「自分の人間性をどんどん出すようにしている」と馬場ストアマネージャー(後列中央)。犬塚さん(左隣)は「裏表がないから、私たちも話しやすいんです」という。

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■業績好調の秘訣は「本気の宴会」にあり

福岡県を中心に店舗を展開するスーパー、ハローデイグループ。その足原店(北九州市)で牛乳やヨーグルトなどのデイリー部門を担当するパート従業員、犬塚美香は仕事を終えるとそのまま店で食事と買い物をし、ほかの従業員と会話を楽しみ帰宅するのが日課になっている。

「『明日仕事に行きたくない』と思ったことが一度もありません。仕事をして、みんなとおしゃべりして帰ることがいま、とても幸せなんです」(犬塚)

ハローデイでは全体の約9割を占めるパート従業員を「パートナー」と呼び、「働きたいスーパー日本一になる!」を会社の目標として掲げている。犬塚が仕事を楽しく感じる背景には、会社の目標を受けて社員が本気でパートナーを楽しませようとしていることがある。

たとえば年末にホテルの宴会場を借り3000円の会費で行われた忘年会には、パートナーを含む全従業員156人のうち130人弱が参加した。高い参加率の理由を、足原店の馬場隆之ストアマネージャーが説明する。

「義務で出席し、偉い人のスピーチを聴くだけの忘年会なんて全然おもしろくない。我々は社員で早食い競争をしたり、若い社員と67歳のパートナーさんでキャンドルサービスをしたりと、いろいろな企画を用意しました。いい思い出になるし、何より『来てよかったな』と思わせたい」(馬場)

その徹底振りには驚かされる。年末の忘年会では、社員がパートナーを笑わせるために、ドリフターズの番組を真似たコント集を作成した。事前にビデオで撮影し、当日大スクリーンで上映したのである。エンドロールには全従業員の笑顔を撮影して流した。

「思った以上に笑ってくれて、企画した側も感動していました」(馬場)

そのほか、年1回の日帰りバス旅行も欠かさない。大型バス2台を貸し切り、総勢80人のパートナーが参加する。バスの車内でも企画が用意され、景品も当たるという。

仕事と関係のないイベントに張り切って取り組んで何の意味があるのか、と思われるかもしれない。しかし足原店は開店当初21億円だった年商を毎年1億円強ずつ伸ばし、直近の年商は26億円。ハローデイ全体でも19期連続の増収増益である。(※2011年9月当時)

人口減少や大手チェーンの進出により厳しい環境と思われる地方都市で、これほどの好業績である。足原店にはその秘密を探りに全国から視察者がやって来る。

「正直、特別なことはしていないんです。競合店を意識しての価格政策も全くしていません。ただ、スーパーとは思えないような、来た人がびっくりするお店をつくりたい。お店をきれいにしたり、楽しい陳列をしたり、珍しい商品をつくったり。そういったことにずっと取り組んできただけです」(馬場)

そうした事柄を徹底するには、パートナーの活躍が必要不可欠。そこに「楽しさ」が効いているようである。ハローデイの社風の特徴は店長やチーフなどの役職者とパートナーの距離が近く、気軽に話しやすいことだという。そのため、同業他社から中途入社した社員は困惑することがある。

「以前、パートナーさんに『言うことを聞かないなら辞めてもいいですよ』と高圧的に言う中途社員の方もいましたが、そういう人は社風に合わず辞めていかれますね」(馬場)

上下関係の権力的なアプローチを用いず、馬場はどのように組織をコントロールしているのだろうか。定期的な会議は現場部門のチーフと行うだけで、あとは朝礼があるのみ。しかもパートナーは人数が多いうえ、1日に働く時間が4時間程度であることが多い。そこで馬場が行っているのが「自分から現場へ出向いて話をする」。

「犬塚さんのような各部門の中心人物とコミュニケーションを取る。仕事の話だけでなくバカ話もします。ただ、長話をしていたら仕事が滞りますから、1日にそういう時間が10分取れたらいいほう。教育には時間がかかります。その回数をどれだけ増やせるかです」(馬場)

デイリー部門の発注を任されている犬塚は、馬場から多くのことを教わっていると言う。ただし、馬場はパートナーに数値目標を持たせていない。業種や社員とパートの違いはあるにせよ、この点はグーグルや富士ゼロックスとは異なる。その理由はなぜか。

「店が楽しくなくなるからです。一時期、大赤字で売り上げばかり言わないといけない店を任されたことがあるのですが、お店が楽しくなくなってしまった。そうすると従業員は早く帰りたくて店で買い物もしてくれなくなります。お客様の来ない店には暗い波動があって、いい波動がある店にはお客様が来てくれる。波動という表現は非科学的ですが、たとえば従業員が殺人的に忙しく働いている店にその友達は来ないし、余裕があって楽しく働いている店には『○○ちゃんがいるから行こう』となりますよね」(馬場)

一方で、パートナーが多くの仕事を任されるのは負担が大きくないか。そう犬塚に尋ねるとそれは逆だという。

「私が発注したものが売れると楽しいし、やりがいを感じます」(犬塚)

もともと犬塚がハローデイで働くようになったきっかけは、自分が客として受けたサービスにあった。犬塚には障害を持つ子供がおり、最初は「子供が騒いで迷惑をかけるのでは」という心配から、早く買い物をすませて帰ろうと考えていた。ところが行くたびに店長やスタッフが、「ここでストレス発散していってね」と声をかけてくれ、いつの間にか店が心休まる場所になっていったのだ。そして子供が成長し手がかからなくなったのを機に犬塚はハローデイで働き始め、一部門を任されるようになった。いい波動に犬塚が引き寄せられ、さらにいい波動を増幅しているといえよう。

ハローデイの本部(同社はサービスセンターと呼ぶ)では朝礼で「笑いの練習」を行っている。司会者の号令で、みなが大声で笑い出すのである。

「隣の人はいい人だ、わっはっは。うれしいなあ、わっはっは……」

「笑いの朝礼」を始めた加治敬通社長は言う。「社内を明るくするのが目的です。社員が暗い顔をしているお店に来たいと思うお客様はいないから」。いい波動を起こすための取り組みをトップが率先して行っているのだ。

今回の3つのチームに共通しているのは、プライベートまで含めたお互いに理解を深めるコミュニケーションと、気楽に真面目で前向きな対話が組織のあちこちで行われていることであろう。それらが近年、効率化の名目で多くの企業でそぎ落とされてきていることを考えると、まずは組織に健全な笑顔を取り戻すことが業績向上の処方箋のように思える。

(文中敬称略)

■名リーダーは「ポジティブな期待外し」の達人である
●甲南大学特別客員教授 加護野忠男

松下幸之助さんや本田宗一郎さんなど、名経営者には結果としてユーモアを感じさせる発言や行動が多々あった。笑いを取ることが目的だったのではない。それをもたらしたのは「ポジティブな期待外し」である。ポジティブな期待外しとは、相手の期待を読み、それを超えることだ。

こんなエピソードがある。かつて松下電器産業(現パナソニック)はトヨタ自動車からカーラジオの価格に関して毎年3%のコストダウンを求められていた。ところがある年、突然3割のコストダウンを要求された。当然、事業部は無理だと回答するつもりだった。ところが松下さんは「設計を根本から見直せば、毎年の3%よりも3割のほうが簡単だ」と言った。これは期待外しの一つと言えるだろう。それによって、人々の視点転換を促したのだ。

期待外しをするには、全体状況を読み、その中で相手の気持ちを理解し、相手が何を期待しているかを瞬時に読み取ることが必要である。

笑いの絶えない職場では、メンバー同士が仕事の状況だけでなく相手の人間性をよくわかっているものだ。不躾に冗談を言い合うだけでは他人を傷つけてしまう場合がある。

ポジティブな期待外しは、顧客に期待以上の商品を提供し、従業員に期待以上の処遇を提供するためにも必要だ。

(宮内 健=文・構成 浮田輝雄、笹山明浩=撮影)