『人生が変わる哲学の教室』小川仁志(著)/KADOKAWA

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「ここは、私立久我伝高校。街も寝静まる午前3時」という書き出しから始まるのは、哲学者・小川仁志さん著『人生が変わる哲学の教室』である。
久我伝高校では、14日間連続で「哲学の教室」が行われているという。奇妙なことに夜中の3時から開始されるその授業に集まったのは、それぞれに悩みや問題を抱えた久我伝高校の生徒たちや主婦、サラリーマンの計5人。

期待と不安に胸を膨らませた彼らが待つ教室の扉を、ガラガラと開けて登場した講師とは……なんと、マルティン・ハイデガー、ジャン=ポール・サルトル、フリードリッヒ・ニーチェなど、歴史上の哲学者だったのだ!

なんとも不思議な展開だが、著者の小川さんは、本書の「はじめに」でこう述べられている。
「私は、ヘーゲルという200年前のドイツの哲学者の思想を研究してきたのですが、いつも感じていたのは「この人にはもう会えない」というさびしさと残念さでした。
そこで、もし彼らが現代の日本に現れて、私たちの抱える悩みについてわかりやすく分析してくれたらどんなに面白いだろうか、と考えるに至ったのです」

現代人が抱える多くの悩みについて、哲学者たちは自己の思想を元に、生徒たちを解決へと導いていく。それでは、全部で14時間ある授業の一部を見てみよう。

■1時間目
「生きることと死ぬこと」について : ハイデガー先生の授業
「どうせ死ぬのになんで生きるの?」
■2時間目
「夢」について : ヘーゲル先生の授業
「夢や理想を追いかけるのに疲れました」
■3時間目
「理性と欲望」について : カント先生の授業
「性欲がヤバいくらいあるんだけど病気?」
■4時間目
「悩み」について : メルロ=ポンティ先生の授業
「何に対してもやる気が起きない……悩みだらけ」
■5時間目
「自分と他人」について : レヴィナス先生の授業
「自分って何だろう? 他人の目が気になる……」

この5項目以外にも、正義について、恋愛について、幸せについて……など、身近な悩みやテーマの授業が続いていく。本書は、2010年に出版された同名の単行本が文庫化されたものだが、どのようにして今回の文庫化に至ったのか、担当編集者である中経出版の関口さんにお伺いした。

関口さん:「親本(元本)が、哲学の書籍ながら累計3万部という高いご支持をいただいていたため、文庫化は以前より検討されておりました。もともとは2010年の書籍ですが、内容的に少しも古びるところがないというのも今回の文庫化へ至った理由です」

本書では、哲学者たちと参加メンバーとのディスカッションがあり、受講者たちは学生、主婦、サラリーマンと立場も異なるため、それぞれの参加者に自分の悩みや疑問を重ねて読めるようになっている。
なお、私は12時間目の「自由」について(ジャン=ポール・サルトル先生の授業)が興味深かった。

ランチに何を食べるか、どんな映画を観に行くかを選べるのは自由であるが、夜中に大声で叫んだり、職場で仕事の手を抜いたりするのは、法律で制御されていないにも関わらず自由にできることではない。

「そう考えると、自由というのは決してわがままに何でもし放題ということではありません。むしろ常に他人に配慮しながら生きていくことが求められるのです。はたしてその状況で自由などありうるのでしょうか?(本文引用)」

この問いからでは、その世界に自由は無いような気がする。ただし、それは「自由」というものをざっくりとしたイメージでしか捉えていないからかもしれない。本章では、他人への配慮こそが自分の自由を保障することだと説いている。これは、身近なテーマから大きなテーマにまであてはめることができると思う。なお、関口さんが読者の方にお勧めしたいのは、どの章になるのだろう。

関口さん:「全ての章、とお伝えしたいのですが(笑)、個人的なお勧めとしては、自身社会人でもありますので、ハンナ・アーレント先生の授業である「仕事について」の章です。「なぜ働くのか?」「遊びと仕事の関係」など、学ぶところが多くありました」

哲学書というと、専門用語が多くなんだか難しそう……という印象があり、今まで手を出しにくかったのが本音である。しかし、本書に出てくる哲学者たちの説明を読んでいると、人類が抱える悩みというのは昔から大きく変わらないのだなと感じた。

「今、先が見えない時代だといわれます。「何が正しいのか?」「何が幸せなのか?」生きていくうえで重要な問いに対する答えが、見えなくなってしまっているのです。 哲学はそこで威力を発揮します。何千年という時間をかけて培われた人類の英知を利用しない手はないのです。(本文引用)」

悩みと向かい合うということは自分と対面するということであり、昔から人類が抱える悩みが変わらないのであれば、その英知を活用しない手はない。そして、本書は私のように哲学書に馴染みが無かった人にとっては、入門書として活用できるのではないだろうか。

関口さん:「仰るように、普段あまり哲学に触れていない方に読んでいただければと思っております。仕事、恋愛、幸福など、人生で間違いなく 重要なテーマを考える際に、哲学は大きな助けになってくれると、ご一読いただければお気づきいただけると思います。考えを発展させたり、ものの見方を変えたり、“観念的”ではなく“実用的”な思考力が身につく1冊です」

浅いところでぐるぐると考えているばかりでは、とうてい自分が求める答えは見えてこない。自分と向き合い、深いところまでとことん考えて導きだした答えであれば、納得がいくだろう。何か問題に直面したときの考え方やものの見方の参考として、哲学者たちの分析はおおいに役立ちそうだ。

なお、個人的には、もし講師として現れた哲学者たちの職員会議があったら……と妄想を膨らませてしまうのである。
(平野芙美/boox)