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1995年8月30日、大阪府堺市で一人の中学3年生の命が奪われました。

▶【画像を見る】遺された笑顔の写真 15歳で亡くなった勝さん(当時中学3年生)

被害者は一井勝(いちい・まさる)さん(15)。加害者は、隣の校区に住む16歳、15歳、14歳、そして主犯格の17歳の少年4人でした。

事件から30年を迎えた今年11月、香川県警が主催した「命の大切さを学ぶ教室」が、さぬき市の香川県立津田高校【画像①】で開かれました。

一井勝さんの母親・彩子さんは、生徒たちに「被害者遺族として30年間経った今も苦しみ続けている心境」を語りました。

「ビールを飲め」断っただけで始まった“制裁”

事件の発端は、些細なものでした。

呼び出された勝さんを含む4人少年がいる場所に、主犯格となる17歳の少年が現れました。主犯格の少年から「自動販売機のビールを飲め」と命じられたのを、勝さんだけが断ったのだと言います。

(一井 彩子さん)
「その後じゃんけんをして、『負けた者がビールを飲む』っていうようなルールを勝手に決めて、さらにこの主犯は、息子にビールを飲むように詰め寄ったんですが、もう1回断ったことに腹を立てて、制裁を加えることにしたんです」

母親の証言は、あまりにも理不尽な暴力の始まりを静かに語ります。

「それならお前を殺す」1時間半にわたる凄まじい暴行

主犯格の少年はいきなり勝さんに、「誰を殺して欲しいんや。この3人の中から選べ」と迫りました。

当然、勝さんが「そんなの選べません」と答えると、「それならお前を殺す」と言い放ち、近くの小学校へ連れて行き、顔見知りの3人もこれに従いました。

小学校の校庭で、1時間半にわたるすさまじい暴行が始まります。

小学校の校庭に勝さんは寝かされ、顔面を蹴りながら「誰を殺してほしいんや」と言い放ちます。

そして14歳の少年と勝さんと喧嘩をさせ、その様子を眺めていた主犯格の少年は、校庭にあった50センチほどの角材を取り、勝さんと喧嘩をしていた少年に渡して「これでやれよ」と命じます。

顔をめがけて「5㎏のコンクリートの塊」を投げつけ...公園に置き去りに

暴力は、どんどんエスカレートしていきます。4人の少年たちは、角材を持って勝さんの頭を集中的に殴り続けます。

さらに一人は、地面に倒れたままの勝さんの顔をめがけて、5キロほどのコンクリートの塊を投げつけることもしていた、と言います。

大量出血で意識がもうろうとなった勝さんを、彼らは見つからないよう堺市の臨海工業地帯の近くの公園に置き去りにしていきました。

ミニバイク3台に分乗し、全身血だらけでぐったりした勝さんを、そのうちの1台に乗せて運んだというのです。

少年4人は、血だらけの勝さんの様子をしばらく草陰からうかがっていたと言います。

「苦しい、苦しい」救急車で体を動かしていた勝さん

たまたまトラックを停め、トイレを探していた高知県の長距離トラック運転手が、公園に置き去りにされた勝さんを発見し、すぐに110番通報しました。

救急隊員が「大丈夫か」と声をかけると、勝さんは「うん」と答えました。年齢を聞かれると「15」と答えたそうです。

しかし、救急車の中で勝さんは「苦しい、苦しい」と言って体を動かしていました。母親の彩子さんは、病院からの電話で勝さんがけがをしていることを知り、病院に駆けつけました。

(一井 彩子さん)
「私が病院に着いた時には、警察の方、刑事さんたちもいらっしゃいました。病院のロビーで待たされてる間、その刑事さんたちにいろんな質問とかをされてるうちに、『もしかしたらこれは大怪我なのかも』って、その時一瞬思ったかもしれないんです」

「でもまだこの時点でも私は、まさか命に関わるようなことだとはまだまだ思ってませんでした」(【画像⑥】は修学旅行の際に撮影された、笑顔の勝さん)

母親が見た「想像を絶する」勝さんの姿

しかし、病院で目にした息子の勝さんの姿は、想像を絶するものでした。

(一井 彩子さん)
「病院の指示でICU集中治療室に行ってみますと、息子は機械を貼り付けて口には呼吸器という姿でした。もちろんその姿にもびっくりしたんですが、もう顔とかがパンパンになってて、家を出かけて行った時とは全く違う姿になってたのには、もっと驚きました」

医師により心臓マッサージなど懸命な処置がとられたものの、意識が戻ることはなく、勝さんは午後1時7分に息を引き取りました。

(一井 彩子さん)
「息子の姿っていうのは、頭がでこぼこにへこんでて、顔はもちろん腫れ上がってて、両手は多分意識がある間、投げられた時にかばってたんだと思うんですが、グローブのようになっていて、全身はもちろん傷だらけでした」

【第2話】事件後、主犯格の少年は「警察署の玄関で大騒ぎ」いったい何故? 
に続く