役所広司(C)日刊ゲンダイ

写真拡大

【役所広司論】#5

日ソ合作の大作「オーロラの下で」に主演するも映画俳優としての出世作にはならなかった

 鶴橋康夫監督によるTVドラマ「愛の世界」(1990年・読売テレビ系)は文化庁芸術作品賞、放送文化基金賞優秀賞、ATP賞、ギャラクシー賞などの賞に輝いた。鶴橋監督は出演した役所広司に魅力を感じたようで、続いて彼と名取裕子主演で「朝日のあたる家」(91年・読売テレビ系)を作った。これは高層マンションに住むための抽選に当選した家族が、当選は手違いで、代わりにマンションの地下に造られた日の当たらない部屋を借りることになる。朝日や夕焼けも人工光線で再現される、ハイテク設備が揃ったこの部屋で暮らすうちに、太陽を渇望する妻は浮気に走り、役所扮する夫や子供も精神に変調をきたしていくというもの。鶴橋監督の作品では役所演じる普通の男が、何かがきっかけでどこか壊れていくのが特徴的だ。

 次のコンビ作「雀色時」(92年・読売テレビ系)は、夫や娘と別れてアルコール依存症になっている浅丘ルリ子演じる三流の女性弁護士が主人公。ある日、彼女の夫と娘が行方不明になり、ヒロインは雑誌社のバックアップを受けて2人を捜すことにする。役所はいなくなった夫の同僚で、最初はヒロインのことを心配しているように見えるが、実は彼こそが彼女の夫を殺し、娘を獣のように飼育するという、猟奇的犯罪に走った犯人。彼は仕事でヒロインの夫に陥れられたことを恨み、復讐のために罪を犯したのだ。普通人としての表の顔と、その裏に潜む犯罪者の顔を見事に表現した彼の演技は注目され、上海ドラマ大賞では最優秀主演男優賞を受賞。作品も文化庁の芸術作品賞に輝いた。その後も鶴橋監督のドラマには「刑事たちの夏」(99年・読売テレビ系)、「砦なき者」(04年・テレビ朝日系)などに主演し、いずれも高い評価を得た。

 主演時代劇「三匹が斬る!」を継続しながら90年代前半、役所広司は他にも意欲的に単発ドラマに出演した。恋人を死に至らせたことに苦悩する医師を演じた「サハリンの薔薇」(91年・TBS系)や樋口可南子扮するヒロインを幻惑する魔術師に扮した「冬の魔術師」(92年・NHK)などの市川森一脚本作、豊田商事事件をモデルに金に魅入られていく男女を描いた、出目昌伸監督の「金の夢は血に濡れて」(92年・テレビ朝日系)、山田太一脚本で500万円の盗難事件をきっかけに、役所と名取裕子、柄本明が奇妙な縁で結ばれる「悲しくてやりきれない」(92年・TBS系)など、注目を集めた作品が目白押し。決まりきったキャラクターで魅了する娯楽時代劇のスターだった役所は、これらの単発ドラマによって繊細に人間の心を表現する、現代劇の演技派俳優へと変化していった。

 また新宿歌舞伎町の麻薬の売人に扮して、ショー・コスギ演じるNY市警の覆面捜査官と香港マフィアに立ち向かうアクション「極東黒社会」(93年)で、久々に映画にも復帰。夫の愛人問題に悩みながら昭和の時代をたくましく生きた秋吉久美子扮するヒロインを描いた「紅蓮華」(93年)にも助演し、ここから映画俳優・役所広司の快進撃が始まっていく。

(映画ライター・金澤誠)