気魄(きはく)と根性でもぎ取った勝利だ。

 第15戦マレーシアGPで、2列目5番グリッドから決勝レースを迎えたダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)は、スタートを決めて1コーナーに2番手で飛び込んでいくと、5周目にはトップに立った。以後の周回では追いすがろうとするマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)をじわじわと引き離して振り切り、第4戦フランスGP以来の今季3勝目を挙げた。

 今回のペドロサは、なんとしてでもマルケスの前でチェッカーフラッグを受けなければならない理由があった。前戦アラゴンGPの決勝レースで、後方から接近したマルケスがペドロサにごくわずかに接触してしまった際、ペドロサが転倒しリタイアするというアクシデントがあったからだ。

 原因は、ペドロサのマシンの後輪の「速度センサーケーブル」が切断されてしまい、トラクションコントロールが効かなくなって、一瞬のうちにマシンから振り飛ばされる、というものだった。

 ごく一瞬のマシン同士の接触で後輪の速度情報を伝達するケーブルに触れ、しかもその配線が切断されてしまうという、およそ起こりえないようなアクシデントだった。

 マシンを開発してきたHRC(ホンダ・レーシング)が、このケーブルの取り回しを20年以上変更していなかったという事実からも、いかにこれが誰にも想像できない事態だったか、ということがわかる。

 これまでもいろいろな不運に見舞われてきたペドロサだが、「ここまでついていないのか」と誰もが溜め息をつくほどの運のなさだ。幸運との巡り合わせの多寡で「持っている」「持っていない」という言い方をすることがあるが、ペドロサほど「持っていない」人も珍しい。

 この転倒で、アラゴンGPでノーポイントに終わったペドロサは、悲願であったチャンピオン獲得の可能性が事実上潰(つい)えてしまった。一方のマルケスはそのレースで優勝し、史上最年少王座へさらに一歩近づいた。

 この天と地ほどの運の開きと結果の差は、偶然的なアクシデントがあったとはいえ、ペドロサにとって面白かろうはずがない。少なくとも表面上は良好だった両者の関係は、これで一気に冷えきった。マレーシアGPの事前記者会見でも、ペドロサはマルケスと目を合わせることはなく、口をきこうともしなかった。

 アラゴンGPの転倒で腰部を打撲したペドロサは、マレーシアGP金曜のフリー走行に鎮痛剤を服用して臨み、午前午後ともトップタイムを記録した。しかし、土曜の予選はマルケスが最速タイムを更新する走りでポールポジションを獲得。一方のペドロサは5番手に沈んだ。

「明日も、鎮痛剤を服用してレースに臨む。効果の持続時間は大きな問題ではなくて、大事なのはスタートに集中できるようにすること。レースが始まってしまえば、リズムにのっていいペースで走っているときに痛みがやって来ても、なんとか堪(こら)えて走りきることはできる。しかし、スターティンググリッドについているときに痛みがあると、集中力が切れるのでいつものようなスタートを決めることができない」

 土曜の夕刻に、翌日の決勝に向けた意気込みを話すペドロサの表情からは、なにか悲痛なものすら感じ取れた。

 ペドロサは、決勝レースではその決意を結果につなげて優勝を飾り、マルケスに対して見事に意地を見せつけた。クールダウンラップを終えて、マシンを停めるパルクフェルメに戻ってきた際、TVカメラに対して見せたガッツポーズも、この勝利が心底うれしかったことをよく表している。

 ポイントランキングでも25点を加算して244点とし、今回3位で終わった現在年間ランキング2位のホルヘ・ロレンソ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)との差を20点から11点へと縮めた。終盤3レースを残した状態でこの点差は、ペドロサにとって逆転でのランキング2位を狙う大きなモチベーションになるだろう。

 また、もしも、今回のマレーシアGPでマルケスの後塵を拝するような結果に終わっていたならば、周囲のペドロサに対する評価が大きく下がっていた可能性もある。それに加え、ペドロサのMotoGPライダーとしての自信にも大きな影響が及んでいたのではないか。

 一方で、今回のレースを2位で終えたランキング首位のマルケス(298点)は、「今日の目標は、(ランキング2位の)ホルヘよりも前でゴールすることだったので、点差をさらに広げることができていい結果だった。ホルヘを抜いた後は、ダニとの距離を詰めようと考えたが、追いつく可能性もあるかもしれないけど転ぶかもしれない、とも思った。だからリスクを取るより、チャンピオンシップのことを考えて20ポイントを獲った方が賢明だと思った」と話している。

 次のオーストラリアGPで、マルケスが優勝してロレンソが3位で終われば、20歳の史上最年少チャンピオンが誕生する。だが、そこでペドロサが優勝をかっさらえば、次戦での記録達成は少なくとも阻止できる。さらに、残る日本GPと最終戦バレンシアGPで、ペドロサが連勝を飾れば、年間勝利数に関しては6勝となりマルケスに並ぶ。

 同じレプソル・ホンダのライダーとして、同郷のスペイン人として、そしてなにより自分も20歳で最高峰に昇格してから8年目のシーズンを迎えるMotoGPライダーとして、ペドロサはせめてそれくらいの意地は見せつけたいと思っているのではないだろうか。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira