4年目の韓国GPが開催され、レッドブルのベッテルが勝利し、王座へまた一歩近づいた。

 韓国GPについて、巷では「観客席はガラガラ」「とんでもない僻地(へきち)」「ラブホテルに宿泊」などという報道も散見される。だが、実際に韓国GPを訪れてみると、そんな声に違和感を覚えずにはいられない。実際にサーキットのある霊岩(ヨンアム)を訪れた者の目で見た事実を伝えたい。

■観客動員数はヨーロッパでのレースと同水準

 決勝のスタートを前に、ヨンアムのコリア・インターナショナル・サーキットには少しずつ観客が増えてきた。そして決勝が始まる午後3時になると、1万6000人収容のグランドスタンドはほぼ満席。曲がりくねったセクター2のアウト側に連なる観客席もそのほとんどがいっぱいになった。

 主催者が発表した日曜日の観客動員数は7万9057人。これはドイツGPなどヨーロッパでのグランプリとほぼ同水準の数字だ。こうしたイベントの公式発表では"水増し"が付きものだが、スタンドの埋まり方を見る限り、その数字は水増しされたものではないと感じられた。席が埋まっている観客スタンドの様子はテレビ中継でもF1マシンの背景にしっかりと映っていたはずだ。

 たしかに、フリー走行が行なわれた金曜日は2万863人で観客の姿はまばらだった。しかし、それはどこの国のグランプリも似たようなもの。ちなみに、バーレーンGPとアブダビGPのサーキットの収容数は5万で、その2倍以上の12万もの収容数を誇るサーキットなのだから、"ガラガラ"に見えるのはある意味当然のことだ。しかし、土曜日には5万8243人を動員、3日間の動員数はのべ15万8163人となった(2012年は16万4152人)。

 もちろん、そのすべてが自分でチケットを購入した人ではないかもしれない。以前から韓国GPは動員を確保するために地元住民に観戦チケットを無料で配布していると言われている。しかし、日曜限定ではなく3日間有効のチケットを持っている観客も多く、それは無料配布のチケットではない。

 今年は、チームウェアに身を包んで応援する観客が着実に増えており、土曜日に行なわれたドライバーのサイン会には大勢のファンが詰めかけた。彼らは3日間有効チケットを購入した人たちであり、ドライバーたちには黄色い声援が飛んでいた。また、今年2月には、英国の雑誌『F1RACING』韓国版に続いて、モータースポーツ専門誌『RACE WEEK』が誕生しており、韓国でもF1ファンは増えつつある。

 土曜・日曜のセッション後には有名K-POPアーティストによるコンサートがサーキット内のステージで行なわれていた。観戦チケット保有者が観覧できるため、それを目当てに訪れた人もいただろうが、こうした試みはシンガポールなど他のグランプリでも行なわれている。日曜には入場ゲートで観戦ガイドや応援グッズ、ウエットティッシュなどが無料で配られ、来場者に少しでも楽しんでもらいたいというおもてなしの心は十二分に感じられた。

 過去、韓国GPで「観客が多い方が嬉しい」というドライバーの声があったことも事実だ。だが、それは数年前の話。これまでは、日本GPという世界一ともいえる盛り上がりのグランプリの翌週に開催されていたため、その落差で「寂しい」と感じていたドライバーがいたかもしれない。しかし、開催25回目を迎える日本GPと4回目の韓国を比べること自体にやや無理がある。

 そもそも、2000年代以降のF1はチケット売上で収益を上げようという興行ではなくなっている。新興国が「国家プロジェクト」として開催するケースが多く、世界へアピールする「広報宣伝費」という名目で予算を投じている。マレーシア、中国、バーレーン、トルコ、アブダビ(UAE)と続いてきた新規開催グランプリは、まさにそのスタイルだ。今後開催を控えているロシアGP、メキシコGPなどもこの路線といえる。

 また、同じく新しいグランプリである韓国GPやインドGPの場合は、対外的なイメージ向上と、サーキット周辺の不動産開発にF1開催を利用しようというのが狙いだ。

 一方、チケット収入に頼る従来のスタイルで開催し続けているヨーロッパのグランプリは、高額なF1開催権料と、開催コストの高騰で採算が取れなくなり、フランスGPなどがカレンダーから脱落していった。そんな中、熱心なファンの来場で開催を支え続けている鈴鹿の日本GPは、シルバーストンのイギリスGP、モンツァのイタリアGPなどと並んで、希有な存在となりつつある。鈴鹿やモンツァ、シルバーストンと同じような観客席の盛り上がりを、開催4年目の韓国GPに求めるのは酷だろう。

■サーキットまでのアクセスとラブホテル問題の真相

 仁川国際空港、またはソウルから、サーキットに近い木浦(モッポ)までは、バスで5、6時間。ソウルから新幹線KTXを使えば3時間半の快適な旅だ(仁川からソウルはクルマで1時間、電車で45分ほど)。フランスのTGVと同じ車両で、乗車券は1等車でも5300円程度だ。

 サーキット付近に電車の駅はないが、そもそも周辺に駅があるサーキットなど世界中に数えるほどしかない。「聖地」と言われるイギリスGPのシルバーストンは駅などない小さな村にあり、観客の多くは最寄り駅のノーザンプトンやミルトンキーンズから1時間近くかけてシャトルバスでやって来るのだ。

 韓国GPの場合、KTXの終点である木浦からサーキットまで無料のシャトルバスが運行されている。タクシーを使ってもサーキットまで30分ほどで片道約1500円。これで「アクセスが悪い」と言うのなら、アクセスのいいサーキットなどほとんどなくなってしまう。

 初年度はソウルからクルマで移動したチーム関係者が多く、そのせいでアクセスが悪いという印象になった。しかし今では、木浦郊外の務安(ムアン)空港まで飛行機を乗り継ぐケースも増え、ネガティブな印象はほぼ払拭されている。今年は、務安空港から名古屋セントレア空港へチャーター便を利用して鈴鹿へ移動するチームも多い。

 次に、宿泊施設についてだが、サーキット周辺のホテルは数軒で、F1ドライバーやチーム首脳陣、VIPゲストなどは全羅南道で唯一の「特1級」というホテル・ヒュンダイに宿泊している。それ以外のスタッフや関係者は、サーキットから車で30分の木浦の街に投宿するが、木浦で宿泊に利用されているのは主にラブホテルだ。しかし、これは日本のそれとは似ても似つかないもの。アメリカのモーテルに近く、ホテルの少ない韓国では、こうしたモーテルを宿泊施設として利用することが多いので、いかがわしい雰囲気もなく、広さも十分で快適だ。

 実は、これはシンガポールでも同じだ。ナイトレースできらびやかなイメージのシンガポールGPだが、レースウィークのホテルの価格は通常の3倍くらいまで高騰する。この期間中、街中の宿泊施設のうち、1泊1万円程度で泊まれるのはラブホテルくらいのもので、グレードは韓国のそれより数段落ちる。

 韓国GPの場合、主催者を通してオフィシャルホテルを予約すると1泊8500円ほど。自力で探して予約すれば1泊500円ほどで泊まれる宿もある。初年度こそ、"ラブホテル"というフレーズに各国のチーム関係者は度肝を抜かれたが、実際に泊まってみると特に問題はなく、今では不満の声は聞こえてこないのが実状だ。

 もちろん、こうした宿泊施設を利用せずに、サーキットから車で45分ほどの光州(クワンジュ)のホテルに宿泊するチームもあり、1泊2万5000円という驚くほどの値段以外に大きな問題はない。

■開催継続へクリアすべき課題も

 サーキットのスタッフが運営に不慣れな面はある。コリア・インターナショナル・サーキットは、普段イベントの開催がほとんどなく、韓国GP開催に合わせて臨時スタッフが集められる。その大半は、英語が話せることを優先して選ばれた人たちだ。

 そのため、サーキット近隣の大学生が多く、マーシャル活動(※)の経験不足やイベント運営・管理に不慣れなのは、開催4年目の現時点ではある程度仕方のないことだ。
※コースサイドでの事故処理や、旗・信号によるドライバーへの警告、消火活動などレース運営に必要とされる実務

 マーシャル活動についてはCAMS(オーストラリア・モータースポーツ連合)からF1でマーシャル経験のあるスタッフが韓国にも派遣され、指導にあたっている。これはシンガポールGPやマレーシアGPなどの開催初期と同様で、こうして世界各国のマーシャルの質は向上していっているのだ。

 なお、今回のレースでマシンがクラッシュして炎上したとき、「二酸化炭素消火器」ではなく、メカニカル部品に悪影響を与えうる「粉末式消火器」が使用されたことに対して、ある国のTV解説者がマーシャルの対応に苦言を呈したというが、使用機材はFIA(国際自動車連盟)が承認・管理するものであって、現場のスタッフを非難するのは筋違いだろう。

 たしかに、赤字を垂れ流し続けている韓国GP開催の存続には黄色信号が灯っている。現時点で22戦が予定されている2014年の暫定カレンダーだが、韓国GP以外にも、アメリカGP、ロシアGP、メキシコGPの開催が危ぶまれている。F1側は、20戦は維持したい意向で、ほかのグランプリの動向次第で、韓国GPに経済的な救済措置が施されてカレンダーに残る可能性も十分にあると言われている。

 普段F1を報じることのないメディアが、レースの現場取材をしてもいないのに韓国GPの問題点を指摘して報じているが、それは、韓国GPへの批判というよりも、F1というスポーツが馬鹿にされているようなもの。そうした報道は、F1の品位を下げることにつながりかねない。そのことに、ファンは気づくべきではないだろうか。

 木浦の街にはF1受け入れ体制が敷かれており、ホテルには英語を話すスタッフが派遣され、レストランにはF1マークのついた看板が掲げられる。写真付きの英語メニューを用意するなど、海外からのファン、関係者にも配慮している。反日感情が盛んに報じられる韓国ではあるが、我々日本人メディアは初年度から嫌な思いをしたことはなく、とても温かく迎えられている。

 木浦で行きつけの焼肉レストランの店員は、1年ぶりにやってきた我々日本人を「おかえりなさい」と笑顔で出迎えてくれ、最後の日には「また来年!」と、笑顔で見送ってくれた。取材現場には、こうしたおもてなしの笑顔があることも伝えておきたい。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki