「楽天前監督」今江敏晃氏が明かす、田中将大、藤井聖、鈴木翔天ら選手との《胸アツ秘話》
藤井の長所と課題
さらなる躍進に向けて意欲を燃やしていながら、契約打ち切りで来季の指揮を執ることが叶わなくなってしまった楽天前監督の今江敏晃氏。選手たちとの感動エピソードから途中解任での心残り、そして、すでに前を向いている今、胸に秘める決意とは。
前編記事「『初激白』今江敏晃前監督が電撃解任後、初めて語る楽天の『真実』」から続く。
今季11勝を挙げて先発ローテーションの一角を守った藤井聖には、厳しい言葉を投げ掛けたこともある。
「藤井は貴重な左腕ですし、チームとしてなんとか先発ローテーションに入ってきてもらわないと困る選手でした。左投手の先発は特に右バッターも抑えられないと難しい。彼の持ち味はゴロを打たせて併殺打を取れるところ。そのためには右バッターのインサイドが必要だと思っていました。
それで、秋のキャンプで期待しているという話をした上で、右バッターのインサイドをしっかり投げ切れるようになる。投げ間違えるにしてもバッター側に行くようにという課題を与えました。それまでの藤井はインサイドに投げ切れないと中に入って甘い球となり、それを長打される場面が多かったんです」
年が明けて2月の春季キャンプ。今江氏は11日のチーム初実戦となる日ハム戦で藤井を先発マウンドに送り出した。
「爪痕を残してみろ」
「期待して見ていましたが投げ切れていませんでした。もちろん技術的な問題というのもあるんですが、こちらの思いが届いていないと感じました。彼にはそこにもっと執着して投げてほしかった。
試合後、彼も少しうつむき加減だったのでピッチングコーチに直接、話をするということを伝えて、『今日どうだった?』と聞くと『とにかくダメでした。言われたこともできなかったです』と。やらないといけないことは頭に入っている。だけど、『じゃあOK』とはならないのがプロの世界。結果を出していかないとチャンスはなくなっていく。
『そこに対してもっと強い気持ちを持って、しっかり体現できるようにならないと、この世界では生きていけないよ』と伝え直しました」
その後も指揮官が望むようなピッチングを見せられなかった藤井。今江氏は開幕ローテーション候補から外す。
「意識はしていて、やろうとしているのはわかりましたが結果が出ない。みんなを平等に使ってあげられるわけじゃない。結果を出した選手が使われていく。2軍でしっかりやってこい、と」
その後、先発ローテーション候補に怪我人が出てしまったことで藤井にふたたびチャンスが巡ってくる。ヤクルトとのオープン戦。開幕まで残り2週間を切っていた。
「ここでつかむしかないぞ。なんとしてでも爪痕を残してみろ」
今江氏はそう言って背中を押した藤井の投球に目を凝らした。
鈴木翔天の涙
藤井は7回途中無失点の好投で応え、先発ローテーション枠に滑り込んだ。
「必死に取り組んでいてくれたんだと思います。そこから最終的に11勝。打てそうで打てないと言われたりもしますが、それは結果球ではなく、その前の球が効いたりしている。それをしっかり投げ切れているから、少し甘く入ってもバッターは打ち損じてくれるんです。彼にとっても非常に濃密で大きな1年になったんじゃないかなと思います。藤井も期待に応えてくれた1人です」
現在、繰り広げられている「プレミア12」にも抜擢された鈴木翔天は、さらに苦しんでいた。
「非常に球が強い中継ぎピッチャーで、馬力があるんですけど、オープン戦でストライクが本当に入らなくて、自分でもフォームのバランスがうまくいかないと悩んでいた。コーチともいろいろ話をして試行錯誤していたんですが、なかなか光が見えなかった。僕も見ていて、苦しんでいるのはわかっていました。
それで一度、呼んで1対1で話をしました。『苦しいよな』と投げかけると、思考もネガティブな方向を向いていたので『まだシーズンは始まっていないし、1年間終わったときにこんなこともあったなって言えるように、今、苦しんどいていいんじゃないか。いいやん、苦しんだ方がいいよ、まだ』と。
倉敷での広島戦のあとでしたね。そこで涙を流すほど苦しんでいました。でも、そこから練習での姿が変わったんですよね」
監督の言葉が持つ力
苦難を乗り越えた鈴木は49試合に投げて26ホールドポイント。防御率は1.66でブルペンに欠かせない存在となった。
さらに侍ジャパンからも召集がかかった。吉報が届くと今江氏は「ジャパンに選ばれておめでとう。あのとき、あんな話をしていたのにな」と、約束通りの声掛けをしたという。
「コーチは普段から選手とコミュニケーションを取りながらやることが多いですが、監督はあまり距離感を縮めすぎると、ここというときにする話の効果が薄れてしまう。タイミングもそうですし、そうしたさじ加減は選手によっても変えていました」
そこまでこだわったのは監督の言葉の力の大きさを、現役時代に身をもって知ったからだ。
「レギュラーに近い形で試合に使ってもらえるようになったとき、結果を出せずに焦っていたんですが、監督のボビー(バレンタイン)に『君はいいものを持っているし、打てるから大丈夫。変に頑張らないといけないと思わず、自信を持って思い切ってやったらいいから』と言ってもらって、またバットを振れるようになったんです。
何気ない言葉ではあるんですけど、監督のひと言は特別で選手にとって大きいんだと感じました。僕は年齢も近くて、一緒に現役をやっていた選手も結構いる中だったので彼らがどう感じていたかはわからないですけど、そういう経験から話をすることでなにかうまくいけばと思っていました」
「将大、行こうか」
野手でリーダーシップを発揮してもらいたいと考えていた小深田大翔は開幕から調子が上がらず、今季は力を出し切れたとは言えないシーズンに終わった。
「野手はここ数年ずっと浅村頼りで、誰かが出てこないといけなかった。そうした状況で、フルイニング出場を果たした小郷(裕哉)、全試合に出てくれた辰己(涼介)がチームを引っ張ってくれたのは非常に大きかったです。
その一方で小深田や村林(一輝)、太田(光)も中心になってやってくれたんですけど、能力を考えればもっとできるはず。特に小深田は年齢的にも、実績的にももっともチームを牽引していく存在になってほしかったのでシーズン前からそういう話もしていました。
シーズンに入ってからも3回くらい監督室に呼んで『思うような成績は残せていないけど、その中でもできることがある』という話もしたりして、数字には表れない部分でも頑張ってくれたと思います」
開幕前の順位予想では評論家の半分ほどが最下位に挙げた中、勝率5割前後で粘り強く戦い続けた今江楽天。9月18日には藤井が10勝目をマークして3位に浮上したが、すぐにロッテにその座を奪い返され、瀬戸際へと追い込まていく。
起死回生を果たすべく9月28日、田中将大が今季初登板のマウンドに上がった。
「先発ローテーションのピッチャーをやりくりするのに人数的にも少し足りていなかったので、将大の復帰をまだかまだかと待ちわびていました。
去年のオフに肘の手術をして、キャンプから開幕ローテーションに入ろうと必死にギアを上げてやってくれていたんですけど、思うようなパフォーマンスまでには至らず、チームの全体的なバランスも踏まえて開幕前にファームで調整してもらうように伝えました。
将大は二軍に行くのは野球人生で初めてですし、球団にとっても大きな存在ですから、ピッチングコーチともよく話をして、精査して、強い覚悟を持って決めました。
本人ともしっかり話をして『わかりました』と言ってくれましたが、もちろん悔しさもあったと思います。それでももう一回、自分の体を見つめ直してやると、本当に前向きにやってくれていました。本来のパフォーマンスが出せない状態で無理にマウンドに上げても今後の野球人生に影響しかねないですし、もう1度復活してほしいという思いもあって待ち続け、シーズン終盤に投げられる状態になった。
それがローテーションでずっと投げてくれていた内(星龍)が体調不良で外れるタイミングと重なり、『将大、行こうか』と。シーズン無傷の24連勝をしたり、普通の人とは違う星の下に生まれている選手なので、チームにいい流れを持ってきてくれるんじゃないかという期待も込めて起用しました」
切り札の投入が実らなかったところで、CS進出争いの行く末は決していたのかもしれない。
今江氏がもっとも力を込めた言葉
監督の任を解かれた今江氏は、初めて野球から離れたオフを過ごしたという。
「最初の1日か2日かはいろいろな思いがあって、あのときこうやっておけばよかったのかなとか、様々なことを考えました。でも、そのあとはゆっくり過ごしました。
息子も高校まで野球をやって忙しくしていたので、すれ違いが多かったのですが、大学生になって家にいることも増えたので、家族と過ごす時間も取れました。大人になってから初めてゆっくりした気がします。
それに高校を卒業してプロ入りしてからオフといっても翌年のシーズンのことを見据えて、ずっと動いたり、考えたりしてきたのですが、初めてどの球団にも所属していない立場になったので、1度、頭をクリアにしようと思いました。だから日本シリーズも、メジャーのプレーオフも見ませんでした。見れば自分の観点でこうだな、ああだなと考えてしまうので。
でも、今振り返ると、それだけではなく野球自体を見たくないという気持ちも少しはあったのかもしれません。野球がやっていても違う娯楽番組にチャンネルを変えていましたから」
一方で、消せない心残りがある。
「シーズンが終了してからこういう形でやめることになったので、その後、球場に行く機会がなくなりました。監督室の荷物を整理しに行ったくらい。だから選手たちの前で話をする場もなかったんです。
ファンの皆さんへもそうです。球場にたくさん来ていただいて、応援していただいて、僕らはそれを全身で感じることができて、力に変えさせていただいた。本当に感謝しかありません」
40歳で初めてタクトを振るった監督1年目の幕は突然に下ろされてしまった。その悔しさが消えることはないのだろう。しかし、強く握りしめた拳を開けば、それ以上の価値あるものが手のひらの上に残っている。
「この経験を、絶対に生かさないといけない。それは強く思っています」
今江氏がインタビューの中で、どの言葉よりも力を込めたのは、この「絶対」だった。
終わりではなく、次への始まり―――
誰にも奪うことはできない強靭な意志が、その言葉には宿っていた。
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