「老害」にならないための"脳トレ"は45歳からやる
40代や50代から脳のトレーニングを意識して行うと、将来「老害脳」になるリスクを減らせそうです(写真:Mills / PIXTA)
前記事や前々記事では、問題化している「老害」の事例などについてお伝えしました。このような「老害」的な行動の多くは、脳機能の変化によって引き起こされている、と1万人以上の脳を診断した医師・加藤俊徳さんは説明。加齢とともに誰もが「老害脳」化するリスクがある、といいます。では「老害」脳にならないため、できることはあるでしょうか? 加藤さんの著書『老害脳 最新の脳科学でわかった「老害」になる人 ならない人』から一部を抜粋してお伝えします。
【3本シリーズでお届けしています】
1記事目:脳科学者が語る「誰もが"老害"になる」悲しき必然
2記事目:不覚にも組織で再生産される「老害」の"怖い"実態
脳の中年期は45〜75歳、老化のスピードには個人差も
人間は、身体と同様、脳も加齢とともに確実に老いていきます。
ただし、一般的な中年期、老年期という認識と、脳科学者として私が認識している脳の中年期、老年期には、ややズレがあります。身体的な衰えとは違い、脳の老化を判断する指標はすなわち記憶する仕組みにトラブルが起きているかどうかなのです。
極端に言えば、記憶が苦手で本人にも改善の意欲がない20代と、もともと記憶が得意でかくしゃくとしている70代なら、むしろ70代の高齢者のほうが脳が老化していない、という状況も起こり得ます。判断の指標を、注意不足や物忘れの頻度と置き換えても同様です。
一方で、一般的に中年になったと考えられる年齢はどのあたりでしょうか? 35歳だとさすがにまだ早すぎるかもしれませんが、40歳なら、本人も周辺の人も、もう中年だと答えるでしょう。
また、何歳からが高齢者なのかという議論は、全体的な高齢化の進行や社会制度の移り変わりとともに、だんだん上方に修正されつつあるのが現状です。
かつてなら55歳で定年退職、還暦を迎えれば完全に高齢者と認識されたでしょうが、現在では定年も65歳、さらには70歳となっていく中で、60代で働いている人はむしろ当たり前になりました。
私自身もその一人ですが、自分自身が脳も身体も高齢者だという認識は全くありません。ちなみに、先日計測した私の骨年齢は20代前半のままです。
公的年金の支給が原則65歳から、後期高齢者医療制度への加入が75歳から、というあたりが、現時点における社会的な高齢者の線引きなのかもしれません。
脳の中年期の入口は45歳ごろ
ところで、脳科学者として数々の実例に接してきた私が感じる脳の中年期の入口は、おおむね45歳ごろだという認識です。そして、同じく高齢期の入口、あるいは中年期の終わりは、おおむね75歳ごろと考えています。
つまり、一般的な中年、高齢者のイメージよりも、脳が加齢を実感することは先伸ばしできるのです。脳の中年期とは45〜75歳を指すという仮説を立てた上で、この30年間はおおむね、何もしなければ年を追うごとに老化のスピードが速くなると言えます。
一方で同時に、老化のスピードは個人差が大きく、生活習慣や努力によっても差がつきます。人によっては80歳でも、脳の老化がほとんど進んでいない人もいれば、70歳でがっつり脳に老化が襲いかかっている人もいます。
実際に、老化の程度は私が開発した脳相診断法による枝ぶり脳画像で示すと一目瞭然です。下の脳画像に示したように、70代付近の人と接する際でも、人によってとても差があるということになります。
(出所:『老害脳 最新の脳科学でわかった「老害」になる人 ならない人』)
考えてみれば、世の中には芸能人やアーティストなど、70歳を過ぎても旺盛に活動している方がいます。
しかし、60代で覇気を失い、成長が完全に止まる人もいれば、認知症を発症する人もいます(もっとも、認知症まで行ってしまうと、「老害」を及ぼすことすら難しくなります)。
「老害」は中年期の後期に人よりも早く老化してしまった人、あるいは75歳を超え、名実ともに高齢化のリスクを抱えている人が、より若い人や立場の低い人に命令できたり、影響を及ぼしたりできるようなケースで起きやすいと考えられます。
中年期に鍛え続ければ、脳は成長し「老害脳」を防げる!
脳はある日突然老化してしまうのではなく、長い時間をかけてゆっくり老いていきます。ということは、ある日突然「老害脳」になるのではなく、徐々に「老害脳」化が進んでいくと考えていいでしょう。
私は、脳の中年期、45〜75歳をどう乗り切るかによって、自分自身の「老害脳」化を遅らせることができると考えます。そして、脳が中年期に入る40代、50代が、「抗老害脳」対策を始める、最も重要なタイミングになります。
脳の老化には個人差があり、もちろん生物学的な意味でもそうなのですが、一方で個々が置かれている環境や生活習慣にも大きく左右されます。
たとえるなら、筋肉と筋トレの関係にも似ています。筋肉や筋力を維持するためには、適切な筋トレや栄養摂取が大切なことは論を待ちません。
しかし、つい面倒くさくなったり、ケガや病気などでトレーニングができなくなったりすれば、筋肉はたちまち衰えてしまいます。筋肉は正直で、ウソをつきません。手入れを怠った肌が早く老化していくのも同じことです。
組織に属している方なら、加齢によって脳が老化すれば、新しいことはそのまま面倒な仕事とイコールになり、若い人や部下に任せるようになります。
これは筋トレをサボっているのと同じ状況です。そうしている間に、以前なら自分自身でも楽々処理できたはずのことさえ、いずれできなくなってしまうわけです。
私たちが自分の「老害脳」化を恐れるなら、脳の中年期にトレーニングを持続的に行うことで、そして脳に刺激を与え続けることで、できるだけ脳の中年期を引き延ばし、高齢期入りを遅らせることができるようになります。
特に危険なのは定年退職がある方です。60歳、65歳などの段階で、自分の意思とは関係なく急に環境や待遇が変わります。モチベーションが大きくそがれることもあるでしょう。
そこを乗り越え、なお新しいことを学び、未知の出来事に関心を持ち続ける「脳の筋力」を維持できているか。それによって、残された20年以上の人生における楽しさや喜びは、大きく変わってくるでしょう。
私は脳科学者として、誰もができれば85歳まで、少なくとも80代前半までは、健康な脳のままで生き続けることを追求すべきだと思いますし、それは可能だとも考えています。
90歳を超えても老害脳とは無縁の生活が可能
私は、2019年に101歳で亡くなった随筆家・評論家の吉沢久子先生と生前親しくさせていただいていたのですが、90代でもまるで20代のような感性を保たれ、事前の打ち合わせなしにイベントをご一緒させていただいたときも、アドリブでどんどん場を沸かせる方でした。
年下の私に対しても尊大な態度を取られることもなく、嫌な思いをさせられたことは一度もありませんでした。
私はどうしても興味があり、無理を承知で何度か先生の脳のMRIを撮影させていただいたことがあります。最後は96歳のときでしたが、ほとんど老化を感じさせない映像で感服したことを覚えています。
究極の理想は、誰もが吉沢先生のように、老害脳とは無縁な生活を送ることです。
まだ40代の人も決して他人事ではありません。
60代、70代なんて想像もできない未来だと考えがちですが、40代で暴飲暴食が続けばすぐに太ってしまい、痩せることが至難のわざになるのと同様、すでに老化に至る道は始まっているからです。20〜30代の「老害被害者」の人も、中年期なんてあっという間です。
このポイントを早く認識できた人ほど、「老害脳」から遠ざかり、充実した人生を送れるようになります。
(加藤 俊徳 : 医学博士/「脳の学校」代表)