パリを訪れて人種の多様さに驚く人も多い

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旅行先で特に気になるのが現地の治安だろう。例えばパリの観光地でも、スリや置き引きといったことから、街中で署名を求めてお金を要求する詐欺、ミサンガを腕に勝手に巻き付けて代金を要求する行為に、旅行者はしばしば遭遇する。

そうは言ってもパリの観光地の場合、よく気をつけていれば被害は防げるレベルだが、これを超えて治安が悪い場所もある。パリの北郊外セーヌ・サン・ドニ県だ。同県は、首都圏他地域と比べて暮らしている人々の世帯収入は低く、低所得者向け公営高層アパートが立ち並ぶ。教育レベルの低さから失業率も高く推移する。フランス人も足を運びたがらない場所の1つだ。

現地に住むフランス人の知人によれば、殴られ金品を盗られるならまだ良い方で、背後からナイフで脅されたり、車に乗せられたりすることもある。高齢者はスリの良いカモにされ、女性の夜の一人歩きはもちろん危ない。車に乗っていても、赤信号で停車中に助手席の窓ガラスを割られ盗難にあうことがあるため、気は抜けない。違法ドラッグの取引は頻繁に行われる。統計上も同地域の暴力行為の割合は、フランス国内でもっとも高いレベルにある。

じつは同地域の事情は、フランスの移民問題と密接に関係している。同県では、日本人がフランスと聞いてイメージするような白人は、決してマジョリティではない。北アフリカや中央アフリカ、トルコ、南欧など、外国から移り住んできた人を親に持つ子供の割合が、18歳未満で半数を超えている。なぜ彼らと治安がつながるのか。それはフランスの移民政策の歴史が背景にある。

フランスは19世紀後半から出生率が低くなり、第二次大戦後の経済成長期に特に労働力を必要とした。その結果、大量の移民を受け入れる政策を取ったが、後の経済停滞により、彼らや彼らの子供の世代の仕事は減ってしまった。そんな彼らの一部が、不幸にも犯罪に手を染めてしまっている。

しかし、移民だけを一方的に悪と決めつけることはできない。彼らがフランスの成長を支えた時期があったことも事実だ。労働力だけでなく、文化面でも、移民はフランスに彩りを加えた。彼らの活躍無しに今のフランス文化は存在しない。政治の世界でも、バルス仏首相やイダルゴ・パリ市長は、スペイン出身でフランス国籍を取得した人物であるし、現内閣にも北アフリカなどからの移民出身者が閣僚に入っている。日本ではそのような状況はありえないだろう。フランスは、彼らの才能を受け入れる柔軟性を持っていたのだ。

ただし、フランス人でさえ就職難である現在、フランス政府は「移民流入の制御」「選択移民の促進(国が必要とする有資格労働者や才能に恵まれた人々や学生など)」「移民の統合(国を支配する原則に対する実質的な尊重やフランス語の十分な知識)」を柱とし、新たな移民は抑える政策を取っている。日本も将来的に移民を受け入れることになるかもしれない。移民の功罪を十分に知ったフランスの経験は、今後の日本にとって参考になる点も多いはずだ。
(加藤亨延)