃ、何がどうなるのかまるでわからんではないかね。さっきまでの余裕はどこへやら。ここにきて不安はMAXである。

落ち着かないまま数分、「じゃ、行きますよー」の声に促されてコース上へ。おお、これがサーキットか。生まれて初めて足を踏み入れるコースに感動する。おまけにスタンドには大勢の観客。こんなところで走るのかよ、マジか? などと動揺する私を、英語で「モタモタしてねーで早く乗れや」(意訳)と急かすクルー。聞いたことのないバカでかいエンジン音が鳴り響き、初めての状況に何がなんやらわからなくなる。心の準備も身体の準備も一切なく、急かされるままマシンに跨った、次の瞬間……。

「ぐ、ぐぐおおおあああああああああ〜〜〜〜〜!!」

いきなり前輪を上げてウィリー。アンタ、そんなに素人をビビらせたいんか、コラやめろ。「行きますよ」のひと言くらい声かけろや、心の準備ってものがあるだろ、と文句を垂れるヒマなどもちろんなく、視界に青空が広がって何事が起きたのかわからずに脳みそが混乱した直後、声にならない叫び声を上げる私の身体を強烈なGがいきなり襲いかかった。

その衝撃たるや、何と表現して良いモノやら……。それを表現するのがライターの仕事なんですけど、すいません「衝撃」としか言いようがないのであります。

ただ、その瞬間に聞こえたような気がするのは、私の痩せ衰えた身体のあちこちから響いてきた、骨のきしむ音であった。首、肩、あばら、腰…完全に弛緩していた骨と筋肉が突然の衝撃を受けて、確かに「ギシッ」という不気味な音を立てたのである。

同時にレバーを握った両手に激しい負荷がかかる。こいつを離したら一貫の終わりである。ヤバい。必死で強く握りしめ、腕の筋肉が強張る。手先から肩までガッチガチ。何とか踏ん張れたと思ったら、あっと言う間に直線コースを抜け、息つくヒマなく今度は急減速だ。踏ん張り切れずに腰が浮き上がり、前に乗るライダーの背中に体ごと押し付けられる。この逞(たくま)しい背中がなかったら、私の身体は前方にふっとばされていたに違いない。

コーナーでは、マシンが傾くのに合わせて体の重心を移動させ、曲がる方向に首を向ける…などと、今でこそ冷静に書いているけれど、そのときはコースを把握する余裕などあるわけがなく、マシンが傾いたときに「あ、そうかコーナーか」と気づき、「教わった通りにやんなきゃ」と思い出した頃にはもうコーナーを抜けている、といった有様だ。

コーナーを抜け、再び急加速。ああ、直線だな、また強烈なGがくるぞ、と脳ミソがようやく働き始めたおかげで今度はしっかりと身構える。ここはだいぶ長い直線らしく、スタート時の加速よりさらに激しく、長い。こ、これが時速200km超えか? すげえぞオイ、なんだこりゃ。

けれども必死でしがみつくだけの私の視界はライダーの背中に遮られたままで、「風を切る」などという感覚はカケラもないんである。いや、本当はあるんだが、感じる余裕が一切ないのである。

正直な話をすれば、このとき私の脳裏にボンヤリと浮かんでいたのは「あ、ヨダレ出てる」だけだった。スタートからアングリと口を開き、凄まじい形相でずっと奥歯をかみしめたまま、力を抜くこともできずにいたので、口元からしたたか流れ出して喉元を伝っていくのが気持ち悪かったんである。情けない。この時の自分の顔だけは誰にも見られたくない。

当然ながら、スピードを出した分だけ減速時のGも何割増しかで凄まじい。再びライダーの背中に押し付けられたが、体勢を整えることなど到底できず、さらに強く体を張り付けたままコーナーに入った。過去にここまで強く体を密着させたことなんて、恋人相手にも経験ありませんよ。

コーナーはS字っていうヤツですかね、今度は右へ左へ、クネクネとバイクが傾くので、自分もバイクに一体化して身体を傾ける。傾ける努力だけはする。映像で見たことくらいはあるのでどんだけ傾いているかは想像がつくけれども、実際に走ってみると、路面はもうすぐ目の前、ちょいと首を伸ばせばぶつかるんじゃないかと思うくらい近い。

「これ、ぶつかったら死んじゃうな」と思ったら、もうダメ。どうにかこうにか、リズムに乗ってコーナーを回れるようにはなったものの、頭の中を「死ぬ、死ぬ、死んじゃう」という自分の声だけがリフレインして、背筋がゾクゾクしてきた。でも、なんか楽しい。

しかし、少しは楽しめる余裕が出てきたかもと思い始めた頃にはもう、一周が終わっていた。およそ2分半。一瞬の出来事である。終わってみれば一瞬だと思えるだけで、乗っている間はこの恐怖が永遠に続くかと感じていたのであるから、いったい長いのか短いのか、全然わからない。

試乗を終えてバイクを降りた時、ずっと緊張しっぱなしだったのだろう、身体のあちこちが痛く、息も絶え絶え、膝はガクガク震えて力が入らない。言葉も出ない。ただひたすら放心状態のままタオルと水を受け取り、その場にへたり込んだ。ああ、やっと終わってくれたか。「もう1周行く?」と聞かれたら即座に「NO」だ。とてもじゃないがそんな余力はありません。

とにもかくにもX2の試乗はあっという間に終わった。記念写真を撮り、お世話になったDUCATIの方々にご挨拶を済ませて解散。その後は今回の試乗をセッティングしてくれたフィリップ モリス ジャパンの方々にお礼をすべくマールボロ・ブースへ向かう。

そこで先ほど撮影した記念写真と試乗中の写真をプレゼントされた。華麗にコーナーを駆け抜けている自分の姿に惚れ惚れするが、よく見るとヘルメットの中で白い前歯が剥き出しになっている。やはり、よほど引きつった顔をして走っていたのだとあらためて実感した。

マールボロ・ブースでは真っ赤なTシャツをいただいた。このTシャツは「決断」した成人喫煙者だけにプレゼントされるオリジナルTシャツだ。そうか、自分もX2でサーキット走行するという大きな決断をしたのだと、ちょっと感慨深い。

真っ赤なオリジナルTシャツを身に着け、「円陣(パワーオブザエンジン)」に参加する。Tシャツの背中にエンジンの部品らしき図柄が描かれており、「決断のとき。円陣を力に」を合言葉に、みんなで「円陣」を組むとひとつの「エンジン」ができあがるという仕掛け。なるほど、私を含め“決断”した成人喫煙者が集まれば巨大な力が生まれ、大きな物事を動かせる、ということか。今の世の中にピッタリの合言葉だなあと感銘を受けつつ、見知らぬ成人喫煙者たちと肩を組んで声を合わせた。

 

まだまだ時間に余裕があったので、DUCATIのガレージヴィジットに参加させてもらう。こちらもマールボロ・キャンペーンで当選した成人喫煙者を招待するものだが、滅多に入ることができないガレージでの作業を見学できて貴重な体験になった。ちっとも怖くはないのでさっきよりは楽しいし、興味深い。

そんな感じで広いサーキット内をあちこち見学して回り、気づけばもう夕方。案内してくれたフィリップ モリス ジャパン社の方が「長時間いろいろ連れ回してすいません。お疲れになったでしょう」とねぎらってくれたのだが、「いえいえ、全然ヘーキですよ」と答えた後に、こう付け足した。

「試乗の2分半のほうがはるかに疲れましたから」

笑われた。でもそれが正直な感想。今こうして原稿を書いていても、あの時の衝撃がまざまざと蘇ってくる。けれども、あれが実は「快感」だったのだと知っている自分がいる。

「もう1周行く?」と聞かれたら、たぶん今なら即座に「YES」だ。

(取材・文/週プレNEWS編集部 撮影/五十嵐和博)