市立川越高等学校(埼玉)
近隣や地域と共存共栄していくことも高校野球では大事なこと。秋季県大会準優勝の市立川越高等学校を訪れると、地場に根差した高校野球のいい面が感じられた。
地域の人にみられ、応援されることで、成長する選手市立川越高等学校 新井清司監督
昨年、秋季県大会で準優勝を果たし関東地区大会に進出。関東大会は初戦で強豪横浜の前に屈したものの、最速145kmをマークする左腕上條 将希投手を中心とした、確かな野球は高く評価された。
チームとしては21世紀枠代表候補として埼玉県から推薦された。その後の関東地区の推薦では東京都の都立小山台と競って、最終的には落選となったものの、この秋は納得のいくものであった。 これから、あと一つ上を目指して行くために、この冬の取り組みと来たるべきシーズンへ向けての思いを探ってみた。
「21世紀枠の推薦はねぇ…。そりゃ、代表に選ばれれば嬉しいですけれども、両翼95mでセンターも115mくらいある専用球場もありますし、環境としては恵まれていますよね。 それに、ある程度の練習時間も確保されていますから、困難な状況を克服しているわけでもないですからね」
関東・東京地区の21世紀枠代表候補から漏れたことに対して、新井清司監督は多少の自徴を込めてそう語っていた。それならば、やはり夏は自分たちの力で勝って甲子園を掴み取るしかないということであろう。
とはいうものの、市立高校ということで、地域からの支援は大きい。それに、数年前からは、練習の合間を見ては周辺のゴミ拾いや清掃といった活動も行ってきている。これは、住宅に隣接している場所でもあり、いつも地域の人にも世話になっているので、その恩返しの意味もあるという。「どれだけネットを高くしていても、ファウルボールが飛び出していくことはありますよ。それでも、周囲はみんな協力的で応援してくれています。それは、有難いことですよ。この間も、ファウルボールが出て行ったので謝りに行ったら、『いつも、元気を貰っていますから、これからも頑張ってください』なんて、逆に励まされてしまいましたから」と、新井監督が言うように、本当に地域に根付いた高校野球という雰囲気である。
ウエイトを兼ねたアップ
特別に秀でた選手が選りすぐられて入ってきているというものでもなく、あくまで地元で野球を頑張りたいという生徒が多く入学してきているのだ。それだけに、地域との密着性は極めて大きい。 また、周囲の住民なども出入りしやすいように、グラウンド横にも出入り口があり、練習試合等では近所の人がフラリと見に来られるようにもなっている。ネット裏にも、そうした人たちに対しても観戦しやすいように、スタンドが設けてある。
ある意味では、地域と共存共栄で栄えて行っている地場に根差した高校野球のいい面が感じられるものである。
とり立てて際立った練習法を取り入れているというものでもなく、特別なことをしているというわけでもない。それでも、近年では安定した成績を残している背景は、実はこんなところにもあるのかもしれない。
つまり、人は見られることにより成長し自覚も芽生えてくる。そして、応援されることによって、より自分自身にも向上していく意欲が湧いてくるのである。 市立川越のグラウンドには、そういう空気を醸し出していく何かがあるのではないか…、そんなことを感じさせてくれた。
[page_break:最終的に守りを重視したチームを作る理由は?]最終的に守りを重視したチームを作る理由は?冬のシーズンとはいっても、ある程度温かい日はいつもよりも少しアップの時間が長いくらいでボールを使った通常の練習を行っている。ただ、アップに関しては筋力トレーニングのような道具を用いたり、バットを利用したりということも多い。これは、野球は手を使うスポーツであり、道具を使うスポーツなので、手の動きを道具に慣れさせるためという新井監督のこだわりもある。
タイヤで下半身強化
股関節の強化のスクワットや、バーベルなどを持って体を反転させていきながら腰や体幹を強化していくトレーニングをそのままアップに導入している。 また、別の班はタイヤ押しや体幹トレーニングの定番ともいえるメディシンボールを使用しての運動も、アップの中で取り入れているというのが特徴でもあろうか。
ちなみに、使用しているのは3?のメディシンボールである。重すぎると腰などにかえって負担をかけることにもなるので、この重さがもっとも適切だという判断である。
アップ&トレーニングで体を十分にほぐすと、すぐにキャッチボールとなる。キャッチボールは最初10mくらいの距離で両足は固定したまま、主に肩をほぐす意味合いで軽く投げ合う。そこから徐々に距離を広げていく。もちろん、そうなると下半身を使っていかなくてはいけないが、入念なアップで股関節を含めて下半身はすっかりほぐされているから大丈夫だ。
3?のメディシンボール
通常練習では、その後はトスを行い状況に応じて守備練習を行っていく。ノックは、内野が2カ所、あとは外野陣と投手陣がそれぞれ分かれて行う。これは、広いグラウンドを持っているからこそのものでもある。また、投手陣の中にはロードで10?ほどを走ってくる者もいる。このあたりのメニューも、新井監督はアドバイスはするが、選手個々がある程度は自分の判断でどのようにするのがいいのかということを選択していく。
ノックのボール回しでは、最初はボールがこぼれた場合を設定して、捕球してから故意にボールを後方へ転がし、それを拾って隣りのベースに投げるというところから始める。
メインのノックを打つのは川越商時代のOBでもある諸口栄一コーチだ。スポーツ用品店を営む傍ら、季節になれば狭山茶の製造も行っているというが、自営の強みを生かして時間が許す限り母校のグラウンドに足を運んでいる。他にも、学生コーチなどが頻繁に訪れてノッカーを買って出る。このあたりの繋がり、卒業生が母校に顔を出しやすい雰囲気というのも、地場に根差した市立校としての雰囲気がいいからであろう。
短い距離のキャッチボール
諸口コーチで特筆すべきことは、左右両方でノックを打てることだ。だから、選手はより多くの種類の打球を処理する練習が出来る。ことに、左打ちの時は、左方向へキレていく打球を放ち、野手の一歩目をより早く動かせる。
その間、新井監督は主にネット裏から選手たちの動きを観察している。 「たまにはノックを打つこともありますけれど、オレは、何もしていないんだよ」 と、笑って言うが、監督の仕事の一つに選手を日々観察するということもある。実際、チーム作りということを考えた場合、監督はどれだけ選手を観察しているのかということは非常に意味が大きい。
「やっぱり、チームとしては守りから作っていった方が精神的には強いチームになります。それは、守りの野球を進めていくことで、選手個々が我慢を覚えるようになるからですね。攻撃のチームを作っていくと派手で良いですけれども、どうしても脆いところがあります。7対0で勝つこともあるかもしれないけれども、負ける時も0対7でやられたりしてね。だから、たどり着いたら、守り型の方がいいということですよね」 新井監督のそんな思いや、長い指導歴からの蓄積などもあって、最終的には守りを重視していく野球に重きを置いている。だから、特にオフの期間の練習は守備強化に重点が置かれていくようになる。
[page_break:温故知新!巡り巡って、正攻法でのチーム作り]温故知新!巡り巡って、正攻法でのチーム作りこの秋のチームも、左腕上條投手を中心に守り勝ってきた。そして、3番奈良 龍之介君、4番富岡 弥夏君の中軸がいかに返していくのかということで、勝利のパターンを作ってきた。その結果として、秋季県大会の準優勝だった。
4番の富岡弥夏君
年末には、この中軸の2人と上條君が埼玉県選抜に選ばれて、オーストラリア遠征にも参加してきた。その、選抜チームの指揮を執ったのが新井監督だった。新井監督は8年前にも、コーチとしてオーストラリアへ帯同したことがあったが、今回は指揮官という立場でまた新しい発見もあったという。
「前回行ったときは(オーストラリアは)荒い野球だなと思ったんですけれども、今回は違っていました。技術とパワーはメジャーを目指し戦術は日本的という感じで、バントとかもきちっと決めてくるし、守備もバックハンドで捕る際にも体はちゃんとヘソが前向いているんですよね。元々肩が強いのがそういう捕球出来るから、捕ってからが早いんでしょうね」
もちろん、体力アップも必要だが、そんな技術も伝えていきたいという。 また、投手がワンバウンド投球した場合には、走者はことごとく次の塁を狙って走ってくるという積極的な野球も刺激だったという。結果としては2勝2敗、何とか面目は保ったというところだった。
そんな中で、選抜チームでも4番を任された富岡君は本塁打するなど大活躍したという。 「楽しかったし、(オーストラリアの投手は)それほど凄い、という印象ではなかったです。よく打てたと思います」と、富岡君本人も海外の違った野球を味わいながらも、さらに自信を掴んできた様子だった。
今の時期は振り込みを重視
守りからチームを作っていくという方針に変わりはないが、浦和学院や春日部共栄、花咲徳栄、西部地区では聖望学園といった私学の強豪と伍していくには、「攻撃でプレッシャーをかけていかないといけない」(新井監督)という思いもあるのは当然だ。
秋季大会で準優勝を果たしているとはいえ、目の前には大きな壁がいくつも立ちはだかっているのもまた事実だ。 それを、一つひとつ破っていかなくてはいけない。
「春季大会は、まずは夏のシードを取ること」 第一目標は、そこから始めていく。だからといって、特別なことをするわけではない。基本的には、近年各校で盛んになっているメンタルトレーニングも特に導入はしていない。気持ちを作っていくことは、日々のミーティングの中で十分だからである。
あくまで、正攻法の中で、着実に成果を上げていく。その根底にあるものが、実は地域との共存共栄なのだ。突然グラウンドへ訪れる来客やファンも多く、7人の女子マネージャーたちが、手早く対応していく。そういう細かい配慮も、実はチームとしては大きな戦力になっているようである。 温故知新―― ふるきをたずねて新しきを知る。まさに、その言葉にふさわしいチーム作りである。 一見、昔ながらの高校野球の雰囲気を感じさせながらも、実は今の高校野球の現場では見られないことを大事にしている。 地域の高校野球が目指す形の原型を見たような気持ちにもなった。
(取材・文=手束 仁)