最近、立て続けにレーシングドライバーを取材する機会があったのだが、意外にも彼らはレース中でも腕時計をつけている。耐久レースやラリーレイドのようなロングスパンのレースの場合は、時間管理がとても大切になる。しかし車内に時計を設置すると振動で壊れてしまうので、腕時計を選ぶのだ。

 彼らには、「メタルブレスレットの時計は使わない」という暗黙のルールがある。これは片山右京さんに教えてもらったことなのだが、アクシデントで車両が燃えてしまった際にメタルブレスレットの時計をつけていると、金属パーツが熱くなって手首の神経を傷つけてしまうのだ。実際、レース生命を断たれてしまったドライバーもいたそうで、それ以来レース中につける時計は必ずラバーやレザーストラップ仕様を選ぶという。

 さて、もうすぐF1日本GPである(10月13日決勝)。

 昨年は小林可夢偉(当時ザウバー)が3位を獲得し、大いに盛り上がった。しかし今年は、レッドブルのセバスチャン・ベッテルの勢いが止まらず、4年連続のワールドチャンピオンを射程圏内に収めている。それでも日本のF1ファンにとって聖地・鈴鹿でのレースとなれば別腹。今年も世界中が興奮する名勝負を期待したい。

 世界中にファンを持つF1レースは、時計業界にとっても特別な価値があり、有力チームには相応の名門時計メーカーが関係している。

 F1自体のスポンサーがロレックス。レッドブルはカシオ、フェラーリにはウブロ、マクラーレンならタグ・ホイヤー、ロータスがリシャール・ミル。そしてウィリアムズにはオリスが、それぞれスポンサーとして名を連ね、ドライバーやチームスタッフに時計を提供している。

 F1ドライバーにも、レース中時計を外さない人はいるが、走行中に時計を見る余裕も必要もなく、どちらかと言えば"お守り"としての意味合いが強い。しかもレーシングスーツの下に収まっていて時計自体が見えないので、広告効果はほとんど望めない。

 ロゴマークがテレビに映ることを期待したいところだが、これも一筋縄にはいかない。

 例えば、レッドブルをサポートしているカシオの場合、マシンのノーズ上面にロゴマークが入っている。しかし、レース中はマシンを真横から映すことが多いので、ロゴマークがほとんど映らない。ましてや今年のレースは、序盤でベッテルが先頭に立ってリードを築き、そのままゴール、という波乱のない展開が多いため、ベッテルのマシンはテレビ中継にもほとんど映らずレース解説の話題にもならない。

 もうちょっとドラマティックな展開に持ち込んで、少しでも長くテレビ中継にロゴマークが映って欲しい...。カシオ関係者は思っていることだろう。

 ここで一計を案じたのが、メルセデスAMGをサポートしている名門時計メーカーのIWC。彼らはルイス・ハミルトンとニコ・ロズベルグに時計を提供しており、ふたりも気に入ってプライベートでも使用中。しかしハミルトンもニコも、レース中は時計を外してしまう。

 これではアピール力が弱いと悟ったIWCは、レーシンググローブの左手首部分に腕時計のイラストをプリントして、「時計をつけてレースしています」というビジュアル戦略を作り上げた。狙いは、ドライバーの背後からステアリングさばきを映すオンボードカメラの映像である。

 しかも今年のメルセデスは、予選はめっぽう強いがタイヤ戦略に難がある。決勝レースが始まるとずるずると後退して後続のレッドブルやフェラーリに追いつかれるという役回りなので、抜きつ抜かれつの攻防が多く、激しくステアリングを操作しているオンボードカメラの映像がたくさん流れることになる。

 こうなるとIWCにとっては、さらに美味しい展開。左手首の時計イラストが頻繁に国際映像に映り込んでくる。おそらくランキング1位のレッドブル×カシオよりも、ランキング3位のメルセデス×IWCの方が、露出時間は長くて印象にも残るだろう。これはIWCの作戦勝ちである。

 今年、25回目という節目を迎える鈴鹿サーキットでの日本GPは、レースを楽しむ一方で、メルセデスのオンボードカメラの映像にも注目して欲しい。ルイス・ハミルトンやニコ・ロズベルグの左手首で、IWCの時計が強烈に主張しているはずだ。これがレース界における最も旬なプロモーションテクニックなのである。

 今年はメルセデスAMG・ペトロナス・F1チームとのパートナーシップを記念したモデルが多数登場。メルセデスのレーシングカーの俗称である"シルバーアロー"(ドイツ語ではジルバープファイル)をイメージした『インヂュニア・クロノグラフ・ジルバープファイル』は、ケースバックに1934年当時のマシンが刻印される。自動巻き、SSケース、ケース径45mm。111万3000円。

篠田哲生●文 text by Shinoda Tetsuo