トゥヘルが思わず苦笑「いったいどんな関係があるんだ」ブラジル人記者の質問に隠された王国の混乱――理想を捨てたのはアンチェロッティではない【W杯】
「ブラジル代表のカルロ・アンチェロッティ監督(イタリア人)は、ブラジルのフットボールのアイデンティティを変えようとして失敗し、ラウンド・オブ16でノルウェーに敗れたと私は考えている。あなたはイングランドのフットボールのアイデンティティを変えようとしているのか」
トゥヘル監督は困惑した表情を浮かべ、「今の私とカルロと、いったいどんな関係があるんだ」とつぶやくと、苦笑いを浮かべながら次のように答えた。
「イングランド代表は、前へ前へと攻撃的にプレーするのが伝統だ。加えて、今の選手たちは優れた技術と創造性を備えている。そのことをよく理解してチームを作っているつもりだ」
なぜブラジル人記者は、このような質問を投げかけたのか。背景には、ブラジル国内で巻き起こっているアンチェロッティ批判がある。
ラウンド・オブ16でノルウェーに敗れた後、多くのブラジルメディアは敗戦そのもの以上に、「常にボールを保持して試合を支配し、テクニックと創造性を発揮して勝つ」というブラジル伝統のスタイルを捨て、受け身で臆病な戦い方を選択したことを問題視した。そして、「ブラジルのフットボール文化と伝統を軽視したことが敗因だった」と結論づけている。
この質問は、そうしたブラジル国内の空気をトゥヘル監督にも重ね合わせようとしたものだった。
もちろん、ブラジル人が自国の伝統的なプレースタイルに強い誇りを抱いていることは理解できる。しかし、筆者には「何をいまさら」という思いが拭えない。
ブラジルがフッチボウ・アルチ(芸術的フットボール)で世界中を魅了したのは、1982年大会、長く見積もっても1986年大会までだ。
1990年大会ではラウンド・オブ16でアルゼンチンと対戦。内容では圧倒しながら決定機を活かせず、試合終盤にディエゴ・マラドーナの絶妙なスルーパスからクラウディオ・カニーヒアに決勝点を奪われて敗退した。この敗戦を契機にブラジルはさらに「美しさ」より「結果」を優先する方向へと大きく舵を切った。
1994年、2002年と世界王者に返り咲いたが、その原動力は堅固な守備をベースに、少ない人数で効率良く得点を奪う現実的な戦い方だった。

