プーチンがトランプより恐れた男「ナワリヌイ」が、猛毒「ノビチョク」で殺されかけた瞬間

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プーチン大統領による独裁が続くロシアに、民主化の希望をもたらした男、アレクセイ・ナワリヌイ。ロシア当局の手によって暗殺される直前に、何を思ったのか――彼が残した最後の叫びをお届けする。

アレクセイ・ナワリヌイ/1976年、モスクワ州生まれ。政治活動家。2011年のロシア下院議員選挙に際し、大規模なプーチン抗議集会を行い注目を集める。2024年2月16日に死亡

祖国に毒を盛られて

どう考えても、何かおかしい。経験したことのない異常事態だ。何がどうなっているのか、さっぱりわからない。どこかが痛むわけではない。自分自身が崩壊していくような異様な感覚なのだ。

同行の広報担当者に、試しに話しかけてもらう。話していることは理解できる。だが、なぜか体力を使うのだ。刻一刻と集中力が衰えていく。数分後には、彼女の唇が動くのを見ていることしかできない状態になった。トイレに立ち、顔を洗おうとするが、蛇口をどう使うかわからない。

トイレから通路に出ると、客室乗務員が訝しげにこちらを見ている。力を振り絞り、言葉を口にしようとする。自分でも驚いたが、「毒を盛られた。命が危ないんだ」という言葉が飛び出した。

乗務員の足元に倒れ込む。転倒ではない。卒倒でもない。意識を失ったわけでもない。だが、通路に立っているのが無意味で馬鹿げていると感じたことは確かだ。そりゃそうだろう、死にかけているのだから。

今年2月に亡くなったロシア反体制派の指導者アレクセイ・ナワリヌイの手記『PATRIOT』の邦訳が10月26日に発売され、話題を呼んでいる。同時刊行された英米では、発売直後からAmazonランキング1位に躍り出たことからも、世界的な関心の高さが窺えるだろう。

著者のナワリヌイはロシア国内でプーチン体制への批判を繰り返し、野党「進歩党」を結成した人物だ。汚職や政治家の腐敗を次々と告発して人気を集め、2013年にはモスクワ市長選に出馬し、不正が横行する状況で体制派の現職に肉薄。約25年にわたり独裁を敷くプーチンが「最も恐れた男」と呼ばれ、民主化を願う人々にとって希望の星だった。

自分の命を懸けてでも

2012年に横領罪をでっち上げて起訴を強行したのをはじめ、当局はさまざまな手段でナワリヌイの口を封じようとするも、反体制運動はますます盛り上がっていく。民主化によって権力を失うことを恐れたプーチンは、さらに強硬な手段を講じた。

2020年8月20日、シベリアへの調査旅行を終えてモスクワへ戻る飛行機内で突然、ナワリヌイは苦しみ始める。空港でロシアの工作員に神経剤「ノビチョク」を盛られていたと見られる彼は、病院に搬送され生死の境をさまよった。著書の中でナワリヌイは、当時の様子を冒頭のように振り返っている。

治療の末に意識を取り戻したナワリヌイだったが、いつまた当局から命を狙われるかわからない。妻のユリアによる必死の叫びに国際社会が動き、ドイツの病院に移送され手厚い治療を受けられることになる。

しかし2021年1月17日、ロシア国内で反体制運動を続けるべく、ナワリヌイは危険を承知で帰国を決断。祖国の空港に降り立った彼を待ち受けていたのは、警察による厳重な包囲網だった。引き続き『PATRIOT』から、当時の状況を紹介しよう。

「ちょっと一緒にこちらへ」

「ちょっと一緒にこちらへ」とパスポートを見ながら大尉が言う。同行する私の弁護士を見ると、しまったという表情を浮かべている。私との距離は少ししか離れていないが、弁護士が立っているのは、すでに国境を示す仕切りの向こう側だ。

「どうして連れて行こうとするんだ?」私は大尉に尋ねる。

「いくつか細かな部分を確認させてほしくてね」

「それならこの場で確認すればいいじゃないか」

「一緒に来ていただく必要があります」

ふざけやがって、と思う。私を逮捕すると決めたなら、警官を連れてこい。一部隊を待機させてるのはわかってるんだ。きっと、警官が私を連行するところを(その場にいた報道陣に)撮られるのがいやなのだろう。

大尉が手元の端末に向かって何事かつぶやくと、警官たちが魔法のように現れる。弁護士がさらに激しく仕切りを揺すり、戻してくれと訴える。万が一を考えて、私は警察と自分のあいだに立っていたユリアを背中に隠す。警察が何を考えているかは神のみぞ知るだ。

今度は警察の少佐と押し問答を続ける。「こちらへ」「断る」「来てください」「イヤだね。弁護士がここにいる」「ダメです、私と来てください」というやりとりを繰り返す。

ユリアにスーツケースを渡す。彼女も拘束されることはないだろう。それがすべてに思える。覚悟はできた。ユリアにさよならを言い、頬にキスをする。

こうしてナワリヌイは当局に拘束され、刑務所に収容される。後編記事『パンツ1枚で、寒くて湿った「懲罰房」に収容される…ナワリヌイが書き残した「ロシアの刑務所」の驚きの実態』では、彼の獄中記からその実態を明かそう。

「週刊現代」2024年11月9日号より

パンツ1枚で、寒くて湿った「懲罰房」に収容される…ナワリヌイが書き残した「ロシアの刑務所」の驚きの実態