異例の大ヒットのドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』。劇中劇の脚本は大のハリウッドファンであるアンワルら書いたものをベースにしている。中には幻想的なイメージ映像もあるが、それが加害者の贖罪意識を反映していて面白い。

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※前編はこちらから

海外の政治を扱ったドキュメンタリー映画としては異例のヒットを続けている『アクト・オブ・キリング』(以後『アクト』)。前編でも触れた通り、大虐殺に携わったギャングたちが劇中映画の脚本を自ら書き本人役で出演しているため、テーマのおどろおどろしさとは裏腹にどこかのどかな雰囲気が流れている。

文化祭の自主制作映画さながらのキャッキャッした雰囲気で行われる撮影はどこか間が抜けているが、映画の製作自体がかなり危険な行為だった。
そのことが一番端的に表れているのがエンドロール。スタッフクレジットに延々と「Anonymous(匿名)」の文字が続くのだ。
監督のジョシュア・オッペンハイマー氏は現在のインドネシアの状況を、ユダヤ人の虐殺を行ったナチがそのまま政権に残っている状況のようなものだという。インドネシア人にとっては、この映画の制作に携わっていること自体が生命の危機につながりかねない。にも関わらずリスクを省みずなぜ映画制作に関わったのか、共同監督のAnonymous氏に話を聞いた。

「幼い頃からインドネシアの歴史はどこかおかしいと感じていました。そして(スハルト政権を退陣に追い込んだ)1998年のデモに参加したのですが、結局トップがすげ替わっただけで、独裁政治の体制はまったく代わりませんでした。そこでインドネシアの民主化には「人民の力」や草の根運動が不可欠だと思ったのですが、長年の恐怖政治のため農家や小作農たちは政治的主張ができなくなってしまっていました。そんな時に監督からこの映画の話が来たのです」

Anonymous氏はオッペンハイマー監督のアイディアを聞いて、これならインドネシアの人たちに自国の問題点に気づいてもらうことが出来るかも知れないと思ったという。自分一人では成し得ないことにオッペンハイマー監督が力を貸してくれようとしているように感じたのだ。

オッペンハイマー監督は、彼を始めとするインドネシア人スタッフが協力するにあたり撮影地からできるだけ遠い場所出身の人を配し、身元が割れないよう細心の注意払ったとはいうが、このプロジェクトに参加することに危険を感じなかったのだろうか。

「もちろん危険については最初から認識していました。ムニールという人権活動家は、スハルト失脚から3年も経った後に毒殺されました。この国でいまだに昔ながらの政治体制が健在なのです。でも誰かがやらなければいけないことであり、自分には出来ると思ったのでやらずにはいられませんでした。最初は1カ月間だけのつもりでしたが、気づけば7年も関わってしまっています」

1人でも多くのインドネシア国民がこの映画を観ることができるように様々な工夫がなされた。字幕なしのインドネシア語版が無料でダウンロードできるようになっており、また上映会を開きたいという人にはそれがどれほど小さな規模であれ、DVDが提供された。

甲斐あって、本編はインドネシアで350万を超えるダウンロードがされ、2500を越える上映会が開かれた。歴史的な重いテーマを扱っている作品にも関わらず、ユーモラスな雰囲気が漂うトーンに仕上がっており、大仰に身構えることなく楽しめる作品になっていたことが観客の裾野を広げたのかも知れない。

この衝撃的な映画に他のメディアもすぐ呼応した。
インドネシア最大のニュース誌Tempo Magazine誌は、全国の加害者に1000ページにも及ぶインタビューをし、それを75ページにまとめた記事と『アクト』に関する記事25ページを掲載した特大号を発売した。それは発売と同時に全国で瞬く間に売り切れた。

そしてアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にノミネートされるに至ると、大きな流れを変えることができないと判断した政府はダメージコントロールの観点からついに「虐殺は間違った行為だった」と認めるようになったのだ。

まさに「インドネシアには『アクト』以前の世界と『アクト』以後の世界がある」(Tempo Magazine誌編集者)のだ。

最後にオッペンハイマー監督に日本のオーディエンスに何か伝えたいことはないか尋ねた。

「実はこの大虐殺、日本にとっても関係のない話ではないんです。日本で『アクト』の鑑賞トークショーに出演した時、デヴィ夫人から聞いたのですが、当時の佐藤栄作首相はこの虐殺を支援するために私費から600万円献金しているのです」

「また先日ある日本のテレビ局のプロデューサーから『インドネシア政府からの抗議が入るかも知れないので監督へのインタビューはできない』と言われました。インドネシアは日本の大切な貿易国ですから、ソロバン勘定が先にでたのでしょう。でもこの映画をご覧になった方には、ソロバン勘定ではなく、ひとりの人間としてどう生きるべきかというより大きな観点に立って考え、行動してもらえると嬉しいです」

現在渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開中で、全国でも順次公開される。詳しくは公式ウェブサイトのTheater(劇場)情報で確認して欲しい。
(鶴賀太郎)