「資産5億円、お金があり過ぎたのかもしれません」…76歳社長夫人、潤沢な資産にも暗い顔。原因は、お屋敷の一部屋に住み続ける“跡取り息子”【CFPが解説】
「あの家はお金持ちだから、悩みなんてきっとないんだろうな」…大きな“お屋敷”に住み、総資産は5億円と聞けば、不安のない生活をしているとイメージする人が多いのではないでしょうか。しかし、資産があることが、必ずしも幸せにつながるとは限らない可能性もあります。豊かな資産が、かえって息子の人生を止めてしまったとしたら――? FPの小川洋平氏が、資産家夫婦の苦悩とともに詳しく解説します。
大きなお屋敷暮らしで「幸せな老後」のはずだった…資産家夫婦の悩み
佐々木和代さん(76歳・仮名)は、81歳になる夫・清さん(仮名)、そして長男・康介さん(52歳・仮名)と、地方都市の大きな屋敷で暮らしています。
和代さんは当時23歳で結婚。その相手が、地元で製造業を営む会社を父から引き継いだばかりの清さんでした。結婚後は二人の子どもに恵まれ、会社の事務作業を手伝いながら子育てにも追われる毎日。若い頃の清さんは、取引先との会合や地域活動で毎晩のように家を空けていました。その間、和代さんは家庭も会社も支え続けてきたのです。
現在も、清さんは現役の社長です。80代とは思えぬほどの若々しさで、休日になると広い庭の植木を手入れし、近所の人に腰を低く挨拶をする姿は評判でした。
塀に囲まれた屋敷、夫婦の金融資産や、会社にある事実上の清さんの資産を合わせれば約5億円。夫婦の年金も合わせて月30万円を超え、お金に困ることはありません。誰もが「理想の老後」と思うような暮らしでした。
しかし、和代さんの胸には、誰にも話せない悩みがありました。それは、52歳になった長男・康介さんの存在でした。
後継者の道から一転…心を閉ざした息子
康介さんは幼い頃から何不自由なく育ちました。大学卒業後は都内の大手企業で法人営業として順調にキャリアを積み、32歳で結婚。30代半ばで会社を継ぐ“跡取り息子”として地元へ戻ってきたのです。
しかし、そこから少しずつ歯車が狂い始めました。
父の会社では営業課長として迎えられましたが、それが社員との軋轢を生みます。古参社員との溝が深まる中、若手経営者団体へ入って役員も引き受けることになり、夜は会合で毎晩のように出掛けるように。日中、会社を留守にすることもしばしばでした。
多忙な生活を送り始めた康介さん。その裏で、家庭は崩れ始めていました。育児は妻任せとなり、話し合う時間もなく、すれ違う日々。大きくなった溝が埋められず、とうとう離婚することに。最愛の娘とも離れて暮らすことになりました。
仕事のプレッシャー、そして家族がバラバラになったことをきっかけに、康介さんは心を閉ざしてしまいます。仕事に行けなくなった息子を心配した和代さんは、康介さんを自宅へ呼び戻したのです。
「きっと、すぐに良くなって働けるようになるはず」
「きっと、もうすぐ良くなる」から流れた14年の歳月
自室へ閉じこもる日が続き、精神科にも通うようになった息子。「無理をさせたら長引いてしまうかもしれない。今は追い詰めないようにしないと」――そう両親が考えたのも当然でしょう。
食事の準備、必要なものの購入、年金・健康保険、果ては養育費の支払いまで、和代さん夫婦は康介さんの生活のすべての面倒を見ました。
療養を始めて半年ほど経つと、表情も徐々に明るくなり、家族との会話も増えていきました。和代さんは「そろそろ短時間でも働けるのでは」と期待しましたが、康介さんは「まだ自信がない」と首を縦に振りません。
そして――気づけば14年。康介さんは52歳です。仕事には戻れず、別の会社で再就職もしていません。生活費も当然、和代さん夫婦の負担です。
働かなくても衣食住に困ることはなく、親が生活を支え続ける日々。その姿を見ながら和代さんは、「家に財産があるからこそ、康介は焦って社会へ戻ろうと思えなくなってしまったのかもしれない」と考えるようになりました。
和代さんは時折、夫にこう漏らします。
「お金なんて、持っていないほうがよかったのかもしれないね……」
お金があることが「社会復帰」を遠ざけることも?
内閣府や総務省などの調査では、40〜64歳のいわゆる「中高年ひきこもり」は全国で推計100万人を超えるとされています(内閣府「生活状況に関する調査」等)。背景には、精神疾患、人間関係、離婚など、さまざまな事情があります。今回の康介さんも、会社での孤立と離婚という大きな出来事が重なり、心が折れてしまいました。
精神的に追い込まれた人にとって、まず必要なのは十分な休養です。無理に社会復帰を急がせることが、かえって症状を悪化させる場合もあります。一方で、体調が回復してきた後も何年にもわたって社会との接点を持たない状態が続くと、年齢を重ねるほど再び働き始めるハードルは高くなっていきます。
さらに、親に十分な資産がある場合、「生活に困らない」という安心感が、本人の社会復帰への意欲を失わせることもあります。資産があること自体が問題なのではありません。子どもが親のお金をあてにしてしまい、本人が自立する気持ちを失うことが問題なのです。
本来であれば、体調が回復してきた段階で、「今日は買い物をお願いする」「家事を分担する」といった家庭内での役割を少しずつ増やし、生活のリズムを整えながら、短時間の仕事やボランティア、就労支援など社会との接点を段階的に広げていくことが望ましかったといえます。
金銭面でも、自分に掛かる生活費分くらいは、しっかりと払ってもらうこと。回復が見られるのにできない場合、突き放して別居させるといったことも、時には必要かもしれません。突き放すことは「冷たいこと」とは違います。本人が再び自立して社会とつながるための、「きっかけ」をつくることにもなります。
「支えること」と「依存の固定化」を混同しない
「お金があれば不安はない」とは限りません。お金があることが、結果として子どもの自立を遠ざけてしまう一因にもなり得る――。和代さんのケースはその一例です。
父の清さんは、本来とっくに息子に譲っていたはずの会社の将来について、真剣に考えています。今後、第三者への事業承継や会社売却という選択をすれば、多額の資産が家族へ引き継がれるはずです。そうなれば、康介さんは、確かに生活に困ることなく暮らしていけるのかもしれません。
しかし、和代さん夫婦が本当に心配しているのは、お金ではありません。
「この子は、親がいなくなったあと、一人で人生を歩んでいけるのだろうか」
そんな思いが、日に日に強くなっているのです。自ら判断し、人と関わり、社会とのつながりを持ちながら暮らしていく力は、お金だけでは得られないからです。
親として子どもを支えたいという気持ちは自然なものです。しかし、「支えること」と「依存を固定化すること」は違います。生活費を出し続けることが、結果として本人から社会へ戻る機会を奪ってしまうケースも少なくありません。
本当に子どもの将来を思うのであれば、少しずつでも社会と関わる環境を整え、自立への一歩を後押しすること。甘えや依存が見られるのであれば、ときには突き放すことも必要でしょう。それが、結果的に本人の人生を守ることにもつながるはずです。
小川 洋平
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