[Digital Cinema Bülow 2〜CineGear 2014]Vol.04 フィーチャーフィルムで4Kワークフローを構築する際の問題点
「相棒-劇場版III-」4Kフルワークフロー制作。高効率圧縮が実現する4K制作の現実
「相棒-劇場版III-」沖縄ロケ風景4月28日から全国公開され、現在も公開中の邦画作品「相棒-劇場版III-巨大密室!特命係 絶海の孤島へ」(出演:水谷豊、成宮寛貴 監督:和泉聖治)は、全編ソニーF55のXAVC 4Kで撮影され、しかもポストプロダクションにおいてもフル4Kワークフローで行われた、おそらく日本初の劇場公開メジャー作品だ。
「相棒」というコンテンツ自体が、日本初のファイルベース制作ドラマから始まり、そもそも日本のTV映画界の中において、先進技術を取り入れた映像制作を常に最初に取り入れて実現しているコンテンツとしても有名だが、その次なる挑戦がフル4Kワークフローによる劇場公開映画の制作だった。これまで4K撮影までは簡単にできるようになったものの、すべて4Kデータで配信デリバリーまでを一気通貫するワークフロー、つまりフル4Kワークフローは実現されてこなかったのが実情だ。
本作も当初は4K制作の話も考えていなかったようだが、2013 NAB Showの際に、撮影監督の会田正裕氏がXAVCの性能を見いだし、その高効率圧縮の可能性にかけて、今回のXAVC 4Kでのフル4Kワークフロー制作に踏み切った。
「4Kは、僕らがこれまで作品の最終試写で最良の環境と状態で観て来た作品を、これからは劇場で一般客が楽しめることになる、そういう印象がありました」と話す会田氏。
もちろんビッグヒットコンテンツであるという追い風もあるが、その現実はテクニカル面以外でも多くの障壁を乗り越えてきたようだ。「相棒 -劇場版III-」の撮影秘話として、その裏で行われた4K映画制作のポイントを語って頂いた。
4Kで見えて来たレンズの世界
4K映画で最も見えて来るもの。それはレンズだ。とりわけ最上の状態で試写された映像で見えて来るのは、各カットでどんなレンズが使われたか?レンズの善し悪しがハッキリと見えて来る。
撮影監督の会田正裕氏(J.S.C.)※MAGNUM PHOTOS会田氏:これまで「相棒」のTVシリーズではビデオ撮影のためRec.709ではあそこまで色を極端にいじらないとなかなか求めている迫力が出ませんでした。しかし、今回は4Kのクオリティで撮ることで充分その画に力があったので、そこまで小手先的なことはやりませんでした。色の不要な情報は排除して階調を重視させた画づくりになっています。
Magnum Photos(※)のモノクロ写真のような、岩のでこぼこ感であるような質感を重視しました。ダイナミックレンジと4K解像度の力強さを利用するために、クロマ成分を少し排除して、なにかモノトーンの映画を観終わったような雰囲気を演出しています。その面でレンズも、(TVシリーズのような)ズームレンズだけでなく単玉も多用しています。
スチルの世界もそうだったように、解像度が上がることでデジタル映像も一気にレンズの世界に入ってきます。レンズの性能が見えるという言い方もできますが、僕の捉え方からすれば、4Kによってますます作品別にレンズを選ぶことができることの重要性が増し、と同時にレンズを変えることによる表現域の拡大・拡張というのができるようになってきたということです。そこには(カメラマンとしての)経験値や勉強もさらに必要ですし、またその面白さも広がったと言えるでしょう。
1947年、ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デイビッド・シーモア、4人の写真家が創設した世界最高の国際的写真家集団。現在約50名の写真家が在籍
ダイナミックレンジの拡張
「相棒-劇場版III-」沖縄ロケ風景4K解像度を活かせるもう一つの大きなポイントは、カメラのダイナミックレンジをより活かせる撮影ができることろにある。そこにも本作での会田氏の撮影監督としての工夫が随所に感じられるカットが幾つか観られる。
会田氏は今回の撮影にあたり、12ストップとされるF55のダイナミックレンジを、テストシュートでの様々な情報から、有効実用域9ストップとして換算、これに基づく感度やチャートテストなど画質設計を事前に入念に行っている。また担当したカラリストも仕上げを考慮して工夫された撮影素材のおかげで、後のポストでのグレーディング作業(東映デジタルセンターにて、グレーディングシステムはBaselightを使用)で、広いダイナミックレンジを活かしたカラーグレーディングができたと語っており、より上質な作品に仕上がったようだ。
オンセットのグレーディングシステム。F55からの映像信号をBlackmagic DesignのHDLink Pro経由でLive Gradeを使用してプライマリグレーディング。DaVinci Resolve 9で作成したLUTをプロジェクトでヒモ付けしてラボへ転送する。またデータチェック機能を使った安全なバックアップを図るため、SilverStack SETを使用会田氏:冒頭の孤島での暗部のカットでは、本当の素材はかなり明るく撮っています。こういう暗部の撮影はビデオレベルで言えば、0〜100の間のほんの10%に満たないところで完成品はできますが、本作では0〜70%くらいまでを使って撮るようにしました。70%以上行くとクロマレベルに影響してきます。
色がある物に関しては色が減っていってしまうため、それ以上開けられませんが、実際に欲しい画は10%のところ、6〜70%を使って撮影しますので、一見全く雰囲気が違う画が撮れています。こうして撮影しておく事で後のカラーグレーディング作業の段階で、どの部分の黒に階調をつけるかを決める事が出来ます。
現場のモニターではオンセットグレーディングのシステム上で、暗部の黒がグッと締まった、つまり、出来上がりのイメージに近い画が監督や現場のスタッフたちには見れていますが、実際に撮れているのはダイナミックレンジをたっぷり使った、もの凄く明るい画になっています。その際にCDLのデータもラボ(東映デジタルセンター)には同時に送られていますので、「ああ、これは締めて使うんだな」ということが分かります。
カラリストはこういう画であればさらに、「これはどこを分離させたら良い画になるかな?」など、ポストとしての彼らのクリイティブが発揮される幅ができてくるのです。実際には、カメラの帯域よりも劇場で上映されるプロジェクターの帯域の方が狭いため、こうした部分で使う色域の取捨選択ができるなど、カラリストのセンスや手腕が活きてくるわけですね。
またラストシーンに近い、相棒の主役2人が手前に歩いて来る、街中の遠景シーンではフィルム撮影に近い階調を活かしたカットがある。会田氏は今回の撮影の場合、事前の画像設計の際に「グレーディング処理で色を戻して行く(絞り込んで行く)ときに、本当は飛んでしまっているにも関わらず、抑えこまれた形跡が全く感じられないという部分が何%なのか?」を判断基準に、感度設定の基準値を決めたという。
会田氏:いままであのようなシーンでは、フィルム時代の映画ではよくありがちな見慣れている画なので、簡単だと思われがちですが、実はデジタルではなかなか撮れなかった難しい画です。今までデジタル撮影だとああいったシーンでは、陽の当たっているところを飛ばしてしまうか、日陰の所にかなりの光量のライトを当てるかしかありませんでした。
あのシーンはほとんどノーライトに近い状態で、どピーカン(晴天)のコントラスト比がかなりあるシーンをワンカットで撮影できるというのは、F55 / 4Kのダイナミックレンジの広さの恩恵でした。
4Kで伝わる音の解像感
「相棒-劇場版III-」沖縄ロケ風景会田氏:4Kでは細部にわたって表現される領域が広がるため、例えば一般劇場では聞き分けにくい小さい効果音が、これまでは画の解像度がなかったためにその意味が見いだせないようなこともありましたが、4Kではその細かい音の配置と画の解像感がピタリとあった感じがします。それにより音の解像度も上がったように感じ、作品のクオリティもアップした感じになるのです。我々作り手の細かい作業が活きて来る、それが4Kなのではないでしょうか?
4K制作における高効率圧縮の可能性
「相棒-劇場版III-」沖縄ロケ風景いま現場で大きく問題になっているのは、ポストプロダクションに掛かる予算だ。撮影に関してはさして4Kに問題はない。むしろ映画やCMの世界ではすでに4K OVER収録はスタンダードとなっている。4Kスタンダードの世界を実現するには、むしろ問題はその後にあり、関わる人のそこに対する深い理解が必要だ。
会田氏:いま難しいのはむしろポストプロダクションの金額設定が出来ないことです。4Kになってもその作業のほとんどは1クリック。これまでと何も変わりません。しかしシアターに4Kプロジェクターもなく、グレーディングも2Kでやっているという現状のように、4K設備が揃っていない=確立していない中で、どうやって4K制作のコストを決めて行くのは業界全体の重大な問題でもあります。
いまはそのデータの選択やワークフローの決め方一つで、処理時間やデータ容量が大きく異なり、一体何を基準に金額を決めれば良いのかが決められない状況です。時間やデータ容量が決まらなければ、NLEのマシン機材の使用時間の設定も出来ないため、ポスプロの営業さんが一番困っている、というのが現状でしょう。
この「相棒-劇場版III-」ではワークフローで4K制作を実現するという提案が実現した作品であり、そのテストとしてチャレンジした部分も多いのですが、これが成功した理由として、ソニーのF55のXAVCという“高効率圧縮”をベースにしてワークフローを考えたことが根幹にあります。未だに4K制作フローが難しい中で、データの高効率圧縮が、時間の圧縮、人員の圧縮、コストの圧縮に繋がることが分かりました。これはやってみないとわからないことが多かったです。
4K制作におけるポイントとは?
「相棒-劇場版III-」沖縄ロケ風景何事も制作前に出来上がりを想定した設計がしっかり出来ていなければ、高い完成度は求められない。フル4Kワークフロー制作におけるポイントは、その解像感の増幅によって、ダイナミックレンジであったり、またさらにその中でどこの部分の、何を強調するのかなど、ポストプロダクションにおける様々な選択の幅が広がる、ということが言えそうだ。
そうしてこそ求められる映画ならではの上質な4K作品においては、その完成形を主要スタッフがまず理解していることが必要であり、ゴールを決めて掛からなければ、たどり着かない世界でもある。
そこにはプリプロダクションの重要性とともに、ポストプロダクションにおける技量もさらに高度なものが求められて来ることから、映画制作者にとっての4Kとは、更なる個人のスキルアップが求められる世界でもあるようだ。
txt:石川幸宏 構成:編集部■関連記事・[RED flow Now]06: 『築城せよ!』全編でRED ONEを活用・[RED flow Now]01: RED ONEの性能を最大限引き出そう・[IMCTOKYO2009]コンチネンタル ファーイーストブース 〜3Dデジタルシネマ方式によるステレオスコピック映像の投影を提案〜