レースが終わると同時に群衆がコースになだれ込み、モンツァサーキットの長いメインストレートはあっという間に熱狂するフェラーリファンで埋め尽くされた。

 そのほとんどが真っ赤なウェアやキャップで身を包み、跳ね馬の旗を打ち振る。巨大なロゴの横断幕まで登場した。優勝したセバスチャン・ベッテル(レッドブル)には、表彰台の下を埋め尽くした群衆から容赦ないブーイングが浴びせられる。

 イタリアGPはフェラーリのためのグランプリ。

 ベッテルは苦笑いしながらも、表彰台から見えるその壮観な光景に、あらためてフェラーリの存在の大きさを感じた。

 この週末、華やかな地元グランプリを迎えたはずのフェラーリだったが、彼らの身にはなぜか災難が降りかかった。

 夏休み頃から囁(ささや)かれ始めたフェルナンド・アロンソとチームの不仲説が、ここに来て再燃。モンツァのパドックでは「アロンソがマクラーレン移籍を考えている」との説までまことしやかに囁かれるようになった。

 そして、予選後にもひと騒動あった。予選では2台のマシンで編隊走行をし、スリップストリームを使いあって少しでも空気抵抗を減らし、上位グリッドを狙う作戦を採った。

 しかし、その過程でアロンソが「フェリペ(・マッサ)が離れすぎている! 君たちは最高だな!」と皮肉交じりに話した無線交信だけがテレビ放映に乗り、フェラーリがこの作戦に失敗していよいよアロンソとチームとの関係が悪化したとメディアが色めき立ったのだ。

 実際にはこのスリップストリーム作戦は成功し、フェラーリは第2戦マレーシアGP以来ベストとなる予選4位・5位という結果を得た。

 アロンソは呆れ顔でこの騒動を切って捨てた。

「この3、4戦、ずっとそうだよね。なかには、いまだに僕らの間に不和を生じさせようとしている人もいるみたいだけど、僕らにはもっと重要な信念がある。僕らの間に不和なんて存在しないし、常にタイトル獲得に向けて戦っている。記者会見ではいつもそう説明するけど、そんな当たり前のことを書いても新聞が売れるわけじゃないからね」

 そこには、レッドブル独走の今季、読者の興味を失わせないように話題づくりをしようというイタリアメディアの思惑が透けて見える。また、佳境を迎えた来季のシート争いで、自分たちの交渉を有利に進めるために一部のチーム関係者やドライバー陣営が意図的にこうした噂話を流していることも想像に難くない。

 現状のフェラーリのマシンは、レッドブルには遠く及ばない。通常の空力パッケージを使用するサーキットではメルセデスAMGやロータスにも及ばない。しかし、このイタリアGPでは、モンツァ用パッケージが不発だった彼らを打ち負かすことはできた。その点では、フェラーリは地元グランプリで幸運に恵まれていたことになる。

 決勝ではアロンソの走りが光った。

 スタート直後を勝負どころと見た5番グリッドスタートのアロンソは、2周目からマーク・ウェバー(レッドブル)に猛攻を仕掛け、3周目にアグレッシブな追い抜きでオーバーテイク。2台横並びのサイドバイサイドでシケインを曲がり、ウェバーのフロントウイングがアロンソのリアタイヤに接触するほどの超接近戦だった。その後2位まで浮上したものの、すでに大きく先行していた首位ベッテルに追いつくことができないまま周回を重ねていった。

 だが、フェラーリ陣営は勝利をあきらめていたわけではなかった。

 23周目にベッテルがタイヤ交換のためにピットインすると、フェラーリはここで一縷(いちる)の望みを賭けて勝負に出た。

「展開によっては勝てる可能性もあると思っていました。レッドブルのタイヤが最後にタレれば、逆転の可能性はあったと思います。ベッテルの方が第2スティントが長いから、そのチャンスに賭けるしかなかったんです」(フェラーリ・浜島裕英エンジニア)

 アロンソは27周目まで粘ってからピットイン。つまり、第2スティントはベッテルよりも4周"若い"タイヤで勝負を挑むことになった。

 だが、ベッテルはタイヤをうまくマネジメントして使い、最後までペースを落とすことがなかったため、アロンソに逆転のチャンスは巡ってこなかった。しかし、ウェバーの猛追を抑えきって2位を獲得。大観衆の前で表彰台に上り、地元グランプリで面目を保った。

「セバスチャン(・ベッテル)とのギャップを縮めるのは不可能だったから、僕らは最後までマーク(・ウェバー)と戦うことになった。2位というのは良い結果だし、モンツァの表彰台セレモニーは1年の中で最も感動的な場面のひとつ。できれば来年もここに戻ってきたいね。もちろん真ん中で」(アロンソ)

 レース後、浜島エンジニアはピットガレージ裏に積まれた使用済みタイヤを見ていた。アロンソがスタートから使用したミディアムの左リアタイヤには、ショルダーのピレリロゴの脇にシャープな傷跡がはっきりと残されていた。

「タイヤのショルダーのところにしっかりとカットの跡が残っています。もう少しでベルトまで届いてしまうところでしたね。何もなかったのはラッキーでした。データ上は、内圧など何も問題はありませんでしたけどね」(浜島)

 つまり、フェラーリとアロンソの地元グランプリは、スタート直後に大きく後退という悲惨な展開になっていた可能性も十分にあったのだ。

 今回のイタリアGPで、タイトル争いに名を連ねるルイス・ハミルトン(メルセデス)とキミ・ライコネン(ロータス)は、パンクやウイング破損に見舞われて下位に沈んだ。アロンソはこの2位獲得で、トップを独走するベッテルの対抗馬3人の中で頭ひとつ抜け出すことになった。

「状況はとても厳しいし、セバスチャンが何度かリタイアしなければタイトル奪還は難しいかもしれない。でも僕らはあきらめない。最終戦まで戦い続けるよ」(アロンソ)

 周囲の雑音が騒がしく、災難続きの地元グランプリではあったが、そんな中でもフェラーリはあきらめることなく勝利を追い求め、そして幸運に支えられていた。それは小さな幸運だったかもしれないが、あの熱狂の表彰台に上ることの意味の大きさを考えれば、フェラーリとアロンソにとって何ものにも代えがたい幸運だったかもしれない。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki