北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)前総書記の長男、正男(ジョンナム)氏がマカオで定宿としていた高級ホテルの宿泊費1万5000ドル(約120万円)を払えずに追い出されたと、ロシアの週刊紙『論拠と事実』が伝えたのは2月15日のこと。

 正男氏は金ロイヤルファミリーによる3代世襲に反対の意向を明らかにしてきた。これに怒った金正恩(ジョンウン)指導部が本国からの送金をストップしたため、ホテル代も支払えなくなったというのだが……。

 しかし、この正男氏金欠のニュースを聞いた北朝鮮ウオッチャーの多くは首をひねる。

「放蕩(ほうとう)息子のイメージのある正男氏ですが、実は思慮深く、賢い人物です。だから、世襲批判をすれば、送金ストップがあることくらい、とっくに予測していたはず。その前に生活費の確保は抜かりなく済ませていると思うんだけどなあ……」(日朝貿易関係者)

 金正男氏と3度のインタビューに成功した『東京新聞』の五味洋治記者も同意する。

「正男氏から、『どんな質問にも答える』とメールが届いたのは、金正恩氏が正式に後継者に指名されてからほぼ1ヵ月後の2010年10月のこと。この接触は『弟が後継者になれば、自分の立場が危うくなる』と考えた正男氏のリスクヘッジだったと理解しています。そんな用意周到な正男氏が突然、送金をストップされて丸裸になってしまうとは考えにくい。本国の手の及ばないところに、資産を移しておくくらいのことは事前に実行していたと思いますよ」

 五味記者によれば、北朝鮮から正男氏への送金額は年間50万ドル(約4000万円)に及んでいたという。五味記者が続ける。

「父親(金正日前総書記)が2枚の小切手に分けて正男氏に渡していたと報道されています。しかも私が本人の周辺から聞いた話では、マカオには正男氏の支援者がいて、もし本国から送金が途絶えてもそうした人々が支援してくれるとのことでした」

 前出の日朝貿易関係者もこう証言する。

「1990年代、正男氏は自らが設立した貿易商社を拠点に、中国やシンガポール、EUなどにかなりの額を投資していました。日本にも5回ほどお忍び来日していますが、在日や在米のコリアンと接触して、おいしい投資先はないかとしきりに尋ねていたらしい。その際、彼は数十億円の残高のある貯金通帳を見せたそうです」

 確かに、そんなリッチ伝説を持つ金正男氏がにわかに金欠になるなんて考えにくい。

「ただ、ひとつだけ可能性があるなら、マカオで開いた正男氏の銀行口座がなんらかの理由で一時的に凍結され、預金を引き出せない状況に追い込まれているケース。北朝鮮も中国も正男氏の3代世襲批判には手を焼いていたはず。そのため、北朝鮮から要請された中国が正男氏の口座を一時凍結し、警告に及んだというシナリオはあり得ます」(日朝貿易関係者)

 前出の五味記者は別のシナリオを示唆する。

「このニュースがロシア発という点に注目すべきです。中国は金正恩政権が崩壊した場合、代わって求心点になり得る正男氏を庇護してきました。このところ、ロシアは朝ロ国境に鉄道や天然ガスのパイプラインの敷設を予定するなど、北朝鮮へ経済的な触手を伸ばしているだけに、正男氏のバックに中国がいる状況が面白くないのでしょう。そのため、正男氏に関してネガティブな報道を流したとも考えられます。今回の週刊紙の記事も、最後のほうに『正男氏の後ろに中国がいる』と、名指しで書いてあります」

 正男氏の本当の財布事情はどうなのか? このモヤモヤをはっきりさせるためにも、早く海外メディアのインタビューに登場してほしいものだ。

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