あなたは知っていますか? 深くてゆるい「ご当地パイ」の世界

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 夏休みの旅行シーズンまっただ中。旅先で何をお土産にしようか悩んでしまったら、ちょっと注目してみてほしいお菓子がある。それはその土地の名産品とコラボした「パイ」――いわゆる「ご当地パイ」だ。
 ご当地パイといえば、浜松市の「うなぎパイ」を思い出す人も多いだろうが、実はこの手の「パイ」が日本のいたるところにある。その中には思わず「えっ」と思ってしまうパイや、
まるで味が想像できないパイもあり、よく見てみるととっても「ゆるい」のだ。

 そんな、ゆるい「ご当地パイ」を一堂に集めたのが『ゆるパイ図鑑 愛すべきご当地パイたち』(扶桑社/刊)だ。 作家・エッセイストの藤井青銅さんが日本全国から集めた「ご当地パイ」約200を掲載。そのうち、実際に120パイ弱を食べ、94パイを写真つきで紹介している。
 今回、新刊JPは「ゆるパイ」の第一人者ともいうべき藤井さんにお話をうかがうことができた。どんな「ゆるパイ」のエピソードが飛び出すのだろうか?
(新刊JP編集部/金井元貴)

■全国に散らばる「ご当地パイ」、その数なんと200!

――まず驚くのが「ゆるパイ」というネーミングです。「ゆるキャラ」という言葉は広く定着しましたが、「ゆる」の波がまさか「パイ」に向かうとは思いませんでした。この「ゆるパイ」の定義から教えていただけますか?

藤井青銅さん(以下敬称略):分かりやすく言うと、全国にある「うなぎパイ」(浜松市/春華堂/書籍14ページ)のようなパイですね。そのご当地の名産品を素材にしたお土産向けのパイ菓子と考えていいと思います。文字にしてしまうとちょっとニュアンスが伝わりにくくなるのですが。

――この本には94種のパイ菓子が写真付きで、文字だけの紹介を含めるならば約200種のパイ菓子が網羅されています。まずその数に驚きましたし、その数のパイを集めてしまう藤井さんにも驚きです。

藤井:皆さん驚かれますね。何個かは知っているけれど、全国探すとこんなにあるのか、と。でも、何箇所かで発見したら、それは全国にも広がっていると考えられるし、人からお土産としてパイをもらうこともありましたから、何かにおうなと思うじゃないですか。そうして各地のパイを集め始めて、集めたら分類して、分析したくなる、さらに頼まれてもいないのに、提言をする。そこまでが僕のフルコースなので(笑)、自分の中では、それをやっただけという感じですね。

――約200種のパイの中で、実際に藤井さんが食べたのは…

藤井:だいたい120パイ弱ですね。でも、本のページ数の都合上で、全部入りきらず、さらにコラムも載せようという話もあったので、詰め込んで詰め込んで94パイという結果になりました(笑)
また、泣く泣く外したパイの中には、販売元から掲載許可が下りなかったものもありましたよ。

――そんなパイもあるんですね(笑)

編集担当・新保:「うちのパイはゆるくないので」という理由で断られることもありました(笑)

藤井:そのパイを製造しているところは、地域では有名な老舗の会社でしたから、名前を聞くと「それは仕方ない」と思うはずですよ。

―― 一件一件、掲載許可を取っていかれたんですね。

藤井:そうなんです。編集の新保さんが各企業に連絡して「掲載してもいいですか?」と聞くのですが、その中にはものすごく小さな会社だったり、地元の洋菓子店さんが作っていたりするケースもあって、「お金を払わないといけないのですか?」と聞かれることもありました。

――そのくらいローカルなパイも網羅しているということですね。

藤井:そういうことになりますね。

■気になる「ゆるパイ」の味、どうなのですか?

――「ご当地パイ」と聞いて、最初に思い浮かぶのはやはり「うなぎパイ」。そして、本書の中で、数ある「ゆるパイ」のトップを飾るのも「うなぎパイ」でした。

藤井:これはもう、仁義を切らないといけないところでしょう。元祖ですからね。もし「うなぎパイ」の会社にNGを出されたら、この企画が成り立たなくなってしまいます(笑)

――巻頭では「うなぎパイ」を製造している工場の様子が紹介されていますね。

藤井:はい、見学に行ってきました。外から工場を見るだけなのかなと思っていたのですが、実際に中に入って、製造過程を間近で見せていただきました。非常によくしてもらいましたね。

――「うなぎパイ」に「秘伝のタレ」があることは初めて知りました。

藤井:そうなんですよね。しかもタレをつくるためのレシピを知っている人は、製造元の春華堂さんの中でも数人しかいないらしく、本当に「秘伝」なのだそうです。

――藤井さんが「うなぎパイ」以外で初めて見たパイはどれですか?

藤井:自分で見つけたのは、もう今から20年くらい前になりますけれど、名古屋の「きしめんパイ」(名古屋市/青柳総本家/書籍84ページ)です。人からいただいたものだと、秋田の「はたはたパイ」(横手市/木村屋商店/書籍25ページ)。この2つから新鮮な驚きを感じて、そんなパイがあるんだというのがずっと僕の中にあったんです。
それから時が経って、4年前くらいから少しずつ集めはじめました。

――20年越しに完成した『ゆるパイ図鑑』だったわけですね。どのパイも食べてみたい!と思うのですが、実際に食べられてみて、味の総評はいかがでしょうか。

藤井:公式的には、もちろんすべて美味しいし、すべてゆるい。ただ、本音を言うと、味について話すのは実は結構難しいんですよ(笑)例えば、魚介系には「はも」(京都)「さわら」(岡山)「ふぐ」(下関市/長州ほがや/書籍23ページ)などのパイがありますが、もともと淡泊な味ですからね。“ききパイ”なんかをしたら、味だけでは意外と分からないかもしれない。

――確かにそうなるかもしれません(笑)

藤井:でも、そういったところも含めての「ゆるパイ」なんです。先日、あるラジオ番組に出演したときに、「松阪牛パイ」(鳥羽市/丸愛/書籍56ページ)を食べてもらって感想を聞いたのですが、「そこはかとなくビーフの味がするようなしないような…」と言われたんですね。そして、ここから話が盛り上がったんです。
お土産は、まずその存在自体で盛り上がれますよね。そして食べてみて、美味しいと盛り上がるし、そんなに…というものでも盛り上がる。ものすごく不味くない限り、コミュニケーションのきっかけになるなら、味がしてもしなくてもいいと私は思うんです。

――そうですよね。私もこの本を読んでいたときに、東京土産の「東京ばな奈」にパイがあるんだと思って、すぐ隣のデスクの同僚に「こんなのあるんだよ」と教えました。

藤井:それは「東京ばな奈パイ『見ぃつけたっ』」(杉並区/グレープストーン/書籍87ページ)ですね。菓子の中に菓子がある、いわゆる“菓子in菓子”。なおかつ、そもそも東京とバナナは何も関係がない。なぜ見つけてしまったのか。そう突っ込んでいくと、パイって何でもアリなんですよね。お菓子ですらパイにできるのですから。

(後編では広がり続ける「ゆる」の輪について話を聞きます)