夫婦ともに31歳にして映画監督。イマドキの若者、今泉力哉・かおり夫妻の“シゴト”と“日常”
共働き夫婦が多数派となった今の世の中でも、夫婦そろって映画監督というのは珍しい。夫の今泉力哉は自主映画からプロの世界に進出した期待の若手で、新作『こっぴどい猫』が7月末に公開されたばかり。妻の今泉かおりは自身の少女時代の体験をもとにした『聴こえてる、ふりをしただけ』(公開中)が今年2月のベルリン国際映画祭で子ども審査員特別賞を受賞。1981年生まれの同い年で、ともに新時代の旗手として注目されるふたりの“シゴトと日常生活”に迫る!
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―おふたりのなれそめは?
力哉 自分が演劇・映画系の専門学校の事務局で働きだしたとき、ヨメが映画監督コースの生徒だったんです。2007年かな。
かおり 夫は授業で講師の方の助手を務めていたり、彼自身もすでに自主映画を作っていて。その流れで私の卒業制作の短編映画を手伝ってもらいました。
―専門学校の前、かおりさんは大阪で看護師をされていたんですよね。
かおり はい。今も普段は看護師として働いています。地元・大分の看護大学を出て大阪の病院に勤め始めたんですが、初めて都会に住んだので楽しくて。休日はいろいろ遊び回ってたんですね(笑)。
―そんななか、ふと足を踏み入れたミニシアターで自主映画の世界に出会った。
かおり いわゆるプロじゃなくても、自分の思いを映画という形で表現している人たちがいることに衝撃を受けました。「私も映画を撮ってみたい」と思い立ち、東京に出てきたんです。
力哉 ヨメと自分は作風もテーマの置き方も全然違うんです。撮るスタンスも真逆というか、俺は商業用の企画も自主映画も織り交ぜて撮りますけど、ヨメは“撮りたいものができたら撮る”タイプ。もちろん、彼女は看護師の仕事が日常のベースなので、いつ映画にかけられる時間が取れるかわからないってこともあるんでしょうけど。
―『聴こえてる、ふりをしただけ』は看護師の仕事と両立しながら撮られたんですか?
かおり いえ、実は育児休暇を利用したんです(笑)。ちょうど最初の子供が生まれたばかりの頃に、うまい具合に映画を撮るチャンスをつかむことができて。実際のところ、看護師と映画作りは……絶対両立できないですね! 一度、フルタイムで看護師をやりながら5分の短編を撮ったことがあるんですが、もうホントに疲れ切ってしまって。だから看護師を続けるなら、映画を撮るのは無理だなとあきらめていたんですけど……。
力哉 まさかのタイミングで、娘の誕生。ウチら、“できちゃった結婚”なんです。でも、そのおかげでヨメは映画を撮ることができた(笑)。
かおり しかも、その作品の宣伝活動をしている今は、ふたり目の子の育児休暇中(笑)。たまたまなんですけどね。
―映画の神様が降りてきた奇跡ですね(笑)。しかし、ともに31歳という若い映画監督がふたりの子供を育てるのは、経済的にも大変なのでは?
力哉 最初に子供ができたとわかったときは、今の状態で結婚しちゃって大丈夫かな……という不安が正直、ありましたね。
かおり でも、私は自分に看護師の定収入があるし、なんとかなると思っていたんです。彼には面白い映画をどんどん撮ってもらって、私はママさん看護師として生活を支えようと。結婚したときは、まさか自分が撮るとは思ってなかったです(笑)。
力哉 そもそも俺、稼ぎに関してはすごい無頓着で。金銭管理は全部ヨメ任せなんですけど、幸い今は自分もうまく仕事が回っていて。踏み出せば意外になんとかなるもんだなと(笑)。
■「この人、私と離婚したいのかな?(笑)」
―おふたりは夫婦でありながら、映画を作る人間としてライバル同士でもあるんですよね。
かおり 張り合う感じとかは全然ないんですけど、映画のことではしょっちゅう夫婦ゲンカしますね。特に脚本に関して!
力哉 ヨメはどっちかっていうと、ちゃんとつじつまを合わせたり、真っ当な話の提案をしてくるんですね。でも俺は「それだと超普通になるからヤだ!」って(笑)。でも最終的にその意見を受け入れた形でまとめられたとき、自分の映画は成功してるんです。だから、ヨメにはいつも必ず相談します。
かおり 今回の『こっぴどい猫』はすごく面白かったですよ! ……って、偉そうですけど(笑)。
力哉 この作品では、落としどころに向けての展開にヨメの提案を取り入れましたね。
―ほかに夫婦ゲンカするのはどんなとき?
力哉 単に俺がなかなか脚本を書けなくて、よく八つ当たりします。クランクイン前とかずっとパニクってるんで、そんなとき「今日、子供と出かけて楽しかったよ〜」みたいな話をされると「何を〜! 俺はこんなに苦しんでるのに!」って(笑)。
―典型的なダメ男です!(笑)
かおり 親なら、自分の子供がかわいかったって聞いたらうれしくなるじゃないですか。だから癒やされるかと思って話したら、なぜか逆ギレされて(笑)。
力哉 そういうときは俺が家にいるとモメるから、子供の世話も任せてマンガ喫茶で作業したりとか。でも、まったく書けずに帰ってきたり(笑)。
―そんなダンナにかおりさんが怒ることはないんですか?
かおり しょっちゅうですよ! この人、片づけしないんで。
力哉 俺は子供か!(笑)。まあ、息子がもうひとりいる感じかも。
―そういえば力哉さんの映画は、ご自身の恋愛体験が生々しく反映されているものが多いですよね。それを奥さんに観られるのはどんな気分ですか?
力哉 ホント、自分のことばっかり出しちゃってるんで。最近だと、結婚してるけど子育てをちゃんとできていない男の話とか(笑)。特にヨメに対しての愛情があやふやな男の映画とかを作ると、彼女は不安みたいで。
かおり そりゃあ思いますよ、「この人、離婚したいのかな?」って(笑)。登場人物の設定も身に覚えがあるというか、やたらリアルなものが多いし。
力哉 自分と同じ“今泉”という名字の映画監督が主人公の作品を作ったときもヨメに脚本の相談をしたんですけど、「別れた後も、こうして私に映画の相談とかしそうだよね」って(笑)。でも、映画作りに関して、こんなに深い理解があるパートナーはほかにいないと思っていますから。
―お話を聞いていても、力哉さんにベストマッチな奥さまだと思いますよ!
かおり ただ、彼が成人向けの映画を撮ることだけはちょっと抵抗があるんです。やっぱり子供の教育上、ね。「お父さんはこんな映画を作っているんだよ」って自信を持って子供に見せられる作品を、この先も撮り続けてほしいですね(笑)。
●今泉力哉(いまいずみ・りきや)
1981年生まれ、福島県出身。31歳。自主映画『微温』『最低』が映画祭でそれぞれグランプリを受賞。2010年『たまの映画』で商業映画デビューを果たす
●今泉かおり(いまいずみ・かおり)
1981年生まれ、大分県出身。31歳。2007年に上京し、映画製作を学ぶ。初の長編監督作品『聴こえてる、ふりをしただけ』が世界三大映画祭のひとつ、ベルリン国際映画祭で子ども審査員特別賞を受賞
(取材・文/森 直人 撮影/高橋定敬)
■こっぴどい猫
主演・モト冬樹の生誕60周年記念作品は、15人の男女による7つの三角関係が交差する、究極のダメ恋愛群像劇。東京・新宿K’s cinemaほかにて全国順次公開中
■聴こえてる、ふりをしただけ
小学生のかおりが体験した、自身の家族の問題をもとにした人間ドラマ。東京・渋谷アップリンクほかにて全国順次公開中