常見陽平さんの最新刊『「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える』(NHK出版新書)」。平成25年分の社長訓示の他、流行語大賞、「今年の新入社員は◯◯型」などの分析などから「できる人」幻想を斬っている。

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4月も半ばに入り、春から新しい環境に身をおいた人も少しずつ慣れてきたのではないでしょうか。特に新社会人はようやく社内の様子がわかってくるので、そろそろギアを上げて周りから評価されたいと思い始めてもおかしくない頃。しかし過度に「できる人」を目指すのは危険だと警鐘をならす人がいる。

「『できる人』なんて架空の理想像なんです」

そう言うのは人材コンサルタントでもある人気コラムニストの常見陽平さん(常見陽平公式ブログ『試みの水平線』)。

「若者に求める能力として即戦力、グローバル、コミュニケーション能力、起業精神などを挙げる声をよく聞きますが、これらをすべて兼ね備えたら“神様スペック”です」

しかし実際には多くの若者が、「できる人」の幻影に惑わされてしまっているという。

「たとえば入社式の各社の社長訓示は必ずしも就労経験のない新人に送るような内容とは限りません。むしろ現社員に足りないと感じる要素を話したり、社外にIR的なメッセージとして発信していることが多いのですが、無垢な新入社員は真に受けてビビってしまうことがあります。その結果『無理ゲー』(クリアするのが不可能と思われるほど難易度の高いゲーム)を戦わなければいけないと思わされてしまうのです」

背景には恒常化した不況の影響がある。終身雇用もほころびを見せ、ひとつの会社を勤めあげるということが当たり前ではなくなってきた。他方、同じ会社で一生働きたいとする若者の数は過去最高になっている。そうしたギャップの中、どうやったらサバイバルできるかということが働く人たちの大きな問題意識になっており、強迫観念が生まれやすい土壌が醸成されているのだ。

では新社会人や若手社員がそうした声に惑わされないようにするにはどうすればいいのだろうか。

「現実を丁寧にみていく必要があります。たとえばベンチャー社長に煽られてしまう学生は多いのですが、彼らの発言を冷静にみると受け売りであることも多いんです。また『シリコンバレーでは……』とか一般論を自分に都合のいいように煽って話したりもします。そのことをきちんと理解していないと煽られてブラックな働き方をすることになりかねません」

「決して頑張るなとかユルく過ごそうぜということではありません。大切なのはいい加減な言説に惑わされないで、適切な努力をすることです。そのためには現実を丁寧にみていく必要があります」

常見さんの最新刊『「できる人」という幻想―4つの強迫観念を乗り越える』(NHK出版新書)では、「即戦力」「グローバル」「コミュニケーション能力」「起業」という強迫観念を生みがちなキーワードの一つひとつを丁寧に読み解き、その虚実をつまびらかにしているので「できる人」にならなくてはと自分を追い込みがちな人にはぜひ読んで欲しい。

たとえば平成に入ってから25年分の入社式の社長訓示の内容の推移がまとめられているが、それらを見ていると新入社員が社長訓示を必ずしも真に受ける必要がないことが分かってくる。適切な努力をするための正しい現実認識の手助けになるのは間違いない。

そして若者だけでなく上の世代にこそ正しい認識を持って欲しいと常見さんは言う。

「若者たちの可能性にかけようとする風潮がインフレしていますが、若者に責任を丸投げしているだけということになりかねません。『若者の◯◯ばなれ』と言う前に、おじさんの『若者への説教離れ』が必要なのではないでしょうか」
(鶴賀太郎)