「イラストでもあまちゃん」その3(木俣冬)

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9月1日防災の日の翌日、「あまちゃん」133回で、2011年3月11日が描かれました。
親友アキ(能年玲奈)の晴れ舞台・コンサートを見るため東京へ向かおうとユイ(橋本愛)が乗った列車は、地震によってトンネルの中で停まってしまいます。
携帯もつながらず、状況がわからないことに業を煮やした大吉(杉本哲太)がトンネルの外へ確認に向かうと、眼前はーー。

「道がなくなってたの。線路が途中で終わってたの」

火曜134回、夜になってようやく電話のつながったユイがアキに告げたセリフに胸がえぐられました。

ドラマの中で地震による被害の実景はほとんど出てきません。オフィスハートフルでアキたちがテレビのニュースを見ているシーンはありますが、その画面は映りません。
セリフによる状況説明と、北三陸の観光協会で菅原(吹越満)が作っていた町のジオラマが崩れた様子で想像させるようになっています。
それだけで充分、あの日、日本にいた者なら、まざまざと光景が浮かんできます。
さらに、実際の映像が出ないことによってドラマは、東日本大震災だけではなく、長い地球の歴史の中で起こってきた多くの悲しい出来事の記憶を包括している気がしました。

3月12日に行われることになっていた「コンサートは延期になった」とアキに告げられて、ユイが「中止だよ」と言い、「もう行けない。こわくて行けない。アキちゃんが来てよ」と叫んだとき、テレビを見ている、いや、見ていない人も含め、たくさんの人が生きていてぶちあたる絶望や喪失感となって響きました。

「あまちゃん」23週(9月2日〜7日、133〜138回)は「おら、みんなに会いでぇ!」のサブタイトルのように、アキが世界を覆う絶望や喪失感を受け止めて、自分はどうするのかを問いながら、大きな被害を受けた北三陸の人々の元へ向かう決心をする心の流れが主として描かれましたが、アキを取り巻く人たちの、とてつもない出来事に見舞われたときの各々の向き合い方もきっちり描かれ、それが大きな力となりました。

 北鉄を走らせた大吉  

23週は大吉のあらゆる言動が男前過ぎるほどでした。
地震が来たとき、まずブレーキをかける指示を出したこと。
トンネルに閉じ込められると、乗客を不安にしないように明るく振る舞い続けたこと。
ひとり果敢にトンネルの外を見に行ったこと。
そして、地震が起こった5日後にいち早く北鉄を走らせたこと。
すべての判断がかっけーかったですね。

トンネルを進むとき、十八番の「ゴーストバスターズ」を歌うところも効いていましたし、そのとき列車のライトが大吉の行く先を照らすことによって、これまで道化を演じてきた大吉にスポットライトが当たったかのようでした。
大吉はそっと振り返って、ライトをつけた運転手(でいいのかな)に合図してまた歩き出す。北鉄職員が支え合う姿にもシビれました。


 まめぶじゃなかった安部ちゃん  

奈落でレッスン中に地震が起きたとき、安部ちゃん(片桐はいり)は腕を羽にようにしてアキをしっかり包みました。
安部ちゃんは北三陸で海女をやっていたときから、アキのことをいつも守っていました。アキは本当にたくさんの人たちの愛に育まれています。
さらに、安部ちゃんは、事務所で待機している間、豚汁をつくってGMTとアキにふるまいますが、皆「まめぶじゃないんだ」と意外な顔。
「まめぶ食べて文句言いたかった」なんて言われもしますが、安部ちゃんは、みんなが大変なときに、まめぶ推しをすることが自我に思えて抑制したのではないでしょうか。優しくて謙虚な人ですよね。

安部ちゃんは北三陸には帰らず、東京に残って仕事を続けるのです。

 アキを見送る種市  

帰らないのは、安部ちゃんだけではありません。
種市(福士蒼汰)も、一人前の寿司職人になるまでは故郷へ帰らない決意です。
木曜136回、アキが北三陸に行くことを決意して深夜バスに乗り込むとき、卵焼きを作って届けます。
出発直前、ふたりは「南部ダイバー」を歌って別れます。ここは、53回、種市が東京に行くとき「南部ダイバー」を歌って別れる場面を、アキが深夜バスの中で泣きながら卵焼きを食べるところは、66回で、アイドルになろうと思ってこっそり東京に行こうとするアキが、夏にもらったウニ丼を列車の中で泣きながら食べる場面を思い出させます。

種市はアキに「遠距離恋愛がんばっぺ」と言いますが、遠恋って難しい。これからふたりはどうなるんでしょうかね。


 東京に残る春子  

安部ちゃん、種市、さらに春子(小泉今日子)も東京に残ります。
地震のあと、すぐさま東北へ慰問に行く芸能人たちがたくさんいる中、北三陸出身の3人がそろって故郷に戻らないことが、東京人としては意外ですが、気にはなっても様々な事情で戻れないという人たちがいるのだなあと思い知らされました。

地震の被害によって何かと自粛傾向にある世の中で、映画「潮騒のメモリー」も公開後一週間で打ち切りとなり、精神的に参っている鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)に対して、春子は「東北の人間が働けって言ってるんです!」と発破をかけます。このセリフを言わせた宮藤官九郎の思いきりがすばらしい。


 売名行為なのか太巻 

クドカン先生の筆はさらに冴えます。
差し入れにベーグルを用意して東北に向かったものの、行く先々で貴乃花親方と一緒になって、先方の用意したちゃんこに勝てず、目立てないと嘆く太巻(古田新太)。そんなだから売名行為といわれるのではとチクリという河島(マギー)。
そう。「売名行為」とハッキリ言わせてしまうのです。それだけでなく、甲斐(松尾スズキ)に「どうせ売名行為だろうけどさ、ニッポンを元気にしてるよね」とも言わせます。言葉は平易だけれど、矛盾に満ちて、割り切れない、複雑な思いを感じさせるセリフですね。
さらに菅原には「だって被災地だもの」と言わせてしまうし、これらはすべて、宮城県出身のクドカン先生だからこそ書けた、腫れ物に触らないようにしないセリフです。
傷を負った人にどう接するか、これ、「あまちゃん」初期からずっと描いてきたことなんですよね。

 お構いねぐ。の夏ばっぱ 

地震が起こるちょっと前に携帯をもつようになった夏ばっぱ(宮本信子)。
3月11日の夜、「ご心配ねぐ」とアキにメールをしてきました。その後、アキが「今年の夏は潜らないよね」とメールすると「お構いねぐ」と返信。

夏の素っ気なさが気になりますが、老人だしケータイに慣れてないからメールが短文になってしまうこともありがちなこと。それよりも当事者しかわからない思いがあるのだろうという気もします。

そして、夏は潜りをやめることはありませんでした。
夏や北三陸の誰もが明るく上を向いて生活を続けていますが、夏が崩壊した海女カフェでふと漏らした「誰のせいでもねえんだ 自然のいいところばかり利用して自然の声に目をそむけてそのうち忘れてしまう それが人間の傲慢さだ」というセリフはウニのトゲのようにチクリとしました。

 なんで忘れられているんだ・・・ヒロシ 

火曜134回、被害を受けた町の復興に励む大吉、吉田(荒川良々)、ヒロシ(小池徹平)ら北三陸の男たちは実に男らしかった。
違うドラマなんじゃないかと思うほど表情も口調が違っていました。
いつもスナックでおバカに振る舞っている彼らの裏側にあるものが透かし見えた気がして、ドキリとなった瞬間です。

ヘルメットをかぶって作業するヒロシは本当にかっこよかったのに、アキは彼のことをまったく覚えていなくて、みんなの笑顔を思い出すとき、ヒロシパパ(平泉成)のアップに見切れてしまったかのように存在しているだけという残酷さ。

ヒロシは、夏の家で、勉さん(塩見三省)とふたり階段に座っていたけれど、このまま影は薄いが魅力的なキャラとして勉さんの跡を継ぐことになるのでしょうか。


 彼氏ができたユイ

再会したアキに「ついてない女だと思ってたけど不幸通り越して悪運強いのかと思うようになった」と言いながらも、なんだか元気のないユイ。
ハゼ・ヘンドリックス(この絵がすごい)という彼氏ができたそうで、小太りの愛犬家(81話)とはとっくに終わっているようです。
それにしても種市以外、ユイは非イケメンばかり選んでいますが、自分に優しくしてくれる人がいいようですね。

アキとユイの関係をずっと見てきて、ふと「赤毛のアン」のアンとダイアナの関係も想像しました。
孤児院から村の老人夫婦のもとに引き取られたアンは、地元ではかわいく聡明だったダイアナと仲良しになります。やがて、アンは成長して美しく聡明になっていくのと逆に、ダイアナはちょっと太って「そんだけんど」なんて訛るおばちゃんになっていくことを気にします。それでもアンはダイアナが大好きで、ふたりは強い友情でいつまでも結ばれているのです。
アキとユイはこれからどうなっていくのでしょうか。潮騒のメモリーズは再結成してほしいな〜。

 泣いてばかりでミズダクのミズタク  

ミズタク(松田龍平)、一回、結界超えたら、泣き虫になってしまったようで、ミズタクならぬミズダク状態です。
アキとGMT5が音楽番組で「地元に帰ろう」を歌うのを聞いて泣きそうになり、太巻に「泣くなら外へ」と言われてしまいます。

どれだけアキに思い入れてるのか、ミズタク。
種市から一度キスしたと聞いて、「自慢するなよ」「自慢するなよ」と2回言ってしまうほど、ダメージを受けてしまうところも微笑ましい。
北三陸の男たちがシリアスな表情を見せるように、この人は、社会人になって隠してきた自分の別の側面を出しはじめているのかも。泣き虫だったり、すぐ激情してしまったりする自分を。

ミズタクがなんでここへ来て葛藤しているのか、というと、春子の代わりなんじゃないでしょうか。
春子がヤング春子時代のこじらせを解決してしまったので、作劇的に葛藤キャラが必要だったのではないかと思います。
なぜ葛藤キャラが必要かというと、アキは悩んでいるとはいえ、基本はシンプルで真っ直ぐで、春子に中途半端といわれてしまうくらいいろいろ流されてしまう人物。
その代わり周囲の人物が、うまくいかない世の中にわだかまりやもどかしさなどを抱えて立ち往生することでドラマが陰影を増すのですね。
ミズタク、悩み始めたときから、人気があがっているので、まだまだ悩んで、春子に心の声を代弁してほしいものです。


たくさんの人たちが悩んだ23週。忘れてはいけない、目を背けてはいけないことだとわかりつつ、思い出したくない傷をあえて描いた週でしたが、訓覇圭プロデューサーは映画「外事警察 その男に騙されるな」(12)でも東日本大震災以降の日本を細心の注意を払いながら描いていましたし(それをメインに描いているわけではありませんが)、演出の井上剛は、阪神・淡路大震災を描いた「その街のこども」(10)を演出しています。だからこそ今回も東日本大震災をどう描くか試行錯誤したことを感じさせる描き方でした。

井上Dは訓覇Pが制作したドラマ「ハゲタカ」(07)で、大友啓史、堀切園健太郎とともに演出を担当し、「龍馬伝」(10)へと続く独特の映像を追求したスタッフのひとり。「あまちゃん」のチーフDとして故郷編の最初と最後、東京編の最初という重要なところを抑えています。
18週で、春子、アキ、正宗の三人を「ひとりっこ」同士で団結させた回も井上演出で、23週では春子と正宗のヨリが戻ったことが明言されました(良かったー)。この天野家(黒川家?)の姿に、家族というカテゴリーに甘んじるのではなく、ひとりひとりが自立して機能したときこそ、家族は本当に力を発揮するのだなと思わされました。

アキは鈴鹿の言葉に背中を押されて「日本一の天野アキになります」と宣言しますが、アキに限らず、誰もが自分の個性で勝負することが大切。だからなのか「あまちゃん」は脇役にもやたらと強い主張があります。
アキが思い浮かべた北三陸の人たちの笑顔も各々印象深いし、135回、アキを取材した記者役・滝藤賢一(「半沢直樹」の近藤役)、136回、「静御前」の監督役の古舘寛治(舞台や映画、CMで活躍)など一瞬の出番でも印を残す俳優たちを起用していました。
天野アキで勝負する精神は、「ぼくの職業は寺山修司です」という言葉を思わせます。こう言っていろいろなことをやっていた寺山も東北(青森)出身です。

24週は、「おら、やっぱりこの海が好きだ!」。海女カフェ復活するか!(木俣冬)

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